*

象も人間も野生育ちのほうが使える

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 辺境動物記

 昨日、象の話を書いたところ、私の飲み仲間である二村氏から「アジア象でも野生の象はやたら危険」というコメントが書き込まれていた。
 二村氏は、マレーシアのジャングルで何度も象に追いかけられて、死ぬほど怖い目にあっているから当然そう思うだろう。
(ちなみに、二村氏によれば、象に襲われた場合、死んだふりをするのは絶対にダメだという。象は何かわからないものがあると、とりあえず踏んでみるからだそうだ)
 しかし、二村氏のコメント「高野さんが言っている(アジア象は人に慣れるということ)のは子供のときから飼いならされた象のことでしょう」というのはちがう。
 私は世界最大の象部隊を持つミャンマーのカチン独立軍の象兵士(そういう役職がある)にも、また、現在タイで最高の腕をもつ象名人にも話を聞いたが、両者とも「基本的に使役する象は野生のものを捕まえてくる」と言っていた。
 象は妊娠2年、生まれてからも大人になるまで人間並みに時間がかかるというのが一つの理由だが、もっと大きい理由は、「野生の象のほうが人間の言うことを聞く」というのである。
 タイの象名人によれば、こうである。
「野生の象は捕まえてくるのが大変。捕まえてきて人に慣れさせるのも大変。だけど、いったん慣れると村生まれの象よりずっと使いやすい。
 村で生まれ育った象は子供のうちから、なんでも知っている。だから、やらせればできるはずだが、知ってるからわざと言うことを聞かない」
 像名人は部屋でテレビゲームをしている孫を指差して言った。
「ほら、あれと同じだ。子供の頃からいろんなことを知ってると、親の言うことなんか聞かなくなる。象もそうだ。山から来て、何も知らないほうが、教えるとなんでも言うことを聞くんだ」
 名人の孫は見るからにはしっこそうで、学校にも行っていないじいさん(名人)の言うことなど聞きそうになかったから、けっこう笑ってしまった。
野生のものは象でも人でも、教えれば都会育ちのものよりずっと従順であるというひじょうに興味深い話だった。
 ちなみに、タイの象名人というのは「象使い」のことではない。
 野生の象をジャングルで捕まえて飼いならすことができる人を指す。いったん、飼いならされた象は、誰の言うことでも聞く。
「そんな象を使うのは、車の運転と同じくらい簡単だ。あんなのはただの象係だ」と象名人は言った。
 タイやカンボジアでは象の捕獲は禁止されている。だから、もう象名人は今後一切出ないことになる。
 今、象名人がいるとすれば、ミャンマーだけだろう。

関連記事

no image

上野動物園ゴリラ秘話(3)

 ゴリラ”ブルブル”のテレビ観賞、次は格闘技だ。  プロレスは力道山こそもう死んでいたが、馬場猪木組

記事を読む

no image

上野動物園ゾウ秘話(番外篇)

 タタール系ロシア人の話で書き忘れたことがある。  日本でも、ひとりだけ、一般によく知られたタタール

記事を読む

no image

「ハンニバルの象」はアジア象かアフリカ象か?

 シドニーに住んでいる義姉から一足早いクリスマス・プレゼントが届いた。  2005年の、ゾウのカレン

記事を読む

no image

上野動物園ゾウ秘話(3)

 日本には東京と神戸に最初にモスクが作られた。  その二ヵ所にムスリムが多かったからだが、主体となっ

記事を読む

no image

上野動物園ゾウ秘話(2)

 それは上野動物園最初のゾウ使いの話だ。  上野動物園に初めてゾウがやってきたのは大正13年(192

記事を読む

no image

上野動物園ゴリラ秘話(1)

 また変な本を発見してしまった。  いや、「変な本」はまずいか。  現職の上野動物園園長(1989

記事を読む

no image

上野動物園ゾウ秘話(1)

   長らく行方不明になっていた本が発見された。 「もう一つの上野動物園史」(小森厚著、丸善ライブラ

記事を読む

no image

上野動物園ゾウ秘話(番外篇2)

 タタール系ロシア人、ユセフ・トルコはその後どうなったか。  ユセフはリング内外で悪役の道を歩みつづ

記事を読む

no image

上野動物園ゴリラ秘話(2)

 ゴリラ”ブルブル”のテレビ観賞記録はつづく。 「野生もの」に引き続き、飼育係が見せたのはプロ野球で

記事を読む

Comment

  1. 二村 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.1.4322)
    高野さん、
    へー、そうなんですかー。
    野生の象を捕まえて飼いならすってのは、そりゃーすごいですね。
    毎回象の恐怖におびえながらキャンプしているものからすると
    信じられない話です。勉強になりました。
    でも家の子供を見ていると、なんだかすごく納得がいきます(笑)
    ちなみに先のコメントの主旨は、「アジア象も、野生のは凶暴です」という点とご理解いただければ幸いです。>ブログ愛読者のみなさま

  2. 高野 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)
    二村さん、ちょっと先生みたいに二村さんのコメントを正してしまい、失礼しました。
    私も象の凶暴さを知らないので、ぜひ、ご自分の体験をもとにその恐怖を語ってください。

  3. 二村 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; Mac_PowerPC)
    高野さん 素直に驚いていますので、どうぞお気使いなく。
    昔読んだ立花隆の本に猿回しの教育過程に『根切り』(だったと思う)という作業があって、
    「動物の教育の第一歩は人間の方が力が上だ、かなわないと思わせる作業であり、最後に残った、もしかしたら、という気持ちを断ち切るための徹底的なもの」だそうです。
    象の教育にもやっぱり根切りってあるのでしょうか。
    象を絶対服従させる根切りってどんなものか。
    想像すると怖い気もしますが、それとは別に
    確かにちゃんと根を切って置かないと、象は怖いですからねー。

  4. NONO より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)
    オレもスリランカで象使いの弟子になりましたが、
    (と言ってもテレビの取材なので3週間ほど。お遊びですよ)
    その象がいかなる(野生を捕まえたのか?子供の頃から育てたのか)
    状況だったか、知りませんでした。
    なるほどなあ。
    「温室育ちは使えない」
    ということでしょうか?
    つまり、「乳母日向で育った」オレなど、大成できない、
    ということですね。
    ところで、今度の正月は、正真正銘、
    象の「雑煮」を喰ってみたいです。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