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悟空さん・恐怖の「鶴の恩返しライブ」

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 B系友人図鑑

 前回、日本が誇る奇人・のなか悟空の話を書いたら、仲間うちではバカ受けだったのでさっそく続きを書いてみる。
(右写真:ドラム演奏中の悟空さん。これは私が『ポカラ』という雑誌に書いた悟空さんのルポの冒頭ページ。「悟空物語」は同誌の巻頭を飾ったが、そのせいか同誌は半年後に廃刊となる)
 先日はG-Diaryの編集長に悟空さんを引き合わせたが、私が知り合いの編集者に彼を引き合わせたのはこれが2回目だ。
 最初に引き合わせたのは、私が大学7年生のときで、相手は学生時代の友だちだった。 名前を佐藤K作という。
 私が探検部以外で、唯一今でも付き合いが続いている大学の友人である。
 もともとは文学青年であり、音楽・映画・美術などにも造詣が深く、とにかく何でも来いの趣味人である。
 今は新聞や雑誌に音楽や美術の評論などを書いているが、趣味で始めた自主映画製作にのめりこんだ結果、来年はプロの映画監督としてデビューするという。
それはともかく、当時彼は大学を卒業し、M出版という、著名な探検家の名前を冠した編集プロダクションに就職、バイト情報誌の「デイリーアン」の編集を請け負っていた。
驚いたことに、K作は悟空さんを知っていた。知ってるばかりか、大ファンだという。「あんなにすごいドラマーはいない」と興奮した。
 音楽とくにジャズの目利き(耳利き?)である彼がそこまで評価するので、悟空さんはほんとうにすごのかと私は驚いた。
 悟空さんは日本のジャズ界では完全な異端児である。
 理由は掃いて捨てるほどある。
 まず、言動が過激だ。
「音楽理論なんてクソ喰らえ!」「音のバランスがどうのという奴は死ね!」と公言している。
「日本でオレよりうまいドラマーなんて一人もいない。世界でもオレが認めているのは一人だけだ」と言う。権威や人気を一切否定しているので、著名なミュージシャンでも「あんなのは毛唐の物まねだ」とボロクソである。
 だから、ジャズ業界から嫌われる。
 しかし、悟空さんによれば、「ジャズ業界自体がまちがっている」という。
 例えば、ジャズフェスティバルというイベントが毎年、日本の各地で行われるが、しかるべき芸能事務所に所属していないと参加すらさせてもらえない。悟空さんは、事務所所属など真っ平だから、個人で主催者に電話するが、いつも門前払いだという。
 
腹を立てた悟空さんは自分のトラックでジャズフェスティバルの会場に乗り付け、入り口で勝手にドラムセットを組み立てて、昔の漫画に出て来る「人食い土人」みたいな格好で、ガンガン演奏する。
 殴りこみなのだ。
 悟空さんのドラムは異常に音がでかいし、だいたい会場の外で舞台も何もないところでやってるから当然客は驚く。しかも実力は玄人も認めるところなのだ。主催者は当然、嫌がる。(嫌がらせが目的なので当たり前だ)。でも、会場の外なので追い払うわけにもいかない。
そんなことをあちこちのジャズ祭りでやったものだから、もうジャズ業界から締めだされてしまった。完全なアウトロウである。
 ライヴもままならない。嫌われているということもあるが、そもそも悟空さんがドラムを叩ける場所が限られている。
 例えば、ジャズバーなど、店は絶対にダメだという。
 信じられないことだが、音があまりに大きくて、戸棚のグラスが片っ端からパリパリと割れていくからだそうだ。
 ふつうにロックなんかをやっていて、防音設備を整えたライヴハウスでさえ、近所から「うるさい」と苦情が来て、二度と使わせてもらえなかったというからたまげる。
悟空さんには防音設備など通用しないのだ。もしかしたら、物理学の法則も通用しないのかもしれない。
 それでも、「いくらグラスが割れてもいい」という熱狂的な悟空ファンのマスターがいるジャズバーとか、一部のライヴハウスではときどきライブをやっている。
「のなか悟空と人間国宝」という自分のバンドも持っている。これは「てにをは」がちがうんじゃないかと私は思う。ほんとうは「のなか悟空が人間国宝」とすべきだと思うのだが、それはさておき、とりあえず、バンド仲間もいる(悟空さん以外はみな定職をもっている)。
 私はK作と一緒に一度、悟空さんのライヴを聴きに行ったことがある。
 はっきり言って、悟空さんの音楽がいいかどうか私にはわからなかった。良し悪しとか好き嫌いの判断をする以前に音が大きすぎて耳がおかしくなるのだ。
 面白かったのは、前座のフュージョンバンドが出ていたときには、けっこう盛況で、若いカップルなどもいたのだが、メインの悟空さんが用意をしはじめると、客が半分以上席を立ってしまった。若い女性など皆無である。
 残ったのはむさくるしい野郎ばかり、十数名。
 北は北海道から南は沖縄からわざわざ飛行機で聴きに来ている熱狂的な常連ファンもいるらしい。
 これを悟空さんは「鶴の恩返しライブ」と呼んでいる。
 ジャズ界からの迫害をも気にせず、自分を熱心に応援してくれるファンに感動して、少しでもその心意気に応えよう…という意味ではない。
「ほら、あの昔話の鶴は自分の羽で、機を織ってただろ。あれと同じだよ。オレもライブをやると必ず大赤字になる。オレも自分の身を削ってやってるんだ。北海道からの飛行機代どころの金じゃない」
だから、客への感謝の気持ちでいっぱいはなく、客に対して「感謝しろよ」という気持ちでいっぱいなのである。
たしかに、客が十数名ではどうにもならないと思ったが、それでも平均よりは多いそうだ。
 前には客がたった一人ということがあったという。
 その客は焦った。ただでさえ、圧倒的な迫力の悟空さんのドラムだ。それを自分ひとりで受け止めねばならないのだ。悟空さんは客が誰だろうが、何人だろうが、関係なく、全力投球をするので、手加減はいっさいない。
 ものすごいプレッシャーである。
 途中で、その客はいきなり立ち上がり、「ちょっと待ってください!」と叫んで、外へ飛び出していった。10分ほどすると、その客が走って帰ってきた。
 ドン、と日本酒の一升瓶をステージの前に置き、「すいません、これで勘弁してください!」と叫ぶとまた外へ飛び出し、夜の闇に消えたという。
 悟空さんはどうしたかというと、無人のライブハウスで、一升瓶に向かって演奏を続けたのだった…。
「デイリーアン」の話を書くつもりが、いつの間にか、恐怖の「鶴の恩返しライブ」の話になっていた。悟空さんのことを書いていると、血が熱くなり、アドレナリンが出まくって、私の筆も暴走してしまうのだ。
 
 続きはまた今度。

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