SEAゲーム(東南アジア競技会)制覇の歓喜に沸いてから中2日の11月23日、マレーシアは、アジア地区五輪予選、ホームでのシリアとの一戦に臨む。
マレーシアは、SEAゲームに参加した主力が7名に加え、日本戦でのサイド攻撃で印象的な動きをしたワン・ザック・ハイカル(Wan Zack Haikal Wan Noor)やモハマド・イルファン・ファザリ(Mohd Irfan Fazail)らのスロバキア・リーグFC ViOn Zlaté Moravce への期限付き移籍している有力選手が加わった。
中東勢と東南アジア勢の対戦は、ホームとアウェイのパフォーマンスの差が大きい。中東勢は、東南アジア特有の湿気で本領を発揮できない傾向がある。また、マレーシアは2次予選でレバノンを下しており、少なくとも中東勢には勝てないことはないという意識は、持ち始めている。
試合は、やはりインドネシア戦との死闘の疲労は色濃く、前半こそアウェイへの適応に時間がかかったシリアを無得点に抑えたものの、後半に入った50分、ゴール前への超ロングスローからヘディングという奇襲ゴールを決められ先制を許す。必死の反撃も81分の失点により、潰えてしまった。マレーシアは、日本戦に続き0-2の敗戦。
シリア戦から4日後の27日に迎えたホームでのバーレーン戦は、マレーシアにとって同組で最も付け入る隙がある相手だった。アラブの春により、有力選手が国外に逃げ、チームの結束も今ひとつという状況だった。
対するマレーシアは、疲労も回復し、ホームの観衆の声援にも後押しされ、前半から動きがよかった。前半29分には、チーム最年少17歳のMFモハマド・ナズミ(Muhamad Nazmi Faiz Mansor)が、目の覚めるようなロングシュートで先制。ちなみに容姿もなんとなくブラジルのカカを髣髴させる選手だ。ハリマオ・ムダの潜在的な強さを感じさせる場面だった。マレーシアには、よい流れの展開となったが、両軍ともラフプレーが目立ち始め、前半の終了間際にキーマンのひとり、ワン・ザック・ハイカルが負傷による交代した。
後半に入ってもラフプレーの多さが目に付く試合運び。ラフプレーに容赦なくカードを出すウズベキスタン人審判は、後半60分にバーレーン選手を退場処分。数的有利になったマレーシアは、後半69分バーレーンがゴール前でクリアーの処理を誤った場面で、DFマハリ・・ジャスリ(Mahali Jasuli)が押し込み、2-0とリードを広げる。この時点でハリマオ・ムダは、かつてない最高の瞬間を迎えていたと言えるだろう。楽観ムードがスタジアムを覆い始め、チームとしては現在成しえる最高レベルでの初勝利が見えてきた。
しかし、あと20分をどう守りきるかという課題でハリマオ・ムダは、もろさを露呈した。後半の半ばには、ラフプレーでこの日出色の動きをしていたモハマド・ナズミを失う。そして81分、バーレーンは、ゴール前でマレーシア守備陣のマークを交わし、オーバーヘッドからゴールで反撃を開始。85分には、守備陣のラフプレーにより、右サイドからの直接ゴールを狙える位置でFKを与えてしまう。このFKがゴール右上に決まり、同点。86分、落胆するハリマオ・ムダの心理を突くように、バーレーンがカウンターからの逆転ゴール。
手中にしていた勝利がこぼれ落ちた。最後の10分は、とても日本を2失点で食い止めた堅守の面影もない戦い方だった。慢心としか言いようがない。
これでマレーシアの五輪出場は、絶望的な状況となった。ただ、それでもハリマオ・ムダは、レベル・アップの可能性を秘めているチームだと思う。
一昔のマレーシア代表は、代表召集は奉仕で給料が出ないために、クラブ・チームから出たがらなかったと聞く。ハリマオ・ムダとして常設チームにしてしまうという方策は、クラブ・チームからフル代表に招集された選手が、代表に誇りを持っていない問題点から出発している。
また、ナジブ首相が掲げる国民統合・民族融和のコンセプト、“1・マレーシア”は、チーム・スポーツの雄たるサッカーに目をつけ、ことあるごとに支援策を打ち出している。代表ユニホームがファッションとして浸透しているのも政治家の思惑だけからではない。やはり、70年代に強さを誇ったマレーシア・サッカーの興隆の期待と夢を見ているからだ。
