*

私が原稿を書けないワケ

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

今週は原稿を一行も書けていない。
毎日パソコンに何時間も向かっているのに。
もともと苦しまずに原稿が書けたことなどめったにないけど、
今回のはひどい。
理由はいくつか考えられるが、有力なのは「あんぽん 孫正義伝」を読んだ後遺症だろう。
あの本を読むと、孫正義は別に悪どいこともしてないし、もともと家が大金持ちだったわけでもないし、超人的な冒険に挑んだわけでもない。
ただ物事をみる視点が他の人とはちょっとちがうだけだ。
それで何千億もパッと稼ぐわけだ。
どうして孫正義にそれができて、私にはできないのか。
何千億は無理にしても、何十億くらいどうにかならないのか。
何か、こう、ちょっと視点を変えるだけでいいのだ。
原稿が行き詰まると、すぐにその「パッと数十億」の夢が頭の中をぐるぐる回り出して
止まらなくなる。
私は子供のころから空想癖は皆無で、いたって現実的な人間だ。
今回も実際に企画を真剣に考え、すごいものを思いついた。
今は本や雑誌が売れない。ネットでなんでもタダで情報が入ってしまうからだ。
ならばネットにアクセスできない人たちをターゲットにすれば、昔のように、紙媒体がばかすか売れるんじゃないか。
日本でネット接続できない人たちは誰だ???
…と考えていたら、「刑務所の中にいる人たち」と答えが出たのだ。
そう、全国の受刑者のみなさんをターゲットにした情報誌を出せば、かつての「ぴあ」みたいに
馬鹿売れするにちがいない!
中身はざっとこんな感じである。
・刑務所で快適にすごす方法
・有名な元受刑者インタビュー(江夏豊や田代まさし、山本譲治元衆院議員とか)
・有名な現役受刑者インタビュー(ホリエモンとか)
・刑務所を出る前にやっておきたい5つのこと
・出所後の就職情報
・受刑者の家族の心得
・もし入所が決まったら、その前に準備しておくこと
・「こういう受刑者は刑務官に気に入られる!」(刑務官に取材して聞く)
・アイドルの水着グラビア
・マンガで読む「シャバから刑務所への道」
・再審請求の具体的方法
・行列ができそうな法律相談
・メモリークエスト(記憶に残った人やモノを誰かに頼んで探してもらう)
などなど。
主な読者層は、受刑者、受刑者の家族や支援者、そして刑務所や行政の人たちである。
もちろん、一般の人が買って読んでも面白いだろう。
「これ、絶対売れるよな−!」と考え出すと興奮して原稿どころじゃなくなる。
で、妻にも「すごい企画を思いついたんだよ!」と話したところ、
彼女は眉間にしわを寄せてしばし考えたあげく、こう言った。
「うーん、この企画自体、間違う力爆発だと思うけど、百万歩譲って、すごくいい企画だとして、一体これ誰がやるの? あんたが自分で編集やるの?」
「え? …うーん、俺は編集なんかやれないなあ…」
「じゃあ、無意味じゃん!」
「……」
 こうして、一攫千金の「月刊刑務所情報」は一瞬にして潰えてしまったのだが、
「じゃあ、過疎地のお年寄りをターゲットにした情報誌はどうだろう?」とか
性懲りもなく、企画を考え続けている日々である。

関連記事

no image

「ムベンベ」映画化企画

拙著『幻獣ムベンベを追え』を映画化したいというオファーが来た。 しかもアニメかと思ったら実写である。

記事を読む

no image

エル・ニーニョ

レイモンド・チャンドラー『リトル・シスター』は、訳はいいんだけどいかんせん原作がぐちゃぐちゃの失敗作

記事を読む

no image

常識がひっくり返るドキュメンタリー「えんとこ」を見るべし

 12月6日(月)、13:00より、ポレポレ東中野で「えんとこ」というドキュメンタリー映画が特別上映

記事を読む

no image

ひそやかに『謎の独立国家ソマリランド』完成

2月18日発売の新刊『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の

記事を読む

no image

ポプラ社で「ムベンベ」キャンペーン?!

ポプラ社の文芸ウェブサイト「ポプラビーチ」の日替わり表紙写真(「本のある風景」)が6月29日、「ムベ

記事を読む

no image

シワ夢文庫化

『世界のシワに夢を見ろ!』の文庫化が決まり、 小学館の編集者Tさんと打ち合わせ。 文庫化にあたっては

記事を読む

no image

酒飲みにやさしいイスラム国

 半年間のトルコ遊学から帰国して間もない慶応大学の学生S君にトルコの話を聞いた。  場所は阿佐ヶ谷の

記事を読む

no image

『猛き箱舟』をうっかり再読

いろんな仕事がたまっているのに、船戸与一の大作『猛き箱舟』を読んでしまった。 西サハラを舞台にして

記事を読む

no image

シンプルノットローファー

この前読んだ衿沢世衣子『ちづかマップ』が面白かったので、 ひきつづき同じ著者の『シンプルノットロー

記事を読む

no image

メモリークエスト締切り間近!

