2006,02,10, Friday
キタ帰る
先週の土曜日、キタ先発隊長が無事にご帰還された。
色は日焼けと垢と埃で真っ黒、インドで買ったぺらぺらの上下の服に
ゾウリ履きという格好。
まさにヒッピー、税関で長々と止められたというのも無理はない。
心身の疲労でガリガリに痩せてはいたが、幸いにも元気で、ほんとうにホッとした。
機内で寝れなかったというので、ちょっと喋ってから、自宅に帰っていった。
とりあえず、ゆっくり休んでほしい。
ちなみに、私のミャンマー行きだが、またもや雲行きが怪しくなってきた。
早ければ24日にも出発と言われていたが、
本当に行くのかどうかもわからない。
行くことが決定したら、内容をお伝えしようと思う。
色は日焼けと垢と埃で真っ黒、インドで買ったぺらぺらの上下の服に
ゾウリ履きという格好。
まさにヒッピー、税関で長々と止められたというのも無理はない。
心身の疲労でガリガリに痩せてはいたが、幸いにも元気で、ほんとうにホッとした。
機内で寝れなかったというので、ちょっと喋ってから、自宅に帰っていった。
とりあえず、ゆっくり休んでほしい。
ちなみに、私のミャンマー行きだが、またもや雲行きが怪しくなってきた。
早ければ24日にも出発と言われていたが、
本当に行くのかどうかもわからない。
行くことが決定したら、内容をお伝えしようと思う。
2006,02,02, Thursday
驚愕の真相(その2)
気をもたせたまま、前回のブログを「つづき」にしてしまった。
みなさん、キタ君のことをご心配だと思うが、ご安心ください。
2月4日、つまり明後日に帰国する予定です。
思わせぶりな書き方をしたが、実は彼は野犬に咬まれたのだ。
インドの野犬は狂犬病に罹患しているものが多い。
しかも、後ろから飛び掛られて咬みつかれたというから、
危険度は低くない。
ご存知のように狂犬病はいったん発症したら
致死率99.9%だ。
彼もそれはわかっているからすぐ病院に行き、ワクチンを打ってもらった。
発症前にワクチンを打ち始めれば、まず発症することはない。
(狂犬病の犬に咬まれたと決まったわけでもないし)
だから彼は命その他に全く別状なく、快適に過ごしているのだ。
ただし、狂犬病のワクチンは全部で6回打たねばならず、
最後の6回目は最初のワクチンを打った日から90日目となっている。
キタは1月17日ごろに咬まれ、最初のワクチンを打ったらしいから、
4月17日に最後のワクチンを打つまでは、
再度のウモッカ探しなどに出かけられないし、当然ながら本人ももう気力がない。
幸い、日本でもワクチン治療は継続できることがわかり
この度めでたく帰国となったが、しばらくは念のため養生することだろう。
もともと孤独な現地調査で疲れていることだし。
しっかし、野犬に咬まれたのは怖いし可哀相だが、
まるでマンガだ。
魚探しにとどめをさしたのが犬だったというのも…。
というわけで、私もさすがに今季は断念した。
で、来季、つまり今年の12月中旬出発を目標に、再挑戦したいと思う。
それまでにはなんとかインド入国禁止を解除してもらえるよう
インド大使館に働きかけるつもりだ。
次回もキタに参加してほしいが、「もうこりごりだ」と言うかもしれず、
その辺は本人の意思を尊重しなければならない。
今回のしょうもない一件については、まだ途中だが
(というより、行ってないから途中でもないんだけど)
どこかの雑誌で発表するつもりだ。
お楽しみに。
で、私は3月上旬から4月中旬にかけて
全く別の仕事で海外に出かけることになりそうだ。
行き先は…またしてもミャンマー。
それはいったい何の仕事かというと…。
(つづく)
みなさん、キタ君のことをご心配だと思うが、ご安心ください。
2月4日、つまり明後日に帰国する予定です。
思わせぶりな書き方をしたが、実は彼は野犬に咬まれたのだ。
インドの野犬は狂犬病に罹患しているものが多い。
しかも、後ろから飛び掛られて咬みつかれたというから、
危険度は低くない。
