当地在住の映画人窪田道博氏が原作・脚本・第二監督として制作にかかわった注目の作品『スモウ・ラー(Sumolah)』の試写会が行なわれた。
試写会は、今月10日の一般公開に先駆け、関係者や一般の招待客に向けて行なわれたもので、上映前には相撲のデモンストレーションが行なわれたほか、出演者が姿を現し、ムードを盛り上げた。
当地では久々の話題作、僭越ながらレビューを<続き>からどうぞ。
(主要キャスト:左からアウィ、監督・主演アフディリン、ヒロイン役のインティラ・チャロンプラ、ライバル役のグルミット・シン)
監督・主演は、『Buli』や『Baik Punya Cilok』など当地映画界で新進のコメディー作品を生み出しているアフディリン・ショウキ(Afdlin Shauki)。共演は、シンガポール人コメディアン、グルミット・シン(Gurmit Singh、代表テレビ・コメディー番組の役名ポア・チュウカンという方が通りがよいか)やタイ人女優のインティラ・チャロンプラ(Intira Charoenpura)というマレー半島の南北を挟んだ国際作でもある。
さて本作は、当地の映画として珍しい一点の曇りもない“スポ根モノ”。なので、あらすじを紹介しても、ネタばれにはならないと思うので少し。
ストーリーは、「何をしてもさえない主人公ラムリー(アフディリン・ショウキ)が寿司の時間内早食いに挑戦し、見事失敗。
そのツケを払うためにその『ボレ寿司』で働く羽目に。寿司屋のオーナー、ホンダ(パトリック・テリオ)は、ラムリーに寿司店連盟の相撲大会に出場するように仕向ける。大会のライバル、アキラ(グルミット・シン)は、ラムリーが心を寄せるオーナーの娘シティ(インティラ・チャロンプラ)の元カレ。
ラムリーは、相撲大会の出場者が欲しかったオーナーにはめられたことに気がつき、相撲を続けることを逡巡するが…」。(もっと詳しくは、原作者の窪田氏のブログをどうぞ)
いきさつや設定からして荒唐無稽なんだけど、笑いあり、涙あり、感動ありの見事な王道「スポ根物語」に仕上がった。
ラムリーが恋敵のライバルのアキラの挑発で、相撲で勝負するという流れはかなり紋切り型なのだが、ホンダがボレ寿司の経営に失敗しかけ、家族愛とラムリーたちの熱意で再び相撲にかけた夢をもう一度取り戻そうと奮起し、日本に相撲の稽古に出かけるという筋で、クライマックスまで一気に盛り上がる。
相撲という日本でも花形スポーツとはいえない素材でこれだけ感情移入できる仕上がりに持っていったのは、原作・脚本ほか、ストーリーテリングの力量のなせる業にほかならず、地元映画にはなかった着想を形にした窪田氏の仕事は、大いに喧伝したいところだ。
ひとつ付け加えるならば、当地の映画は日常が舞台でストーリーが流れていくパターンが多く、設定が大掛かりで出演者も役作りが大変だという“映画らしい映画”が少ないのが泣き所。
本作は、スポ根なんだから当たり前なのだが、アフディリンほか、脇を固めるアウィらが泥臭さがするほど、努力するところが画面ににじみ出ているところが魅力になっている。今、銀幕で引っ張り凧のコメディアンのサイフル・アペッ(Saiful Apek)なんかは、即興での当意即妙のギャグが魅力なんだろうけど、テレビのまんまの観が否めない。映画なんだから、もっと深く作りこんでいるって感じが伝わってこないのだ。だから、ちっとも印象に残らないだなぁ。
話が脱線したが、本作はアジア人が日本精神の発露であるところの国技・相撲に打ち込んでいる姿は、ぱっぱり深い感慨を持ってしまう。マレーシア人も「相撲ってデブなだけじゃないんだ」と見方をあらたにしていた。
コメディとしての魅力は、やはりアフディリンのキャラクターと話術に負うところが大。
「デブでダメなヤツ」を演ずるのが彼の黄金パターンなのだが、今回も仕事が通かないダメ男が、腹をすかして寿司の早食いに挑戦するまでのツカミは完璧。何のことか分からず、相撲のトレーニングに付き合わされて、まわしを付けられてしまうところも彼の面目躍如。
また、彼の話術も好調で「ポケモンのドラゴンボール」とか意味不明のフレーズが、小気味よいリズムを生み出して、笑えるのだ。ライバル役のグルミットともお互いのテレビ番組に出演しあうなかなので、息もぴったり。
アフディリンがマレー語で、グルミットが英語でやりあったりするのが、不思議な笑いのグルーブを生み出している。外国人として、この辺が理解できれば、かなりな通だと思う。(字幕で英語を読んでいても今ひとつ笑えない…)あと、グルミットが役柄上、ちょっとハジけられないのが残念だったが、2人の掛け合いは最大のみどころ。また、どこかで観たいコンビである。
ちなみに地元の人にとっては大きな見どころである日本ロケは、日本人出演者(大学の相撲部とのこと)による本格的な相撲稽古や日本の銭湯などの場面、そして町並みや風景など地元の観衆が楽しめるシーンがたっぷりとある。ちょっとこれで、全編が2時間半を越えてしまったのが残念だが。
さて、終幕で「Nokotta(のこった)」という最後まであきらめないキーワードが胸に刻まれる。
相撲を通して語られる日本人精神が、ちゃんと観る人の溜飲を下げるという心憎いエンディング。
窪田氏の原作のタイトルは「Nokotta」だそうだ。
観る前は笑いの方が主になると思っていた(実際、マレーシアの相撲クラブから、相撲をギャグにしたという誤解が生じたそうだ)が、きっちり胸を熱くしてくれた。(それにちょっとばかり日本人の格も上げてくれた!)
窪田氏の直球勝負に脱帽。
日本語で裏話や作品公開の詳細が読める窪田氏のブログもぜひ。