*

頑張れ、ミャンマーの柳生一族!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

 困ったことになった。
 ミャンマー情勢である。
 私は「小説すばる」誌で「ミャンマーの柳生一族」というへんてこりんな旅行記を連載している。
 そこでは、ミャンマー政府を軍事独裁政権とか言うのはやめ、「武家政治」と考えることにした。江戸時代の徳川幕府なのである。で、それを牛耳っているのが軍の情報部だが、それも「柳生一族」ということにした。
 ミャンマー柳生の総帥はキン・ニュン首相で、連載では柳生一族の総帥である但馬守宗矩にたとえ、キン・ニュン宗矩と呼んでいる。ちなみに、アウンサンは家康、スーチーは千姫というムチャクチャな設定である。
 そのキン・ニュン宗矩率いる柳生軍団が、私と、探検部の先輩である作家・船戸与一と壮絶にしてマヌケなバトルを繰り広げるというノンフィクション(!)で、こんなわけのわからないもの、誰も読まないだろうなあと思っていたら、意外にも読者や編集部では好評であった。
 最初は短期集中連載、というかちょこっと出ておしまいだったのが、おかげで来年の夏くらいまで連載が続くことになった。
ところが。なんと、私と戦っているはずのキン・ニュン宗矩が失脚してしまった。
 私たちが手配させられた柳生一族(軍情報部)経営の旅行会社はつぶれ、一緒に各地を旅したガイド柳生三十兵衛(ミソベエと読む。ミソっ子だから)もどこへ行ってしまったかわからない。 その後も続々と柳生一族が粛清され、あっという間に崩壊である。
 いったいどうしてくれるのだ?
 私の連載は来年の夏まで続くのだ。一年前に粛清された人間と紙面で戦い続けるなんて間が抜けているのもいいところだ!
 …と怒ってみたが、当事者にしたらそれどころではないだろう。
柳生一族がどうなろうがあまり心配ではないが、キン・ニュン宗矩は、諸外国はもちろん、スーチーら民主派、それに少数民族ゲリラとの交渉を一手に引き受けていた。というか、そういうコネクションをうまく使って、権力を握っていた。
 柳生一族という窓口がなくなると、彼らの押さえがきかなくなる可能性が大である。
 特に、キン・ニュン宗矩を追放した一派は、ガチガチの武闘派が多い。
 各少数民族ゲリラ(ほとんどが現在停戦中)の代表はいま、ヤンゴンに呼び出されている。場合によっては、政府から武装解除を求められるのではないかという噂も飛び交っており、それぞれのゲリラの地元では臨戦態勢に入っている。少なくとも、私の友人である独立運動指導者はメールでそう言っている。
 私が二年前に世話になったカチン独立軍はすでに一部で政府軍と交戦しているという話もある。
 やはり私が数年前に世話になったワ州連合軍も、動く可能性がある。
 いったいどうなるのかわからない。民主化がさらに遠のくという観測が一般的だが、そんなものでは済まないかもしれない。
 私としては、粛清され、一敗地にまみれた柳生一族が、民主派や少数民族ゲリラと手を結び、反政府攻撃の狼煙をあげる…なんてことになればいいなあと思う。
 あれだけのネットワークと謀略術をもっていた柳生である。不可能ではないだろう。
 頑張れ、ミャンマーの柳生一族!

関連記事

no image

万歳!文芸の東スポ

おととい届いた「本の雑誌」今月号の特集は 「読んでない本大会」。 メインは書評家三人が自分の詠んで

記事を読む

no image

タマキングはなぜモテる?

土曜日、新宿ネイキッドロフトにて行われたタマキング祭りを見に行った。 私は自分ではイベントにしばし

記事を読む

no image

ブックストア談は凄い!

「異国トーキョー漂流記」を大売りだししているユニークな書店「ブックストア談・浜松町店」へ行き、御礼

記事を読む

no image

日本冒険界の奇書中の奇書

(昨日からのつづき) 「冒険家の藤原さん」で「イリアン」といえば、思い出すのは峠恵子の「ニュー

記事を読む

no image

ホンノンボ

今月11日ごろ発売の「本の雑誌」7月号で、 ”タマキング”こと宮田珠己の『ふしぎ盆栽 ホンノンボ』

記事を読む

no image

福島県の今

3日、福島県へ。 原発から30キロの最前線、田村市のムーミン谷(仮名)を訪問。何の緊張感もなく、ふつ

記事を読む

no image

「占い」と「UFO」収録

雪の東京へ出て大阪のスタジオ収録へ。 箱根を越えたら雪などまったく降ってないのでちょっと驚く。 今回

記事を読む

no image

「未来国家ブータン」本日発売

都内の一部ではすでに発売しているらしいが、正式には本日が「未来国家ブータン」(集英社)の発売日であ

記事を読む

no image

「幻獣ムベンベ 早稲田大学探検部コンゴ行」

7月12日発売のヤングチャンピオン誌で、いよいよマンガ版「ムベンベ」が始まる。 正式なタイトルは「

記事を読む

no image

今度はジュンク堂新宿店で

丸善ラゾーナ川崎店で驚いていたら、 今度はジュンク堂新宿店で「高野秀行が偏愛する本たち」というフェ

記事を読む

Comment

  1. OnlineSlot より:

    AGENT: User-Agent: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)
    Good site and good blog.Thanks

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