ただ、個人的には、あんまり印象に残った作品はなし。今年は、セパ・タクロウを題材にしたナンセンス・スポ根作品『Libas』とか、アフドゥリン・シャウキ(Afdlin Shauki)監督による独自の世界観を描いたファンタジー、『Misteri Jalan Lama』、特撮多用して豪華で無機質なアクションに仕立てた『Haq』など、新機軸といえる作品もあったが、あくまでも内向きでマレー系が楽しめればいいという作品が大半だった。
それじゃ芸もないので、今年の印象に残った映画を少しばかり。
☆ 『Hikayat Merong Mahawangsa』
同作は、マレーシア映画祭で最優秀作品賞を獲得したKRUスタジオ、ユスリー(Yusri KRU)が監督。主人公メロン・マハワンサとは、ケダ王家を興したアレキサンダー大王の血を引くと言われる伝説の英雄。
ストーリーは、ローマ帝国の皇子と漢王朝の皇女が、中間の地であるマレー半島で婚姻を行う話が持ち上がり、メロン・マハワンサが婚姻を妨害しようとするガルーダ国と戦うと言うかなりぶっ飛んだ内容で、 “ジンギスカン=義経説”のような話。ハリウッド映画のごとく、半裸マッチョによる肉弾戦やお決まりの皇女の入浴シーンなどサービス満載。そしてローマ帝国と漢王朝の大艦隊がCGで大海原に大展開(「大」の三レンチャン)するド派手さ。ハリウッド手法と方程式を踏襲した作品だった。もう10年前、いや5年前のマレーシア映画を知る人でも黙るしかない。まぁ、絶賛するほどではないけれど、怖いものなしの姿勢は、「どせマレーシア映画」というはじめっからあきらめている根性に活を入れていることは評価したい。
☆『Nasi Lemak 2.0』
同作は、マレーシア社会と政治をラップで批判し、一時は国賊扱いされた黄明志(Namewee)による自称愛国映画。
ひょんなきっかけで名中国料理店の跡目争いのための料理人対決に借り出された男が、マレー料理のナシ・レマッに魅了され、さまざまな修行と出会いで新しいマレーシアの中国料理を生み出すというストーリー。言語は中国語がメインで、中国映画にありがちなストーリーと展開なのだけれども、アディバ・ノール(Adibah Noor)、アフドゥリン・シャウキや往年のバンドAllyctasのデビッド・アルムガム(David Arumugam)、レシュモニュ(Resumonu)、ニョニャババのコメディー俳優ケニー(Kenny)ら多民族な顔ぶれが出演している。
黄明志は、人種差別主義者という過去のレッテルも自分を笑う要素に転じて、お馬鹿に徹した。ちゃんとクリエーターとして成長していることに拍手。ただ、『Nasi Lemak 2.0』は、中国語がメインなので国内作品とはみなされず、税制上の優遇策も適用されなかった。実は、同様なケースで阿牛監督の『Cinta Ais Kacang (Ice Kacang Puppy Love)』は、マレーシア映画振興公社(FINAS)から国内映画として扱われる措置となったことがあった。まだ、FINASには、黄明志は避けられ続けているようだ。今まで散々ニュース欄で名前を売ってきたので、これくらいの逆境ぐらいは、跳ね返してほしいところ。
多民族(人種を問わない観衆)が楽しめるマレーシアでしかできない映画という点で評価の基準を置くならば、『Nasi Lemak 2.0』は、ボクが注目しているマレーシア・エンタメの潮流の作品。だが、今年は、マレーシア・エンタメといえる作品はなかったのが残念。
あまり結論はないのだが、今年から衛星放送局アストロに「Astro First」というオン・ディマンド式で最新のマレーシア映画を家で観ることができるチャンネルが登場。映画産業にとっても劇場以外にも収入が期待できる環境になったのは、いいニュースだ。
ただ、ボクもちょくちょく観ているのだけれども、なんとなく手軽過ぎてじっくり作品鑑賞できていなかったのは反省。
みなさんよいお年を。
2012年もよろしく。
<マレーシア映画祭2011結果>
《受賞者と作品》
☆最優秀作品賞 『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀監督賞 シャムスル・ユスフ(Syamsul Yusof ) 『KL Gangster』
☆期待される新人監督賞 ジュレイ・ラティフ・ロスリ(Jurey Latiff Rosli)『Libas』
☆最優秀男優賞 シャヘイジー・サム(Shaheizy Sam)『Kongsi』
☆最優秀女優賞 エジャ(Eja) 『Janin』
☆最優秀助演男優賞 ソフィ・ジカン(Shofi Jikan)『KL Gangster』
☆最優秀助演女優賞 ファエザ・エライ(Faezah Elai) 『Cun』
☆期待される新人男優賞 タイユディン・バカール(Taiyuddin Bakar) 『Hantu Bonceng』