ご存知のように狂犬病はいったん発症したら
致死率99.9%だ。
彼もそれはわかっているからすぐ病院に行き、ワクチンを打ってもらった。
発症前にワクチンを打ち始めれば、まず発症することはない。
(狂犬病の犬に咬まれたと決まったわけでもないし)
だから彼は命その他に全く別状なく、快適に過ごしているのだ。
ただし、狂犬病のワクチンは全部で6回打たねばならず、
最後の6回目は最初のワクチンを打った日から90日目となっている。
キタは1月17日ごろに咬まれ、最初のワクチンを打ったらしいから、
4月17日に最後のワクチンを打つまでは、
再度のウモッカ探しなどに出かけられないし、当然ながら本人ももう気力がない。
幸い、日本でもワクチン治療は継続できることがわかり
この度めでたく帰国となったが、しばらくは念のため養生することだろう。
もともと孤独な現地調査で疲れていることだし。
しっかし、野犬に咬まれたのは怖いし可哀相だが、
まるでマンガだ。
魚探しにとどめをさしたのが犬だったというのも…。
というわけで、私もさすがに今季は断念した。
で、来季、つまり今年の12月中旬出発を目標に、再挑戦したいと思う。
それまでにはなんとかインド入国禁止を解除してもらえるよう
インド大使館に働きかけるつもりだ。
次回もキタに参加してほしいが、「もうこりごりだ」と言うかもしれず、
その辺は本人の意思を尊重しなければならない。
今回のしょうもない一件については、まだ途中だが
(というより、行ってないから途中でもないんだけど)
どこかの雑誌で発表するつもりだ。
お楽しみに。
で、私は3月上旬から4月中旬にかけて
全く別の仕事で海外に出かけることになりそうだ。
行き先は…またしてもミャンマー。
それはいったい何の仕事かというと…。
(つづく)
2006,01,26, Thursday
さらなる衝撃!
大勢のみなさんから比較的温かいコメントが多数寄せられた。ありがたいことです。
(特に英語版の要望には感じるものがあった。これについてはまた日を改めて書きたい)
さて、それより相棒のキタ君である。
「何も考えなくていいよ。オレについてくれば大丈夫だから…」と私にそそのかされてインドに旅立ったものの、私が入国できなかったため彼がたった一人でウモッカ目撃地点に行くはめになった。
もともと彼はウモッカにあまり興味がなかった(!)から、現地をちらっと見てすぐ帰るつもりだったらしい。
実際、初期のメールでは「蚊が多い。今日は顔に三カ所刺された」とか「陽が出ると暑くて曇ってると寒い」とか「インド人の言うことは何もあてにならない」とか、愚痴が多かった。
ところが、12月の末、彼のバイト先(旅行の間は休職扱い)の会社が潰れかかっていることが判明、心なしか、この頃からだんだんウモッカ探しに本腰が入りだした。
日本に帰ってもいいことがないと判断したからかもしれない。
そんなわけで、キタの活躍がはじまった…と書こうとしていたのだが、そんな矢先、なんと今度は彼に予想もしないトラブルが降りかかった。
命その他に別状はなく、カルカッタで快適に過ごしているが、にっちもさっちもいかない状態だ。
断っておくが、私のようにビザとか出国とか、そういう問題ではない。
私は彼と改めてウモッカ探し(第二次調査隊)に出かけるつもりで準備していたのだが、これでまるっきり白紙に戻ってしまった。
一寸先は闇再び!である。
今回、われわれのウモッカ探索がとことんついていないことについて、協力してくれているUMA関係者の人はこう慰めてくれた。
「やっぱりウモッカの呪いでしょうかねえ。UMAにはそういうのが多いんですよ。まあ、ウモッカ自身に悪気はないと思いますが…」
悪気か…。
私もウモッカにそんなものがあるとは思いたくない。
悪気でやってたら怖いし。
(つづく)
(特に英語版の要望には感じるものがあった。これについてはまた日を改めて書きたい)
さて、それより相棒のキタ君である。
