超絶技巧!!
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高野秀行の【非】日常模様
私は現代アートというものが苦手だ。どうしても「意味」を探さなければならないという強迫観念にさらされるからである。これまで唯一心を動かされた現代アートは1993年に旅先の釜山でたまたま見た韓国の若手アーティストによる現代美術展だった。それはテーマが「38度線」だったのがよかった。どんな奇妙キテレツな代物も「38度線」を現しているという建前だから、意味を探す必要がなく、純粋に楽しめた。
あれから19年も経ち、ようやく生まれて二度目、現代アートに感銘を受けることになった。以外にも本屋で見かけた「美術手帳」だった。テーマは「超絶技巧!!」
とにかく、一見して物凄いのである。一本の木から「タイルの上に置いた柿」や「有刺鉄線」を本物そっくりに模した作品、写真そっくりの水墨画、一頭の鹿の骨と角から花々を活けた花瓶を作った作品(しかも鹿の肉は作者が食べたという)、ありえないほど細かい蒔絵、信じがたいほど複雑な絵柄を刻み込んだ焼き物、異常なほどのロリコン的執念でスクール水着の少女たちを書き込んだ絵……。
もう意味なんて全く考える必要がない。ただただすごい。こんな作品をつくる芸術家はどういう人たちなのか、それも面白い。「世の中の誰にも気に入られなくてもいい。自分さえ満足ならそれでいい」という超・芸術家肌もいれば、「IT技術などと同じでお客様に気に入ってもらえることが大事」という人もいる。
江戸の職人のような「受け狙い」やエンタメ性もあれば、修行僧みたいな人もいる。でもどうやらこういう超絶技巧は現代アートの世界では「異端」あるいは「邪道」とされているらしい。
その起源は岡本太郎にあるという。岡本太郎が「きれいな絵なんてダメだ」と言って以来、こういう細かい技術を要する模写や細工物は否定されてしまうようになったそうだ。私は岡本太郎の考え方も好きで、どこか坂口安吾に通じるものがあると思うのだが、その影響が強すぎて、副作用が出てしまったようなのである。
この中に登場する作家の中では、神業的な漆作品を製作する北村辰夫という人の言葉が気に入った。
「圧倒的な技術力で凄いと言わしめ、かつ欲しいと思わせる。そして最後に、これ漆ですよと言いたいんです」
「漆だから」とありがたがられる世界から脱却しなければいけないという強い思いを持っているのだ。なぜそこまで思うのかよくわからないのだが。
一つ思うに、これらの超絶技巧派の作品には共通して「間違う力」が感じられる。だって、そうだろう。どうして水墨画で写真そっくりの町並みの風景を描かなきゃいけないのか。どうして漆ってわからないほうがいいと思うのか。どうして木や骨からわざわざ別の材料の質感を出そうと異常な労力を費やすのか。どこか、おかしい。
この「間違う力」こそが、岡本太郎のいう「きれいな絵なんてダメだ」という考えに逆説的につながるような気もする。意味もなくきれいすぎる絵は、きれいさを超えているからだ。
…と私もゴタクを並べてしまった。そんな理屈はいいから、「美術手帖」を見て欲しい。
私としてはここに紹介されている作品を是非、生で見てみたい。こんな小さな写真ですらすごいのだから、本物はどれほどすごいものか。美術手帖編集部で美術展をぜひ開催していただきたいものだ。
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