☆期待される新人女優賞 ナディアトゥル・ニサア(Nadiyatul Nisaa) 『Cun』
☆最優秀子役賞 ミア・サラ・ナシュダ(Mia Sara Nasuha)『Sekali Lagi』
☆最優秀脚本賞 シャムスル・ユスフ(Syamsul Yusof ) 『KL Gangster』
☆最優秀原作賞 マルティアス・アリ(Martias Mohd Ali)『Libas』
☆最優秀撮影技術賞 Mohd Noor Mohd Kassim『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀編集賞 Syamsul Yusof & Hisyam Jupri『KL Gangster』
☆最優秀映画音楽賞 エドリー(Edry (KRU))『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀芸術監督賞 Anuar Paharudin & Cat Ting Low 『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀効果音賞 Hisyam Jupri『KL Gangster』
☆最優秀映像効果賞 ユスリー(Yusri KRU) 『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀テーマ曲賞 エドリー(Edry (KRU))『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀衣装作品賞 Shada Hamid『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆最優秀ポスター・デザイン賞 『Hikayat Merong Mahawangsa』
☆視聴者人気賞『Kongsi』
☆特別商業作品 『KL Gangster』
審査員特別賞(俳優)
☆シディック・フサイン(Sidek Hussain)
☆アラーヤルハム・ザミ・イスマイル(Allahyarham Zami Ismail)
審査員特別賞(作品)
☆『Libas』
☆『Janin』
功労賞
☆ジンス・シャムスディン(Tan Sri Jins Shamsuddin)
☆ミッシェル・ヨー(Michelle Yeoh)
スクリーン賞(Anugerah Skrin )2011の主な結果
《ドラマ部門》
<最優秀ドラマ>
『Sanggul Beracun』/監督:サブリ・ユヌス(Sabri Yunus)
<最優秀男優>
エマン・マナン(Eman Manan) /『Janji Syurga』
<最優秀女優>
ウミ・アイダ(Umie Aida) /『Airmata Nur Salina』
<最優秀助演男優>
アッラヤルハム・ユソフ(Allahyarham Faizal Yusof) /『Jangan Hantar Aku Ke Neraka』
<最優秀助演女優>
エルフィラ・ロイ(Elfira Loy) /『Kum Kum』
<最優秀監督>
サブリ・ユヌス(Sabri Yunus) / 『Sanggul Beracun』
<最優秀脚本>
サブリ・ユヌス(Sabri Yunus) /『Sanggul Beracun』
<最優秀シリーズ>
『Juvana』
<最優秀コメディ>
「Geng Surau」
<最優秀撮影技術>
『Sanggul Beracun』
《映画部門》
<最優秀映画>
『Magika』KRU Studio
<最優秀男優>
ラミー・イシャック(Remy Ishak) /『Cun』
<最優秀女優>
エジャ(Siti Sharifah (Eja) /『Janin』
<最優秀助演男優>
シディック・フシン(Sidik Hussin) /『Karak』
<最優秀助演女優>
ナディヤ・ニサア(Nadiya Nisaa) /『Cun』
<最優秀監督>
オスマン・アリ(Osman Ali) /『Cun』
<最優秀脚本>
Erhan Baharudin & Sujin Lee /『Aku Tak Bodoh』
<ヤスミン・アーマッド賞>
シャムスル・ユソフ(Syamsul Yusof)
この2作の制作は、デービット・ティオ氏が率いるメトロウェルス・プロダクションによるもの。今年劇場公開の25作品中の12作がメトロウェルス作という勢いのよさ。『Adman〜』を監督したアーマッド・イダムは、今年も5作という多作ぶりである。
メトロウェルスの躍進は、売れっ子俳優をマネージメント契約で囲っていること、そし徹底した商業路線だ。ひとつの企画があたれば、かならず続編を作るのは当たり前なのだが、シリアスものやホラーなどが当たるとコメディとして作品にするあざとさだ。『Adnan〜』は、暴走族モノの『Ramp-it』を意識したお笑いモノ。また、『Jangan Pandang Belakang』と『Congkak』の2つのホラーが当たると『Jangan Pandang Belakang Congkak』というコメディを作るといった具合。タイトルからしてチンケなのだが、きっちり数字を叩き出している。