「何も考えなくていいよ。オレについてくれば大丈夫だから…」と私にそそのかされてインドに旅立ったものの、私が入国できなかったため彼がたった一人でウモッカ目撃地点に行くはめになった。
もともと彼はウモッカにあまり興味がなかった(!)から、現地をちらっと見てすぐ帰るつもりだったらしい。
実際、初期のメールでは「蚊が多い。今日は顔に三カ所刺された」とか「陽が出ると暑くて曇ってると寒い」とか「インド人の言うことは何もあてにならない」とか、愚痴が多かった。
ところが、12月の末、彼のバイト先(旅行の間は休職扱い)の会社が潰れかかっていることが判明、心なしか、この頃からだんだんウモッカ探しに本腰が入りだした。
日本に帰ってもいいことがないと判断したからかもしれない。
そんなわけで、キタの活躍がはじまった…と書こうとしていたのだが、そんな矢先、なんと今度は彼に予想もしないトラブルが降りかかった。
命その他に別状はなく、カルカッタで快適に過ごしているが、にっちもさっちもいかない状態だ。
断っておくが、私のようにビザとか出国とか、そういう問題ではない。
私は彼と改めてウモッカ探し(第二次調査隊)に出かけるつもりで準備していたのだが、これでまるっきり白紙に戻ってしまった。
一寸先は闇再び!である。
今回、われわれのウモッカ探索がとことんついていないことについて、協力してくれているUMA関係者の人はこう慰めてくれた。
「やっぱりウモッカの呪いでしょうかねえ。UMAにはそういうのが多いんですよ。まあ、ウモッカ自身に悪気はないと思いますが…」
悪気か…。
私もウモッカにそんなものがあるとは思いたくない。
悪気でやってたら怖いし。
(つづく)
2006,01,21, Saturday
驚愕の真相
みなさん、ごぶさたしてます。高野秀行本人です。
私は実は現在日本にいる。というより、ずっと日本にいる。
インドに行かなかったわけではない。
行ったことは行ったのだが、なんとカルカッタの空港で入国で捕まってしまったのだ。
三年前、ビザなしで入国し、その後強制退去させられたことがあり、その記録が残っていたのだった。
前々からその心配はしてはいたのだが、インド大使館でビザが普通に下りたため、
「あー、もう問題ないんだ」とホッと胸をなでおろしていた。(これについてはブログでもちらりと触れた)
ところが、大使館(=外務省)とイミグレ(=警察)では組織がちがい、ブラックリストも異なる。私は大使館はOKだけどイミグレはNGという状態にあり、つまりは二つの官僚組織間のクレバスに落ちてしまったというわけである。
結局、尋問を受けたあと、三日間拘束された。
空港の出発ロビーに説明もなく軟禁され、まるっきりトム・ハンクスの「ターミナル」みたいな状態だった。
イミグレの方も、私がちゃんとビザを持っているのにコンピュータ上では入国禁止人物になっているから、処置に頭を悩ませたようであった。
そして、四日目、突然呼び出された私は、マレーシア航空の飛行機に押し込められて、インドを後にすることとなった。
そして、12月17日に「帰国」した。
パスポート上では「どこへも行ってない」のに帰国したのである。
「恥ずかしながら日本に帰って参りました」−−そう言ったのは、戦後30年も経ってフィリピンから帰国した小野田少尉だが、私も気持ちは同じである。
ただ、小野田さんは帰るのが遅すぎ、私は帰るのが早すぎたという決定的なちがいがあるが。
それにしても…。
「ウモッカを捕まえ次第帰るので帰国は意外を早まるかもしれない」などと公言していたが、まさか自分本人が真っ先に捕まってしまうとは夢にも想わなかった。
まさに人生一寸先は闇である。
あまりにショッキングであり、誰にも会いたくない。
あれだけ大々的に宣伝していったのだから、みなさんに会わす顔もない。
姑息な私は、入国失敗&帰国をひた隠しにし、自宅にこもり、「日本国内極秘潜伏」を続けていた。
事情を知らせたごく一部の友人及び関係者の人たちは私のことを「現代のアンネ・フランク」と呼んでからかった。
言い訳をするようだが、私もなんとかみんなに気づかれないままインドに戻れないか、いろいろと画策をした。