最近すっかりブログでの案内を忘れていたが、 web幻冬舎で連載中の企画「メモリークエスト」は まだ依

記事を読む

Comment

  1. 義理の弟 より:

    AGENT: DoCoMo/2.0 SH02A(c100;TB;W24H16)
    刑務所情報なら実話ナックルズなどで既にやってます。
    でもあの手の雑誌はヤクザとの付き合いが大変らしいです。

  2. 福山です より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:10.0.1) Gecko/20100101 Firefox/10.0.1
    これだけで十分面白い、でもはじめから読者数が少なく、お金がない、のでは、、
    と考えてしまいます。現実主義者なんで、
    高野さんそろそろどこかへゆかれてはどうですか、たとえばマレーシアのコタバルあたりとにかく何も話題がなく、
    快適で毎日が自転車に乗りながら過ぎてゆきます。バンコクと逆沈没が楽しめます。
    少ないですが、華人の地帯もありますのでビールも豚肉もOKです。
    勝手に高野作品応援サイトを作っています。

  3. hubb7ft より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)
    「あんぽん」自分も読みました。もともと孫さんのことはすごい経営者だなと思っていましたが、視点が違うというよりもこういった方々は思考即行動のようなところが結果に結びついているのだと思いました。もちろん従来の頭のよさはさることながら。高野さんも同じように行動力のある人だと思いますので、今回のようにとりとめのないアイデアを日にひとつづつ考え続ければ特大ホームランもそのうちあるのでは?(笑)
    しかしもともとはお金持ちではなかったにせよ、孫さんが高校のときにポンと留学費用が工面出来たというのは(しかも当時)、天才の思考だけではなく、あるべきものがある人だから出来た事もおおいにあるよな、とも思いました。実際潤沢な仕送りをもらってたという記述もありましたし。
    高野さんの著作「アジア新聞屋台村」の劉社長、親にお金を出させて事業をしたり、倒産後の5000万円もの負債を肩代わりさせたりというように、親に頼りながら経営者顔しちゃ駄目でしょ、なんて読んだときに思ったのを思い出しました。関係なくてすいません。でもそんなふうに楽に経営できたらさぞいいだろうなあ、、

  4. 福山 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; rv:10.0.2) Gecko/20100101 Firefox/10.0.2
    HUBBさんの指摘は面白いと思います。有名人のほんはだいたいが本人が世間にどう思われたいか、、特に生きていて、権力がある人の本はほとんどがはなし半分に受け取ったほうが良いと思います。だからみんな、家柄学歴、を自分では言いませんね。民主主義の神話装置に抵触するからです。何もないのに努力した、、、この話が好きなんですよ、なぜなら普通はみんな何もないからです。私の友人で上場する前の孫正義さんと一緒に仕事をしていた人がいましたが、当時の人はみんなやめてしまったそうです。

  5. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.77 Safari/535.7
    みなさん、ご意見をありがとうございます!
    月刊刑務所情報の企画を杉江さんに話したところ、
    「それ、広告はどこからとるんですか」と言われました。
    広告ねえ…。考えてなかったな。
    やっぱり出版社でしょうか。
    読者はネットにアクセスできないから、情報といえば本か雑誌ということで
    …あ、また元に戻ってしまう!
    それより雑誌から離れなければ。
    ふつうに売れる本を書けばいいんですよね。
    うーん、売れる本、売れる本……。
    てな感じで、ドトールで、この業界で二十年も仕事をしている二人が
    「なんか売れる本、できないかなあ」と真剣に腕組みして考えたのでした。
    やれやれ。

  6. コシチェイ より:

    AGENT: DoCoMo/2.0 N05A(c100;TB;W24H16)
     トンデモな結論(刑務所内専用雑誌)にいたる思考プロセスを開陳しながら、「私は現実的な人間だ」と言っちゃうあたりが、まるで落語を見ているかのようです。儲からないけど正しい。

  7. Yuka2 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB5; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729; YTB730)
     個人的には高校時代の高野さんが「楽をするために作った英単語帳」を出版して欲しいと思います。教師でもないのに、あそこまで情熱を傾けた単語帳をこのまま埋もれさせてしまうのはもったいない!
    きっと受験生に売れるはず!(私は必ずその単語帳を使います)

  8. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.11 (KHTML, like Gecko) Chrome/17.0.963.56 Safari/535.11
    「楽をするために作った英単語帳」——ああ、そんなものもありましたねー。
    私は昔からラクをするためなら労を惜しまないタイプでしたから。
    でも他人が使っても意味がないと思うんですけどねえ…。
    私自身にも意味がなかったくらいですから。

  9. より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; YTB730; Amazon Toolbar)
    お邪魔致します
    高野様の本いつも楽しく拝見しております
    さて高野様企画案の「月刊刑務所情報」ですが、それに類する中身の雑誌は既に出版されています
    「実話時代」「実話時代bull」「実話ドキュメント」などのいわゆる実話誌の中身のいくつかのページは現代刑務所事情について、刑務所と世間との情報交換のような構成になっています
    「月間少年院情報」にあたる「チャンプロード」という雑誌もあります
    特に「チャンプロード」については私は、「ナイタイマガジン」「MAN-ZOKU」に並ぶ現代日本における一級の民俗学資料だと思っており、時々読んでおります
    上記の本は繁華街、歓楽街のコンビニ、書店などにおいてあります
    高野様も是非ご一読ください
    お邪魔致しました

へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