ただ、メトロウェルス作品、やっぱりマレー系にしかウケないし、新しい部分はあまりなく、個人的には積極的に評価はし難い。TV3など民放テレビ局系プライム・ワークス作品などの商業映画もどっこいどっこいの出来で、見どころは少なかった。
そんななかでKRUプロダクション作品、エドリー(Edry)監督の『Magika』は、マレーの伝記ヒーローが登場するファンタジックな世界をCGで表現し、ミュージカルに仕立てた新感覚が際立っていた。マレーシア映画祭で最優秀作品賞を受賞し、とうとうKRU流も認められたかという感慨。
反対に同祭で最優秀監督賞を獲得したシャムスル・ユスフ(Syamsul Yusof)監督の『Evolusi KL Drift2』は、90年代の映画停滞時代のマンネリズムを思い起こさせる作品だった。シャムスル監督の父親は、90年代を代表する大御所ユスフ・ハスラム監督である。監督2作目『Evolusi〜』の評価で、シャムスルは、ハスラムから家督を相続したのだが、悪いところが父親にそっくりなのだ。
デビュー作『KL Drift』と続編『Evolusi〜』で、父親の築いたスコープ・プロダクションのお家芸である当地レベルでは、本格アクションのノウハウを引きついたが、いかんせんストーリーに深みがない。シャムスル自身が演じる主人公が、正義感がゆえにギャングに付け狙われ、友人たちが犠牲になっていくストーリーなのだが、父親の作った数々の恋愛映画と同じく、結末は悲運で結ばれる。
ただ、その正義感に何の深みもなく、美学もない。監督としても主演としても不運のヒーロー酔っているだけ。はなはだしい勘違いヒーロー振りにフィルムの外まで振り回させられたら、それこそ映画界が悲運の結末に向かいそうだ。
昨年、カビール・バティタ(Kabir Bhatia)監督の『Setem』とバーナード・チャウリー(Bernard Chauly )監督の『Pisau Cukur』と良作が続いた脱マレー映画路線の“マレーシア・エンタメ映画”は、ジェイソン・チョン(Jason Chong)監督の『Belukar』やママッ・カリッド(Mamat Khalid)監督の『Estet』といった作品でも流れとして引き継がれた観がある。
『Belukar』は、怪優ブロント・パラエとダファン・イキンの非マレー系キャストが主演する本格的ミステリー。保険金目的の爆破事件を巡り、ギャング組織と組織から足抜けしたい女、そしてその事件を追う敏腕保険調査員による騙しあいを描いたストーリー。フラッシュ・バックで種明かしをする典型的手法だが、当地では新鮮だった。
『Estet』は、プランテーションを舞台にするマレーシア版ボリウッド(インド映画)・コメディ作品。オーバーアクションとわかりやすいことこの上ない勧善懲悪ストーリーというアナクロ的なインド映画に仕上がっており、作りこんだチープさを笑いにするのが持ち味のママッ・カリッド監督らしい作品だった。
しかし、悲しいことに両作品とも興行収入は、RM35万程度のことで大赤字。新しさがある作品が、興行的にウケないのに憂慮すべき事態である。
さて、今年活躍が一番目立ったのは、ファリッド・カミル(Farid Kamil)だったかな。メトロウェルス作品に主演する傍ら、『Evolusi〜』や『Lagenda Budak Setan』、『Estet』に出演し、『V3 Samseng Jalanan』で監督デビューも飾った。
監督としては、『Magika』で監督デビューを飾ったKRUのエドリーか。『Cicak-man』で監督デビューの長兄ユスリーは、賞よりも興行収入だったが、エドリーは最優秀作品と新人監督賞を獲得。これからの活躍が楽しみだ。
コメディ俳優では、このジャンルの顔であるサイフル・アペッが、サッカー・ワールドカップ中に麻薬所持で逮捕されて干されていたが、その合間を縫って伸びるべきナビルやジザンといった若手が映画では今イチだった。サイフルが戻ってきて、そのままの位置でいるのも映画界の将来としては、心配な気がする。
女優は、ちょっと印象に残っていない。少なくともマヤ・カリムの不在を脅かすような女優はいなかった。
最後になってしまったが、故ヤスミン・アーマッド監督の作品で国内では最後の公開となった『Muallraf』が、今月24日に行われた映像・放送分野での作品と人材を評価するのスクリーン賞2010(Anugerah Skrin)で最優秀映画作品を獲得。主演のシャリファ・アマニも最優秀女優賞を受賞した。国内の賞で、ヤスミン監督が対象になるのは、これが最後の機会。銅賞では、彼女の名前を冠した部門が新設され、その名を伝えていくことになる。
大晦日ですが、みなさまよいお年を。