コンピュータがまだ導入されていない陸路の国境イミグレからインドに入国しようとか、妻と離婚して別の女性と結婚し、その人の姓になってパスポートの名前を変えるとか、考えられることは全て考えた。
だが、結局、それも断念した。
ここで違法行為を繰り返すと、一生インドに入国できなくなったり、インドに入れても見つかって懲役10年くらい喰らったり、日本の外務省を敵にまわしてパスポートを取り上げられたりする可能性がある。
そして何よりもただでさえ芳しくない私の評判が地に落ち、ひいてはウモッカそのものもダーティなイメージを背負って、もし見つかったときに大変な問題になってしまう。
そんなこんなで、最終的にはインド大使に直訴の手紙を書き、直接交渉するという正攻法を選んだが、それも進展はかばかしくない。
私は身もだえしながら、大晦日の曙VSボビーとか吉田VS小川の世紀の一戦などを観戦し、年を越した。
いっぽう、インドでは「吉田VS小川の世紀の一戦が見てえ!」と身もだえしながら、たった一人、ウモッカ現地調査に励んでいる男がいた。
相棒のキタ君である。(つづく)
私は実は現在日本にいる。というより、ずっと日本にいる。
インドに行かなかったわけではない。
行ったことは行ったのだが、なんとカルカッタの空港で入国で捕まってしまったのだ。
三年前、ビザなしで入国し、その後強制退去させられたことがあり、その記録が残っていたのだった。
前々からその心配はしてはいたのだが、インド大使館でビザが普通に下りたため、
「あー、もう問題ないんだ」とホッと胸をなでおろしていた。(これについてはブログでもちらりと触れた)
ところが、大使館(=外務省)とイミグレ(=警察)では組織がちがい、ブラックリストも異なる。私は大使館はOKだけどイミグレはNGという状態にあり、つまりは二つの官僚組織間のクレバスに落ちてしまったというわけである。
結局、尋問を受けたあと、三日間拘束された。
空港の出発ロビーに説明もなく軟禁され、まるっきりトム・ハンクスの「ターミナル」みたいな状態だった。
イミグレの方も、私がちゃんとビザを持っているのにコンピュータ上では入国禁止人物になっているから、処置に頭を悩ませたようであった。
そして、四日目、突然呼び出された私は、マレーシア航空の飛行機に押し込められて、インドを後にすることとなった。
そして、12月17日に「帰国」した。
パスポート上では「どこへも行ってない」のに帰国したのである。
「恥ずかしながら日本に帰って参りました」−−そう言ったのは、戦後30年も経ってフィリピンから帰国した小野田少尉だが、私も気持ちは同じである。
ただ、小野田さんは帰るのが遅すぎ、私は帰るのが早すぎたという決定的なちがいがあるが。
それにしても…。
「ウモッカを捕まえ次第帰るので帰国は意外を早まるかもしれない」などと公言していたが、まさか自分本人が真っ先に捕まってしまうとは夢にも想わなかった。
まさに人生一寸先は闇である。
あまりにショッキングであり、誰にも会いたくない。
あれだけ大々的に宣伝していったのだから、みなさんに会わす顔もない。
姑息な私は、入国失敗&帰国をひた隠しにし、自宅にこもり、「日本国内極秘潜伏」を続けていた。
事情を知らせたごく一部の友人及び関係者の人たちは私のことを「現代のアンネ・フランク」と呼んでからかった。
言い訳をするようだが、私もなんとかみんなに気づかれないままインドに戻れないか、いろいろと画策をした。
コンピュータがまだ導入されていない陸路の国境イミグレからインドに入国しようとか、妻と離婚して別の女性と結婚し、その人の姓になってパスポートの名前を変えるとか、考えられることは全て考えた。
だが、結局、それも断念した。
ここで違法行為を繰り返すと、一生インドに入国できなくなったり、インドに入れても見つかって懲役10年くらい喰らったり、日本の外務省を敵にまわしてパスポートを取り上げられたりする可能性がある。
