ソマリアの海賊裁判は面白い!
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
ほとんどの人が知らないと思うが、ソマリアの海賊が日本に来ている。
日本も国際協力の名の下に法整備を行い、海賊行為違反法みたいな法律を作り、
海賊の容疑者を受け入れたのだ。
普通ならもっと注目されただろうが、彼らが日本に到着したのは今年の3月11日。
つまり震災の当日だったわけで、まったく陽の目を見ずに現在に至っているらしい。
ソマリ語国際テレビ・東京支局を名乗ってながら、以上のようなことを先週まで知らずにいた私だったが、優秀なスタッフが調べてきてくれたおかげで、
そのうちの一人の裁判を見に東京地裁へ行った。
裁判を見ること自体初めて。
何もわからず右往左往しながらなんとか抽選にも当たり、
法廷に入ることができた。
私の関心の一つは被疑者にソマリ語の通訳がついているのか、いるとすれば誰かということだったが、なんのことはない、前回私と一緒にソマリ難民映像の通訳を行ったブルハンだった。
日本には現在、ソマリ人が推定4名しかいない。
早大に留学している兄妹、ソマリア暫定政権(TFG)の日本代表を兼ねているブルハン、
あとブルハンによればもう一人、会社勤めをしている人がいるという。
だから、通訳もそのうちの誰かがやるしかないのだ。
今、ここで書いていて気づいたが、海賊が4名来ていると言うから、
それを合わせると現在、8人か。
在日ソマリ人の半数が海賊というのもすごい。
もちろん、まだ裁判中なので海賊と決まったわけではない。
というか、海賊の容疑は立証が困難なことで国際的に知られている。
なにせ、現場には誰も済んでおらず、目撃者もいない。
銃をもって海賊行為を働いている現場を押さえられても、
「私はただの漁師ですが、海賊に脅されて無理矢理やらされました」とか
「海賊と知らずに雇われて連れてこられただけ」などと主張すれば、覆すのは大変に難しい。
莫大な経費と時間をかけ、なんとか有罪判決を与えたとしても、
先進国の刑務所など、ソマリの海賊にとっては大した苦痛でもない。
しかも3,4年で刑期が終わると、彼らはその国で難民申請をしてしまうのだ。
ソマリアに送り返すことも第三国に送ることもできず、たいていは申請を受け入れざるを得ないらしい。
これでは罰を与えているのか、恩恵をさずけているのかわからない。
だから、どこの国でも海賊裁判をいやがり、被疑者を押しつけ合っているのだ。
日本が四名受け入れたのは、被害にあった船が日本の商船三井の船であり、
「少しは国際協力しろ」という外圧からであろう。
この日、ちらっと見ただけでもむちゃくちゃ前途多難だ。
なんせ、この日は被疑者の年齢だけしか審議しなかった。
本人は取り調べのとき、「21歳」と言ったり「1991年生まれ」と言ったりしていたとか。
そしてこの日は「1991年12月22日生まれ」と証言した。
とすれば、今まだ19歳、犯行当時も当然未成年である。
てことは、地裁でなく家裁に送られ、仮に有罪になっても少年院に行く。
刑期(というのか知らないが)もずっと短くなるだろう。
てことで、未成年かどうかが審議されたのだが、
なにしろ身分証明書を持ってるはずもないし、誰も証明しようがない。
裁判官が「1991年12月22日生まれは、ソマリアでは何歳になるのですか?」と訊いたら、
被疑者のマハムード・モハメド・ジャーマは、
「ソマリアの伝統的な暦では雨季に基づいて計算する。でも雨季には2つある。
『グ』と『デイル』。どの雨季に基づくかで年齢は19歳から21歳まで変わるが、
自分の年がどれになるのかわからない」と主張。
そんなわけねーだろ!とたぶん、裁判官も検察も突っ込みたかっただろうが、
ソマリの暦など誰も知らないからわからない。
(今日、うちの支局のレポーターになったアブディラフマン(通称アブー)に訊いたら、
「そんなのデタラメだよ」と大笑いしていた。)
田舎に住むソマリ人は自分の正確な年齢など知らない人が少なくない。
だから、彼も本当に知らないのだろう。
で、急に正確な誕生日を思い出したのはなぜか、あえて私はつっこまないけど、
とにかく正誤どちらにしても立証する材料が何もない。
こういうときには本人の主張を受け入れるという法律があるそうで、
裁判は「公訴却下」となり、彼はめでたく家裁送りとなった。
これだけで一時間近くかかり、しかも裁判自体は何も進んでいない。
これが4人分あるというのだから、大した手間だ。
しっかし、このマフムード君が仮に有罪となり少年院に入ったとして、
あと、どうするのか。
身長185センチもあり、異国の法廷でも臆することなく、平然とデタラメを語るこのソマリ人が来たら、少年院でも相当にもてあますにちがいない。
ともあれ、私は2つの雨季の名前を覚えることができて、収穫であった。
今後もヘンテコな展開が期待され、大いに楽しみである。
関連記事
-
未確認思考物隊の新テーマ
保江邦夫『武道VS物理学』(講談社α新書)はあまりに凄い本だった。 癌を患ったひょろひょろの世界的
-
野球選手じゃなくてよかったという話だ
珍しく夕方家にいたので、テレビでドラフトを見ていた。 指名された選手は、斉藤、大石、沢村のビッグ3以
-
また見つかったらしい
友人に教えてもらって知ったのだが、インドネシアでまたシーラカンスが見つかったようだ。 漁師の手に抱
-
超オススメのこの本とこの雑誌!
来週の土曜日(3月4日)から20日まで、ソマリランドとソマリアに行くことになっている。 たかだか二
-
本の雑誌年間ベスト10入り
担当編集者から連絡があり、「アジア新聞屋台村」が「本の雑誌2006年度ベスト10」の8位になったそう
- PREV :
- 最近の私の動向はこれだ!
- NEXT :
- 猪木信者は本屋信者でもあった!
Comment
AGENT: DoCoMo/2.0 N05A(c100;TB;W24H16)
ソマリアの元海賊が少年院や刑務所に来たら確かに大迷惑でしょうね。多分近代刑法始まって以来の海賊収監ではないか?まず言葉の問題は大きいですね。
AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1; rv:7.0.1) Gecko/20100101 Firefox/7.0.1
コメント欄で報告することもないですが(笑)、
昨日調べていたら、最初に未成年で家裁に送られた少年は、
4月に家裁で「刑事処分が相当」ということで、検察に逆送されていました。
記事を見落としていました。すいません。
ということは、昨日の彼も逆送されて、再び裁判員裁判にかけられるのでは?と思っています。
あと、昨日の裁判ですが、一応裁判員裁判で、裁判員がいない、初のケースだそうです。なにやらよくわかりませんが、珍しいものを見れた、ということで。
AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.1 (KHTML, like Gecko) Chrome/14.0.835.202 Safari/535.1
そうだったのか…。
司法とはややこしいものなのですね。
次回は裁判員の人たちの戸惑いが楽しみです。