第22回東京国際映画祭、ヤスミン監督『Talentime』とCM作品公開

　7月に他界したヤスミン･アーマッド（Yasmin Ahmad）監督の第5作目の劇場長編作にして遺作となってしまった『Talentime』（邦題：タレンタイム）が、今月17日から始まる第22回東京国際映画祭･アジアの風部門で公開される。
　ヤスミン監督は、同祭とも関係が深かったこともあり、17日と21日、同作のほか、追悼の意味を込めた彼女が手がけたCMも同時に公開される。21日の上映回には、ゲストとして同作の音楽を担当したピート・ティオ（Pete Teo）と監督の妹であり、彼女の作品の主人公のモデルとなったオーキッドさんが招かれる予定。（同祭のスケジュールはこちら）
　もう直前となってしまったが、ちょっとばかり鑑賞の足しになることでも。

　『Talentime』は、当地の中等学校（12歳から17歳）のタレンタイム（学芸会）を舞台にしたストーリ。
　裕福なマレー系少女メロー（パメラ・チョン、Pamela Chong Ven Teen）、インド系少年のマヘッシュ（マヘッシュ・ジュガル・キショール、Mahesh Jugal Kishor）、そしてマレー系少年のハフィズ（モハマド・シャフィー、Mohammad Syafie b Naswip）を巡る青春の一こまを描いている。
＜エンタメ性もたっぷり＞
　特筆すべきことは、構えてしまう部分が大分少なくなったこと。
やっぱり、ヤスミン作品は、なんかテーマが重そうで、素直に楽しめないんじゃないかなぁ、と思ってしまう部分があるが、今回は若者たちの話ということで、ちょっと「観にいってみようか」という気にさせてくれる。
　当地では、公開にあわせてシャリファ姉妹を起用している化粧品メーカーが映画予告とタイアップしたCMを流していたことでも、新たなヤスミン作品を印象付けていた。
　本作では、新顔のメローとマヘッシュの恋愛、母親の看病を続けるハフィズのストーリなどがメイン。やっぱり、民族間の恋愛の壁や死も描いている部分は、今までのヤスミン作品と同じなのだが、その合間に繰り広げられるタレンタイムのオーディション風景や教員たちのやり取りが狂言回しとなていて、肩の力を抜いて楽しめる要素となっている。
　ちなみに言うと、オーキット家の居候のおばさんを演じたアディバノール（Adibah Noor）がタレンタイムの実行委員長のアディバ先生。そこにからんでくる同僚アヌアール先生、タン先生は、それぞれ監督のドライバーとダンナ様。身内出演と聞くと楽屋落ちレベルなんだけれど、プロじゃない部分がマレーシア社会の自然なな感じを出している。今回、『Gubra』に続いての出演アヌアール氏、コメディアン並みに笑わせてくれるので注目。
＜キャスト＞
　本作で中心となる異民族間の恋愛を演じる新顔の2人についても。
　裕福な英国人の祖母を持つマレー系少女メローは、監督が「私のヘップバーン」と称するシャリファ・アマニ（Sharifah Amani）を起用する予定だったが、アマニも主演作が続く売れっ子となったために断念せざる得なかったそうだ。
　今回、起用されたパメラ・チョンは白人と中華系のミックスで、当地オーディション番組アカデミ･ファンタジアで第1回の筆頭生に選ばれたシンガー、ヴィンス（Vince）の妹。。ヴィンスも実は、『Sepet』に触発されたのかは定かではないものの、異民族恋愛ストーリーもの『Sembila 2005』（ユスフ・ハスラム監督）で主演を演じた。（とても『Sepet』に比する作品とはいえなかったけど…）
　パメラは26歳ということで、高校生相当のメロー役は、きつい部分もあった。監督は劇中でアディバ先生に「子供というより、母親みたいね」（マレー語特有の表現だけど、「老けている」ということ）と言わせている。また、劇中では彼女もイスラム教という設定なので、「アッサラム・アライクム」というイスラムの挨拶もセリフにあるのだが、ちょっとこなれていない。　
　どうでもいいことだけれども、メローの家庭には、中華系のメイドさんがいて箸で食事をするシーンがあるのだが、パメラだけがちゃんと使っているなど、ちょっとマレーシアに慣れた人だと目がいってしまうかもしれない。
　まぁ、それでもアマニだと、どうしてもオーキットのイメージが強いので、ヤスミン作品として本作は新しい切り口のストーリーなので、パメラでよかったのではないかとも思う。