そして何よりもただでさえ芳しくない私の評判が地に落ち、ひいてはウモッカそのものもダーティなイメージを背負って、もし見つかったときに大変な問題になってしまう。
そんなこんなで、最終的にはインド大使に直訴の手紙を書き、直接交渉するという正攻法を選んだが、それも進展はかばかしくない。
私は身もだえしながら、大晦日の曙VSボビーとか吉田VS小川の世紀の一戦などを観戦し、年を越した。
いっぽう、インドでは「吉田VS小川の世紀の一戦が見てえ!」と身もだえしながら、たった一人、ウモッカ現地調査に励んでいる男がいた。
相棒のキタ君である。(つづく)
2005,12,13, Tuesday
無事?出発
同行するのは「ワセダ三畳青春記」(集英社文庫)にも登場する、タロットの名手キタさん。
曰く「お守りみたいなもの」だそうだ。
出発前に聞いた話では、万全と思われていた準備に思わぬ落とし穴があったらしい。ブログもしくは著作にて披露されるのをお楽しみに。
在京連絡事務所
有限会社AISA(アイザ) 小林
0424-83-1740
※滞在地はネット環境があり、メール連絡やブログの更新は現地から行う予定。
2005,12,13, Tuesday
出発
今日からインドへ出発します。
ウモッカを見つけ次第帰りますが、そうでない場合は3月13日が帰国予定日です。
(航空券が3ヶ月オープンなので、その日がリミットとなります)
現地では基本的にネットが使えるようなので、定期的にブログは更新し、探索の進捗状況などをお伝えするつもりです。
また、私のメールアドレスはそのまま使えます。
関係者のみなさんはいつものようにメールを出してください。
私個人のアドレスをご存知ない方は、このブログの右側「プロフィール」の欄を開いて、そのページのいちばん上の「高野秀行」の部分をクリックすると、私宛のメールが打てます。
では、行ってきます。
ウモッカを見つけ次第帰りますが、そうでない場合は3月13日が帰国予定日です。
(航空券が3ヶ月オープンなので、その日がリミットとなります)
現地では基本的にネットが使えるようなので、定期的にブログは更新し、探索の進捗状況などをお伝えするつもりです。
また、私のメールアドレスはそのまま使えます。
関係者のみなさんはいつものようにメールを出してください。
私個人のアドレスをご存知ない方は、このブログの右側「プロフィール」の欄を開いて、そのページのいちばん上の「高野秀行」の部分をクリックすると、私宛のメールが打てます。
では、行ってきます。
2005,12,12, Monday
IUP公式Tシャツ&ロゴができる!

目撃者のモッカさんがわれわれのために、インド・ウモッカ・プロジェクト(IUP)公式Tシャツを作
ってくれた。
突然、電話がかかってきて「探検といったらユニフォームですよね? 気がつかなくてすいません」となぜか謝って、自主的にTシャツをつくってくれたのだ。
モッカさんはほんとうに心の優しい、でもユニークな人である。
しかも、このデザインを一時間足らずで作ってしまったらしい。
芸術家なので、こんなのはお茶の子サイサイみたいだ。
この心遣いに感謝し、このTシャツおよびデザインをIUPの公式ロゴにしたいと思う。
ただし。
このTシャツのほかに、おまけとして、モッカさんが以前製作したTシャツも同封されていた。
そのTシャツのコピーは
「ワタシタチハ マチガッテイルカモシレナイ」
というものだった。
なるほど…。
一人がIUPの公式Tシャツを着て、もう一人が「マチガッテルカモ」Tシャツを着、
ウモッカ探索に出かけるのか。
奥が深いのか何も考えてないのか、とにかくモッカさんはナイスな人なのだった。
2005,12,08, Thursday
ウモッカ手配書
今朝、「ウモッカ手配書」が印刷所より届いた。モッカさんによるスケッチ、同じくモッカさんによるトゲ付きウロコの拡大図、そして説明文である。
説明文は現地の公用語オリヤー語で、日本語に訳すと次のようになる。
あなたはこの魚を知りませんか?
