日本最強の奇人・のなか悟空との再会
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最終更新日:2012/05/28
B系友人図鑑
のなか悟空さんと「G-Diary」誌の杉山編集長を引き合わせた。
「G-Diary」とはバンコクで作っている雑誌で、基本的には風俗情報誌なのだが、アジアのディープなルポが満載なことから、一部のファンから熱烈に支持されている妙な雑誌だ。
例えば、意外なところでは、書評家の井家上隆幸氏が絶賛している。日本でも大手の書店で販売されているらしい。
カルカッタの売春窟に潜入したり、役人に賄賂をつかませてフィリピンやカンボジアの刑務所で服役している日本人受刑者に面会に行ったり…と、他の雑誌ではまず見られない記事が並んでいる。というか、ライターの人たちが他の雑誌では書けないキワドイ話を載せる雑誌なのである。
悟空さんはこの雑誌の先月号で、フィリピンの売春天国(もしくは地獄)について書いているが、杉山氏と直接の面識がなかったため、両方を知っている私がお引き合わせした次第だ。
悟空さんとは、もう長い付き合いだ。
14年前、アマゾンのど真ん中にある小さな町でばったり出会ったのがはじまりだ。
ライオンのような髪に、ヒゲもじゃ、トラだかライオンだかの牙がじゃらじゃらした首飾りをして、空手着を着ているずんぐりむっくりの男に突然、日本語で話しかけられたときはびっくりしたものだ。
悟空さんは知る人ぞ知るフリージャズのドラマーだ。だが、ふつうに日本でライブをやるだけでは飽き足らず、ドラムをリヤカーに積んで、世界中を旅行していた。
最初はアジア横断、次はアフリカ大陸縦断、そして最後の中南米の旅の最中に私と会ったわけだ。
現地の人が誰もが振り向くこの格好で、世界中どこでもドラムをひっぱって、中国の天安門広場とか、アフリカのキリマンジャロ山の頂上とか、アマゾンのインディオの部落とかでドラムを叩きまくってきた。
それらの記録を本にして出版、以後は文筆家としても活動している。
最近では福沢諭(福沢諭吉にあやかったという)なるペンネームで、「ザ・フィリピンパブ」「ザ・フィリピンパブ」「ザ・フィリピン妻」(いずれも情報センター出版局)という三部作を出しており、朝日新聞の書評(!)で「並みの文化人類学者のはるか上を行く観察眼の持ち主」と文化人類学者の上田紀行氏に絶賛されたこともあるから、ご存知の方も多いかと思う。
論客として有名な松原隆一郎・東大教授ものなか悟空=福沢諭の大ファンで、書評で紹介したばかりか、「私があなたのマネージャーをやりたい」と申し出たこともあるという。
埼玉のフィリピンパブの雇われ店長がフィリピーナ相手に悪戦苦闘したあげく、自分も最後には騙されてジャピーノ(日本人とフィリピン人との混血児)をこしらえてしまうというメチャメチャおもしろい体験記だ。
これは名作なので、フィリピンやピナ(フィリピーナの略)に興味のない人にもぜひ一読をオススメする。
じゃあ、どうしてジャズドラマーがフィリピンパブの店長をしてるのかということになるが、悟空さんはドラムで食えないため、ありとあらゆる仕事を転々としているのだ。
悟空さんは、凶暴、過激、熱血、ケチ、異常な女好きというオソロシイ一面、マジメで几帳面で情にもろく、正義感にあふれたものすごい働き者でもある。
その逸話は並べ立てたらキリがないが、3人の女性に4人の子供を産ませ、蛇行運転をしている暴走族の車に腹を立てて鉄アレイをトラックの運転席から投げつけ(ゾクの連中は悟空さんの格好と剣幕にビビッて警察に通報したという)、50歳になった今も醤油や塩などの調味料は買うのがもったいないという理由でホームレスのダンボールから失敬している…と、こんなのは氷山の一角だが、これだけでも度外れた人間だということがわかるだろう。
裏表がないうえ思い込みの激しい性格だから理解者は多くはない。
そして、理解者自身が(私以外は)思い込みが激しい変人ばかりだ。
昨日、久しぶりに悟空さんに会って話題に出たからちょっと書くが、悟空さんが文筆業に進出できたのも、星山さんという変わり者の編集者のおかげだ。
星山さんはかつて情報センター出版局の編集長で、椎名誠を見出し、彼を口説いてデビュー作「さらば国分寺書店のオババ」を書かせたことで知られる。(その経緯は椎名誠「本の雑誌血風録」に詳しく記されている)
また、それまで一部でしか知られていなかった(一部では熱狂的な人気があったが)藤原新也に「東京漂流」を書かせて一躍メジャーシーンに押し上げた人でもある。
星山さんが椎名誠、藤原新也に続いて見出したのが悟空さんなのだが、実は悟空さんの文章は読んでいないらしい。
悟空さんは、読書好きのくせに出版事情というものをまったく知らなかった。それで、情報センター出版局を「出版界の情報を案内してくれる公共機関」と解釈し、自分が書いた旅行記を持ち込んだ。
