漫画水滸伝1

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 日本人にとって、漫画は大きな財産である。これは水滸伝という中国文学の訳本においても同様で、幾種類かの優れたテキストが刊行されている。
 前回は、小説によるお気に入りテキストを紹介したが、今回から数回にわたって、漫画で知ることができる水滸伝を紹介しよう。
横山光輝 水滸伝(潮出版社:本編1〜7巻+外伝)

 言わずとしれた横山光輝氏の水滸伝である。横山氏の中国関係の作品としては「三国志」「項羽と劉邦」「史記」等が有名だが、水滸伝もそれらに並ぶ。日本において水滸伝に触れる直接的なきっかけは、吉川水滸伝によるという人が最も多いと言われるが、おそらくこの横山水滸伝も5指に入るだろう。かくいう私も、実はこの横山水滸伝がきっかけでこの作品にのめりこんでいった。21歳の時だ。以後、ヒマがあると何回も読み返した。全8巻とは言っても、横山作品だけにセリフも多くなく、一日もあれば余裕で読み切ってしまう。
 別項で触れるが、水滸伝の原作には70回本・100回本・120回本の3種類が存在する。これらは、完結に至るまでの推移をどこまで描くかによって分類される。
 横山水滸伝は、7巻というごく短いストーリーの中で、最も長い120回本を手本として描いており、しかも入門書としては最もわかりやすいストーリーになっている。ただし、削除・簡略化の部分が相当数ある。初版が昭和44年で、漫画は子供達が中心に読む時代だったことも考慮されたのか、日本人の道徳観になじめなかったり、子供達にとって好ましくないと思われる残酷・官能なくだりは、バッサリ切り落とされている。いたしかたのないことだろう。
 絵のタッチも横山節そのものであるが、三国志や徳川家康等の他作品と比べても、よりいっそう子供向けな感じもする。
 水滸伝中最もおもしろいとされるくだりは、「武十回」といって行者:武松を描いたくだりである。ここは、お色気あり、大立ち回りあり、知的推理ありと、非常に生き生きとした10回分の説話だ。また、当時の中国社会を考察するに重要な価値がある描写にもなっている。しかし、横山水滸伝の本編には、この「武十回」はおろか、武松さえも登場しない。それを、外伝の方で独立してストーリー化しているのがなんとも心憎い。
 さらに、水滸伝の中でもわりと地味な存在である混世魔王:樊瑞・八臂那タ:項充・飛天大聖:李袞の三傑に的を絞って、横山氏ならではのフィクションを展開しているのも興味深い。この三人は、120回本の後半で歩兵の特殊部隊として活躍の場が多いが、108人が集結するまでの70回本ではほとんど出番がないだけに、なかなか見応えがある。
 現在では文庫化もされているので、「細かい部分はいらないけど、大まかな流れを知りたい」という向きにはおあつらえ向きではないだろうか。
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・行者:武松<ぎょうじゃ:ぶしょう>
 天傷星/第14位 歩兵軍頭領
・混世魔王:樊瑞<こんせいまおう:はんずい>
 地然星/第61位 歩兵軍将校
・八臂那タ:項充<はっぴなた;こうじゅう>
 地飛星/第64位 歩兵軍将校
・飛天大聖:李袞<ひてんたいせい:りこん>
 地走星/第65位 歩兵軍将校
※文中に出てくる108人の好漢は、注釈で簡潔な説明を加えます。
 以下凡例。
・あだ名:名前<あだ名のよみ;名前のよみ>
 宿星名/108人中での席次 主な役職
※八臂那タの「タ」=「くちへん」+「託」のつくり
(以降、このカテにおいてネット上で表記できない漢字は、文中ではカタカナ表記し、注釈で部首に分けて説明します。)