私たちはこの魚を探しています。
これはとても珍しい魚で、科学的にたいへん重要です。
特徴:
・長さ1〜2メートル。
・サメに似ている。
・背中は、鋭いトゲのついたウロコでびっしり覆われている。
・頭、腹、ヒレにはウロコもトゲもない。
・色は、背中が茶色っぽく、トゲは白く、腹は青っぽい。
・頭と尻尾はよく見ていなかったので、この絵と異なるかもしれない。
これは、ある日本人旅行者が1996年、××(町の名前)の砂浜で見かけたものである。
地元の漁師が網で捕まえ、その場でぶつ切りにしてしまった。
そして食べるために家に持ち帰った。
これに似た魚を見つけたら、すぐに私たちに連絡してください。
(空白に電話番号を入れる)
もし、それが私たちの探している魚であれば、最低5000ルピー(約12500円)で買い取ります。
以上のような内容だ。
オリヤー文字はヒンディー文字とはちがうので、この州以外のインド人にも全く読めない。
もっと広く使えるようにヒンディー語にしておけばよかったかなあ…とも思うが、まあ、なんとかなるでしょう。
2005,12,06, Tuesday
秘密兵器!

そうそう、言い忘れていた。無策無能な私たちにも今回たった一つだけ「秘密兵器」がある。
ウモッカのトゲ・フィギュアだ。
(正確にはトゲ付きのウロコ・フィギュア)
最初はウモッカの全体像のフィギュアを作ろうかとも思ったが、全体像にしてしまうと
曖昧な部分までくっきりとしたイメージが形成されて誤解を招きやすいし、大きさの感覚も狂ってくる。
そこで、目撃者のモッカさんが「これがなによりも印象的だった」というトゲのみを、
実物大で再現することにした。
問題は誰に作ってもらうかということだった。
造型で有名な海洋堂や、個人でやっているプロのフィギュア職人に頼むつもりだったが、時間があまりないし、特注なのでお金もけっこうかかってしまう。
でも、なんとか作りたいので、モッカさんにあらためてトゲの形や色について訊いたところ、驚いたことに、
「なんなら、ぼくが作りますよ」と言う。
モッカさんは美術系大学を卒業後、しばらく造型屋さんをやっていた。
つまり、プロなので、自分で作れてしまうのだ。
てなわけで、目撃者であるモッカさんがじきじきに作ってくれた。
お金もタダ。かわいい手製のケースに入って送られてきた。
未知動物探しで、こんな幸運に恵まれることは稀である。
さて、肝心のトゲだが、見た本人が作っているので、これ以上正確なものはない。
驚かされるのはその大きさと鋭さである。
話では「バラのトゲみたいな感じ」と聞いていたが、実際見ると(あくまで彼の記憶にしたがって作られたものだが)、バラのトゲどころじゃない長さだ。
こんなものが背中にびっしり生えていたのかと想像すると、モッカさんが繰り返し言っている「すごく気持ち悪い」「不気味な魚」という感想がやっと少し理解できた。
魚類の専門家にもこのトゲ&ウロコを見せたが、
「こんなトゲを持っている魚はフグ目しかない。でも、フグは全然形がちがうし…。化石魚類でも思い当たらない」
とのことだった。
やはり、相当異様な特徴のようだ。
このフィギュアを現地の人に見せれば、絵を見せるだけよりもずっとわかりやすいだろう。
もしかしたら、このトゲだけなら漁師の家の片隅に転がっているかもしれない。
それを見つけるだけでも重要な「証拠」となる。
モッカさん、どうもありがとうございます!