「これを出してくれる出版社はどこかないですかねえ?」と。
情報センターではこの奇人が持ち込んだ原稿をどうしたらいいかと考えたが、「ドラマーならとりあえず、うちの忘年会でドラムを叩かせてみよう」と星山氏が発案した。
顧客を数百人集めた大忘年会の会場で悟空さんのドラム(これがまたスゴイのだが)を聴き、星山さんが感動し、「よし、うちで本を出そう!」と決意したという。
そんなわけで悟空さんの本が「ばち当たり」(アジアのドラム紀行)「アフリカ音楽探検記」「アマゾン音楽放浪記」と立て続けに3冊、情報センターから出版された。
悟空さんはアマゾンから帰ったあと、私が書いた「巨流アマゾンを遡れ」(原題:アマゾンの船旅)を読んだ。そして、いたく感動したという。しかし、その感想に私はぶったまげた。
悟空さんは電話でこう言うのだ。
「いやあ、タカノ君の本、すごくよかったよ! オレ、最近すごく面白い本を書いてる奴を発見してさ、本多勝一っていう奴なんだけど、タカノ君の本もそれに似てるよね」
読書好きで自分でも本を三冊も書いていて(当時すでに40歳近い)、本多勝一を知らなかったという人も珍しい。だいたい、本多勝一と悟空さんは言うこともやることも似ても似つかないから、どこに共感したのかも謎だ。
言うまでもないことだが、私と本多勝一にも共通点らしきものは皆無であり、何がなんだかさっぱりわからない。
その後、悟空さんは私を勝手にあっちこっちへ紹介しはじめた。
その売り文句がすごい。
「タカノっていうのは現代の本多勝一だよ!」と触れて回っていたのだ。
どうも悟空さんは本多勝一が戦前か何かの人だと思い込んでいたらしい。
一度、悟空さんに「本多勝一はまだ生きてますよ」と注意したのだが、聞く耳はもたなかったようだ。
ときには「『タカノは日本の本多勝一だ!』と言っていた」と証言する人もあり、悟空さんの頭の中では時空が捻じ曲がっているとしか思えない。
そのうち悟空さんが私に電話してきた。
「星山さんにアポをとったから、明日の2時に会社に行け」という。
星山さんは情報センターを辞めて、「三五館」という新しい出版社を立ち上げたばかりだった。
私は、当時、タイのチェンマイでの就職を控えていた。何も自分の原稿を持っていなかったし、売り込みたい企画もない。
星山さんに会う理由など何一つないのだが、もうアポをとってあるというからしかたなく、四谷にある会社に出頭した。
行ってみたら、星山さんもさすがに困惑しているようだった。
互いに会う理由がまったくないのに、悟空さんの強引なアレンジで面会するハメになっている。しいて言えば、その被害者意識だけが二人の共通項であった。
手ぶらで行くのもナンだと思ったので、私は「巨流アマゾン」の本を手渡した。
すると、星山さんはそれをバラバラと数秒でめくり、大声で言った。
「君は正義感が強そうだねえ!」
数秒で内容がわかるはずはない。
例によって、悟空さんが私のことを「現代の本多勝一」とか「日本の本多勝一」とか「世界の本多勝一」とか、とにかく何かの本多勝一だとアピールしたにちがいなかった。
それを真に受けている星山さんも星山さんである。
しかし、星山さんもツワモノであった。
その後、突然、世界地図を広げ、「東経100〜110度はイスラムの柱だ」ととうとうと語り始めた。
私は呆然としてしまった。
そこは北からシベリア、モンゴル、中国雲南省、マレーシア、インドネシアが連なる地域で、たしかにムスリムはいるだろうが、それより西のインドや中東は無視して、どうしてそれが「イスラムの柱」なのか、そもそも「イスラムの柱」とは何なのか、いくら聞いてもわからない。
私は椅子も勧められず、突っ立ったままで、イスラムの柱についての講義を一時間も受けた。
結局、私は星山さんと二度と会うことがなかったが、星山さん率いる三五館はその後、「理性のゆらぎ」「アガスティアの葉」という本を出し、一躍「サイババブーム」を日本に巻き起こした。
常識的な本もたくさん出しているが、そういう突飛な本も出す。
ごく最近では、「不食 人は食べなくても生きていける」という前代未聞の奇書を刊行した。「ここ3年間何も食べていない」と主張する実践思想家なる人物が書いたトンデモ本で、立ち読みしただけでも目まいがするほどおもしろかったが(でも、さすがに買わなかったが)、星山さんがまたワケのわからない行動に出ているなとなつかしく思ったものだ。
悟空さんと星山さんの心温まる友情…でもなんでもなく、奇人と奇人がぶつかって発するスパークに凡人の私が巻き込まれて参ったという話だった。
悟空さんの奇行については、これからも折に触れて報告したい。
とりあえずは、騙されたと思って、「ザ・フィリピンパブ」を読んでみてください.
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