ハリマオ・ムダには、アウェイでのバーレーン戦(2月5日)、ホームでの日本戦(2月22日)、アウェイでのシリア戦(3月14日)が残されている。一つでもマレーシア・サッカーの未来につながるプレーを見せてもらいたいものだ。
昨年のAFCスズキ杯(フル代表)、そして今回のSEAゲームとマレーシア・サッカー界の伸張が目立つが、その背景にタイ・サッカーの不振がある気がする。時には、難敵として日本や韓国を苦しめ、不動の王者として君臨していたタイが、このところ域内大会では、決勝トーナメントにも顔を出さない。(この辺の事情、誰か教えてくれないでしょうか?)その圧倒的なタイの不在で、第2グループであるベトナム、インドネシア、マレーシアといった国々による覇権争いが始まった。
特にマレーシアは、フル代表よりも五輪世代の強化に重点を置き、U-23代表を常設のチームとしてリーグ参戦させるなどの方策を取っている。ちなみにシンガポールも同様な策を取り、来期からはお互いの国のリーグに参戦する。その成果もあり、マレーシアはロンドン五輪最終予選に勝ち残った唯一の東南アジア地域の国となっている。
さて、ハリマオ・ムダが“とらえどころない存在”であることについて話をしていこう。
マレーシアで傑出した選手を上げるとしたらまず、五輪アジア予選の日本戦で26本のシュートで2失点しか許さなかった守護神GKカイルル・ファーミー。フル代表にも招集されるなど、実力は折り紙つきだ。攻撃陣では、SEAゲームでMFバドルル・バクティアールが3ゴール、FWイザック・ファリス・ラムランが2ゴールといったところ。ただ、優勝チームとして最多ゴール選手を輩出していない(ちなみに最多ゴールは6)ので、堅守のチームのイメージが強い。
さて決勝インドネシア戦は、主力選手4人を欠く布陣であり、開始早々の5分にCKから失点するという苦しい立ち上がり。攻撃陣に個人技がある選手を据えるインドネシアに対し、マレーシアは、カウンター攻撃でもマレーシアの守備陣は、自陣から離れないほど、ガチガチに守る展開となった。
実は、この試合展開には、伏線があった。前哨戦となるグループAのリーグ戦でも両者は対戦しており、そのときは、お互いに引き分けでも両チームが決勝トーナメントに進出が決まる状況だったが、マレーシアは1-0でインドネシアを退けた。無理に勝とうとしたわけではないが、勝ってしまったマレーシアに対し、インドネシアは、死んでも負けられないと、牙を剥いて襲いかかって来た。マレーシアが34分、ゴール前に上がってきたDFアサルディンが地上20-30cmを這ってきたグラインダーのボールにヘディングで反応。意表を着かれたインドネシア守備陣は、同点ゴールを許してしまう。泥臭いと言えば、少しは体裁がいいが、あまりにも不恰好な得点シーンだった。
その後もガチガチに守るマレーシアの姿勢は変わらず。また、ほぼ同民族の隣国という近親憎悪関係国にありがちな、喧嘩サッカーとなり、ラフプレーの連続。(120分で両軍ともファール数が20という多さ)延長戦前半には、両軍とも一度ずつゴールを揺らすシーンがあったが、どちらもオフサイド。終了間際には、インドネシアがゴールを直接狙える位置でFKを得るものの、得点にはいたらず、PK戦となる。
マレーシアとしては、同世代では、東南アジアでナンバー1GKであるカイルル・ファーミーがキーマンとなる展開に持っていけて御の字といったところだった。結局、インドネシアは、ホームの大観衆を前にしたプレッシャーに潰れた。2年前のマレーシアによるSEAゲーム制覇時(1-0)は、相手ベトナムによるOGが決勝点だった。2大会続けて、負けた方は、負けた気がしていない決勝戦だった。
ハリマオ・ムダは、負けないチームとは言えるが、かといって運を味方にできるほどの風格というのも感じられない。戦術も、個人の能力も、タレントも、優れているわけではないが、、常に同チームとして戦っている結束力を土台とし、大量失点しないというGKカイルル・ファーミーの堅守という一点のみに立脚し、その時々の状況を生かしながら勝ちに結び付けてきたチームである。
繰り返しになるが、東南アジア王者であるが、最強とは言えず、本当にとらえどころのないチームなのである。