まさにアジアンハートビートの地〜マレーシアに見る新世代音楽の胎動 前編〜
(文・写真:アサネギシ)
マレー、中華、インド系、アジアの3大民族からなる国マレーシア。アジアに関心がある人々には、よく耳にするフレーズかもしれない。しかし、辛口の人間に言わせれば、「どの民族も移民であって、本物の文化はそれぞれのルーツの本場を超えられない」と批評もあるかもしれない。だがマレーシアには、日常的に各民族の文化が隣り合い異文化に触発されるコスモポリタンな環境から新しいアートが生まれる素地がある。本家でないという立場は、裏を返せば伝統のしきたりや桎梏(しっこく)から自由であるということだ。それゆえタブーとされるものにもあえて挑戦する新世代のアーティストが蠢動(しゅんどう)している。そして伝統文化に根ざしながらも“藍よりも青し”となる作品が萌芽しようとしている。
7月2日から6日まで国立劇場(イスタナ・ブダヤ)で行われたクアラルンプール(KL)音楽祭は、そういった多民族社会マレーシアのもつ風土が面白い音楽を生む地であることを十分に示してくれる機会であった。音楽祭の3日目となる4日のテーマは「マレーシアン・クラッシックの夕べ」。伝統・民族楽器をフィーチャーした地元アーティストのための夜となった。
最初に出演したのはインドの弦楽器シタールとパーカッションにキーボードという編成のテンプル・オブ・ファインアーツ(The Temple Of Fine Arts)。活動歴は25年というベテランだ。彼らの音楽は、独特のリズムとシタールにより必然的にインドの香りが漂うものの、曲調や構成はフュージョンだ。インド風の「ツ、タカタ、ツ、タカタ」という口によるリズム取りが、シタール、キーボードと掛け合うパートが面白い。シタールの早弾きはロック・フュージョン的でもあり、無理に例えてみれば“インド版カシオペア”といった趣だ。ソリッドな演奏とモダンな曲調で聴衆を大いに沸かせ、ショーとしても順調な滑り出しとなった。
▲さすがはベテランの貫禄、The Temple Of Fine Arts
▲素晴らしいパフォーマンスを魅せたモーラム(Mohram)
2番目に登場したのは2作目『Antarssukha』の日本盤をリリースし、12月に来日公演を果たしたマレー民族楽器のデュオ、モーラム(Mohram)。この夜の一番のビッグネームの登場に地元の聴衆が大いに沸いた。モーラムはスルリンというマレー伝統の竹笛奏者のモハールとグンダンやレバナ等を操るパーカッション奏者ラムリーからなる。マレー系の音楽界では、現代ポップスであってもマレー的要素の強い音が求められる場合が多いが、彼らはセッショニストとしてシティ・ヌルハリザ(Siti Nurhaliza)など主要なアーティストとの共演も数え切れないほど多い。また、シティ・ヌルハリザの「Sakti」を作曲したことでも有名だ。
この夜は、ギター、ベース、ドラムス、キーボード、ラテン・パーカッションなど6人をバックに従えた豪華な編成。彼らの持ち味は民族楽器をフィーチャーしながらもモダンでよく練られた構成にある。1曲目の『Antarssukha』の冒頭を飾る「Ombak Hijau」は今夜のような大編成の厚い音でより一層映える曲だ。2曲目はゆったりとした「Asimilasi」。キーボードや打ち込みのリズムをフィーチャーした曲だ。普段は無口なモハールも「文化や宗教などの違いが同化していくことをテーマにした曲」と、音楽祭の観客に向けコメント。ステージを移動しながら演奏しフロントマンぶりを発揮していた。3曲目は一転してリズミカルで民族調の「Lenggang Dara」、そしてデビュー作からスリリングで激しさをたたえた「Pawana Pawaka」を披露。第一人者として巧みなバリエーションと曲順で引き込んでいく。最後は大ステージにぴったりな雄大で美しい調べの「Perahu di Samudra」。30分という持ち時間に彼らの魅力をたっぷり詰め込んでステージの幕を閉じた。
後編へつづく