2005,12,04, Sunday
ウモッカ探しの方法&発見時の手順
ウモッカ探しの方法、…と言っても前に書いたように妙手があるわけではない。
地元の漁師に聞きとり調査を行い、「ウモッカ手配書」(目撃者モッカさんによるスケッチと説明文)を配布し、あとは毎日、漁師の網をのぞくだけだ。
ただし、海のものだけに、目撃された町で獲れるとは限らない。
周辺の漁村を片っ端からあたっていく必要がある。
ウモッカには懸賞金をかけることにした。
もし、ほんとうにウモッカがその辺にいるのなら、漁師たちが賞金目当てでウモッカがよく獲れる漁場にぞくぞくと出かけ、自主的に探してくれるだろう。
もちろん、「ウモッカ」と認定した魚しかお金は払わない。
(ちなみに、情報には一切謝礼を出さない)
ウモッカが見つかった場合の手はずは整えてある。
1)写真とビデオで撮影する。
2)その町もしくは近くの町の冷凍庫に持って行き、冷凍保存をする。
3)DHLやFEDEXといった国際宅配便で日本に空輸する。私たちも日本に帰る。
4)専門家に鑑定をしてもらう。
5)鑑定の結果を発表する。
私が取材した限りでは、これがベストの方法だ。
鑑定してくれる専門家は、もう依頼済みである。
詳細は明かせないが、ひじょうに権威ある研究所のひじょうに権威ある先生だ。
国際宅配便や冷凍保存の場所は現地で探さなければならないが、手伝ってくれるインド人の現地コーディネーターは確保した。
(ゲストハウスのおやじとか、そういう人ではない)
インド人コーディネーターの一家は、現地の州政府にも顔がきくとされ、ウモッカ持ち出しで万一面倒なことになったときでも役に立ってくれるかもしれない。
なんだか、こう書いていると、「もう見つかったも同然」という気がしてくる。
次は、日本との連絡方法、それから報告方法である。(つづく)
地元の漁師に聞きとり調査を行い、「ウモッカ手配書」(目撃者モッカさんによるスケッチと説明文)を配布し、あとは毎日、漁師の網をのぞくだけだ。
ただし、海のものだけに、目撃された町で獲れるとは限らない。
周辺の漁村を片っ端からあたっていく必要がある。
ウモッカには懸賞金をかけることにした。
もし、ほんとうにウモッカがその辺にいるのなら、漁師たちが賞金目当てでウモッカがよく獲れる漁場にぞくぞくと出かけ、自主的に探してくれるだろう。
もちろん、「ウモッカ」と認定した魚しかお金は払わない。
(ちなみに、情報には一切謝礼を出さない)
ウモッカが見つかった場合の手はずは整えてある。
1)写真とビデオで撮影する。
2)その町もしくは近くの町の冷凍庫に持って行き、冷凍保存をする。
3)DHLやFEDEXといった国際宅配便で日本に空輸する。私たちも日本に帰る。
4)専門家に鑑定をしてもらう。
5)鑑定の結果を発表する。
私が取材した限りでは、これがベストの方法だ。
鑑定してくれる専門家は、もう依頼済みである。
詳細は明かせないが、ひじょうに権威ある研究所のひじょうに権威ある先生だ。
国際宅配便や冷凍保存の場所は現地で探さなければならないが、手伝ってくれるインド人の現地コーディネーターは確保した。
(ゲストハウスのおやじとか、そういう人ではない)
インド人コーディネーターの一家は、現地の州政府にも顔がきくとされ、ウモッカ持ち出しで万一面倒なことになったときでも役に立ってくれるかもしれない。
なんだか、こう書いていると、「もう見つかったも同然」という気がしてくる。
次は、日本との連絡方法、それから報告方法である。(つづく)
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