ノンフィクションの世界はここから始まる
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高野秀行の【非】日常模様
自分も寄稿した本が届いた。石井光太・責任編集『ノンフィクション新世紀』(河出書房新社)。
正直さほど期待しないで最初はパラパラとページをめくっていたのだが、読めば読むほど引き込まれ、しかし読みでもあるので
少しずつ、そして何な度も同じところを読み直したりして、いまだに楽しんでいる。
いや、これは本当に素晴らしい本だ。
これまでノンフィクションというジャンルは一体どうなっているのか、ノンフィクションを20年以上書いていて愛読者でもある私ですら把握できないでいた。
叩き台が何もないからだ。
これが小説だと直木賞を筆頭とした数々の文学賞や文芸評論家や書評家による「文学史」や「××ベスト10」みたいなものが死ぬほどあり、それを追っていけば、大まかな流れはわかる。
ところがノンフィクションは既刊本に与えられる賞は主に二つしかなく、あとは新人賞(応募のもの)がまた二つ三つあるのみ。
年間ベストテンも本の雑誌以外で何かあるのだろうか。
「本屋大賞」は、私の盟友である杉江さんが中心になって苦労してやっているのをよく知っているから文句を言う気にはなれないが、
ノンフィクションが最初から除外されている。
五里霧中のノンフィクション世界にあって、本書は初めての「叩き台」となるだろう。
これを読めば、少なくともこの三十年のノンフィクションの大きな流れや名作・傑作・異色作のタイトルがわかる。
「ノンフィクション」の幅が広いことも嬉しい。藤原新也『印度放浪』、宮田珠己『ウはウミウシのウ』、私の『怪獣記』、金子光晴『マレー蘭印紀行』、関川夏央『戦中派天才老人・山田風太郎』、高橋秀実『からくり民主主義』、福沢諭『ザ・フィリピンパブ』、小泉武夫『くさいはうまい』まで登場している。
一方で、柳田邦夫、吉岡忍、野村進、立花隆、魚住昭、佐野眞一、猪瀬直樹、沢木耕太郎といった「本流」「大御所」も当然含まれている。
「それもノンフィクションに入れちゃっていいの?」という疑問もあるだろうし、「あの名作が載ってないじゃないか!」と怒る人もいるだろう。
でも、いいのだ。まずこの本を読み、そういう感想を抱いて、「自分ならノンフィクションをこう定義する」とか「自分にとってのノンフィクションの名作はこれだ!」とか作っていけばいいのだから。なにより、今後「ノンフィクションについての議論」ができる。
今まではそれすらままならなかった。
工夫された構成と丁寧な作りで本書自体が優れたノンフィクション本であるし、ノンフィクションの世界はまさにここから始まると思う。
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