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お勧めテキスト

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 20数年の歳月の中で、私の心を捉えて放さない文学作品、それが「水滸伝」だ。
 中国四大奇書とされる「三国志」「西遊記」「金瓶梅」、そして「水滸伝」。これらは日本人にとってもなじみ深く、昔からさかんに読まれてきた。
 現代の日本では、水滸伝よりも三国志の方が圧倒的な支持を得ているが、江戸時代はむしろ水滸伝の方が爆発的なブームを生んでいた。もちろん、私も三国志は大好きで、あらゆる書籍を読みまくった。しかし、企業経営や自己啓発のノウハウ本に利用されるようになった頃から、その熱は冷めてきた。なんとなくイヤミな感じがしてきたからだ。むろん元々の三国志は、大切な友として本棚に鎮座しているのは言うまでもない。
 水滸伝は、ものすごく簡潔に言ってしまうと、「108人の英雄豪傑が一堂に会し、貪官汚吏を倒して救国を目指す冒険活劇」だ。
 しかしながら、日本のような勧善懲悪の道徳世界とはまた違う。なにしろ、108人は決してかっこいい正義の味方ではない。むしろ、世間のつまはじき者やならず者がほとんどを占める。それでも心を捉えてやまないのは、物語のおもしろさ・個性の豊かさ・荒唐無稽なストーリーなど、爽快感に満ちあふれているからだ
 このカテでは、私が感じる水滸伝をいろんな視点から思う存分紹介していこうと思う。そして、私自身もこのカテを書くことによって、すでに人生の半分を共に過ごしてきた水滸伝を、自分なりの水滸伝として一からまとめていこうと思う。
 まず、今現在入手できる水滸伝のテキストで、私のおすすめの3作品を紹介しよう。
1.駒田信二 水滸伝(全8巻/講談社文庫)

 最も原典に近い、と言うか、原典の忠実な翻訳本。水滸伝に限らず、外国の名作には必ず翻訳本が存在するが、訳者によってそのニュアンスが異なるのは当然のことだ。日本の古典でさえ、テキストによって解釈が微妙に異なるのと同様である。水滸伝にも優れた翻訳本は多数存在するが、駒田氏の訳がもっとも原典に近いとされる。岩波文庫の完訳水滸伝(全10巻)も原典に忠実だと言われるが、表現の仕方が少々古くさい。
 本書は、原典のあちこちに盛り込まれた「詩」も、余すとこなく網羅している。それに、中国と日本という異なった文化の中でも、手に取るように想像をかき立てる表現力がすばらしい。また、色彩感も豊かだ。
 全くの初心者の入門書として読むには少し忍耐が必要だが、いずれ紹介する簡訳本を読んだ後、もっと深く味わいたいと思ったら一押しの作品だ。
<http://shop.kodansha.jp/bc/bunko/>
2.北方謙三 水滸伝(全19巻+読本/集英社)

 水滸伝フリークの中では、賛否がはっきり分かれる作品だ。断っておくが、これは古典としての水滸伝ではない。北方氏が幼い頃から親しみ影響を受けてきた水滸伝を、彼の中で昇華し、いったん完全に解体したところから新たに構築していった、完全にオリジナルの水滸伝だ。主人公たる108人の豪傑や主な登場人物こそ原典を引用しているが、それぞれのキャラは北方氏が設定したものとして描かれているし、ストーリー・時間軸・舞台設定もオリジナルだ。研究者やマニアの間でこの作品を「否」とする理由はここにある。
 しかし、私はこの作品が大好きだ。ここには、男の死に様が描かれている。と同時に、男の生き様が実にリアルに描かれている。読みながら涙し、怒り、微笑み、あらゆる感情が呼び出される。完結した時点で最初から読み直したのでまだ読破していないが、それこそ寝る間も惜しんで読んでしまいたい衝動に駆られる作品だ。
 ちなみに、全巻刊行のおりに北方氏のサイン会があったのだが、私もミーハー心を隠しつつ2時間ほど並んでサインをして頂いた。「僕も渾身の力でモノを書きます、Yoshiさんも渾身の力を込めて音楽を作ってください!」という力強いことばと共に、固い握手を交わしながら。
<http://www.shueisha.co.jp/suikoden/index2.html>

3.正子公也氏・森下 翠 絵巻水滸伝(全10巻・未完/魁星出版・學燈社)

 イラストレーターの正子公也氏と作家の森下翠氏がネット上で連載していた「絵巻水滸伝」を、読者からの熱烈なリクエストにより書籍化した作品。この4月に第1巻が刊行されたばかりなので、完結にはまだまだ時を要する。書籍化にあたっては加筆修正したということだが、基本部分はネット上でも読める。この作品のすごいところは、なんと言っても正子氏のCGによる華麗なビジュアルだ。108人のキャラがこの上なくタッており、すさまじい迫力で圧倒される。初めてこのサイトを覗いたときは、そのインパクトに声も出なかった。
 文章の方は、基本的に原典を踏襲してはいるが、森下氏のオリジナルと言っていいだろう。腰を据えて読むのはこれからだが、本を読むと言うよりは、映画を見るような感覚で読み進められると思う。
 なお、全10巻の書籍化に先だって、108人のキャラを描いたビジュアル本「絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八」が複刻版として刊行された。以前、光栄から刊行されていたが第1刷で絶版になっていたものだ。首を長くして待っていた再発だけに、入手できたときの喜びはひとしお。高価な美術書のようなこの本は、私の本棚を彩る宝物になっている。
<http://www.suikoden.com/>

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