　もうひとりの新顔、マヘッシュは、彼なしには作品が成り立たないと思わせるはまり役。ヤスミン監督は、今度はインド系の家族を描きたいと構想を練っていたので、熱心に探したものと思う。ちなみに今回は脇役なのだけれど、ハフィズの親友役の中華系青年ハワード・ホン（Howard Hon Kahoe）も、イケメンだなぁ。（ちなみに15・マレーシアで公開された短編『Chocolate』でハワードは主演）
　監督も、結構美少年好きだったなぁ、と思わせる。
　許容範囲のネタバレだと思うけれど、マヘッシュは聾唖という設定。セリフがないだけ、雰囲気が大事なのだが、彼の切ない表情が役にはまっている。本作は、10代の一瞬の生の輝きがテーマなのだけれども、彼の存在がかなりのウェートを占めているのではないか。
　もうひとりの主役、マレー系のハフィズを演じる『Mukhsin』で主役ムクシンを演じたモハマド・シャフィー。彼の方は、順調に成長しているなぁ、と言う感じ。病臥に伏せている母親を演じるのが、ベテラン女優のアゼアン・イルダワティ。「うるさいオバサン」役みたいな作品に巡り合えない観があったが、本作ではベテランらしい渋い役を演じている。ヤスミン監督、いい配役をしている。
　あとヤスミン作品では、お馴染みのオーキットの父親ハリス・イスカンダールは、メローの父親役。スベリまくっているのはいつも通り。今回は、アイダ・ネリナは、メローの母親ではなく、メローの家族の親交があるお金持ちの夫人として登場している。また、『Sepet』でジェイソンの母親を演じたタン・メイリンは、メローの家庭に雇われたメイドさん役で出演。中華系なまりのマレー語で雰囲気を加えている。
　さらに歌手のジャクリーン･ビクター（Jaclyn Victor）もマヘッシュの姉役で銀幕デビューを飾っている。
　ヤスミン監督ブログ掲載の美少年たちポートレートもご覧あれ（こちら）。
＜みどころ＞
　インド系家族は、ヤスミン監督が描きたかった素材だったということもあり、本作では、メローよりも、マヘッシュの家庭が中心に描かれている。
マヘッシュは、父親を亡くした家庭に育ち、母方の叔父がなにかと面倒を見ている。叔父は、マヘッシュのことを「モンキー」と呼んだり、「今から嫁さんを見つけてこい」とけしかけるバンカラな人だが、マヘッシュは叔父を敬愛している。その叔父は、結婚式の前日に刺殺されてしまうという事件が起きる。
　また、メローに心を寄せるマヘッシュは、母親に彼女との仲を引き裂かれてしまう。2人の恋愛の障害は、母親の個人的体験に根ざしたも根ざしたイスラム教徒への偏見がある。同じインド人同士でも相容れないものを有しているインド人のジレンマをマヘッシュの母親を通して描いている。
　詳細は鑑賞の興を削いでしまうので避けるけど、自分の心に戸惑うマヘッシュが求めたのは、亡くなる直前に残した叔父の言葉。洗練とは程遠い言葉なんだけれど、なんとなく心に残る。
　もうひとつ忘れてはいけない要素は、音楽を盟友ピート･ティオに託したこと。
　メローとハフィズがタレンタイムで披露する歌を作曲するだけでなく、全編の音楽もピートが担当した。ちょっと切なさを喚起するピアノの小曲「Breaking Up」、ヤスミン作品を音楽で表したような佳曲だ。ちなみにメローの歌シーンの吹き替えはアティリア（Atilia）、ハフィズはアイザット（Aizat）が担当している。
　タレンタイムの舞台、ラストシーンに流れるのは「I Go」。
去ってしまったのは、ヤスミン監督だと思うと悲しくて仕方ない。
＜感想にもならない感傷＞
　期せずしてヤスミン監督の遺作となってしまったことで、感想を書くと感傷が邪魔をするが、監督がオーキットからの思い入れの深さからちょっと距離を置いたことで、普遍性を獲得したのではないかと思う。また、10代の青少年達を通したことで、ヤスミン作品のテーマである人間性への愛着と人生の楽観が、より純化されて伝えられた観がある。
　より多くに人に愛されると言う意味では、ヤスミン作品のなかで最高の一遍だ。
　
　多感な青年たちが、輝かせる生命の一瞬。
　この作品の完成から1年後に失なわれた監督の命が、さらに生を輝かせている気がする。
　
　

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