*

パレスチナの悲劇は世界の元気か

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

 今日こそアラファトとパレスチナについて辺境的な感想を一言書きたい。
十年ほど前、中国の大連にしばらく住んでいたが、一人暮らしだったもので、よくテレビを見ていた。
 中国テレビは地域ごとにチャンネルはたくさんあるが、みな国営放送だから内容は似たり寄ったりだ。特に海外ニュースはみんな同じである。
 その海外ニュースを見ていて思ったのが、パレスチナ問題の話がすごく多いということだ。自爆テロでテルアビブの町がメチャクチャになっているシーン、イスラエル軍の戦車が投石をするパレスチナ人を攻撃するシーン、アメリカが仲裁に入っても埒が開かないこと、アラファト議長が過激グループを押さえきれないことなどなど。
 
明るい話がないのはしかたない。パレスチナがそうなんだから。
 しかし、パレスチナ紛争のニュースは決して後味が悪くない。
 というのは、パレスチナのニュースを見ると、「あー、中国もいろいろ問題があるけど、あれと比べたら全然マシだな」と思うからである。私でさえそう思うんだから、中国の人民はもっと思うだろう。
「パレスチナじゃなくて中国に生まれてよかった」というふうに。
 そう、中国で過剰なくらいパレスチナ紛争を取り上げるのは、プロパガンダの一種なんじゃないかと思える節があるのだ。
 もちろん、紛争はどこにでもある。でも、聞いたこともないアフリカの国よりも、やはり2000年の歴史を誇り、文明が根付いたパレスチナのほうがインパクトが強い。
 そこでは、それぞれ敬虔な信仰をもった人同士が衝突し、アメリカやヨーロッパも手をこまねいているだけなのがありありと映し出される。
 中国にも回族というムスリムがいて、特に西の新疆ウィグル自治区などではムスリムの問題を抱えている。彼らに対する無言のメッセージにもなっているのかもしれない。
「ほら、無理をして立ち上がってもいいことはないのだよ。あそこに比べたらずっといい状態じゃないか」と。
 住んでいるところ、旅先のあちこちで、パレスチナのニュースを見る。
 タイでもやっていた。アフリカのルワンダでもよくやっていた。
 記憶が定かではないが、ミャンマーでも乏しい海外ニュースの時間では不釣合いなくらい熱心にやっていたような気がする。
 そして、その度に中国にいたときと同じ感想を得る。
「あそこに比べたらマシじゃないか」
 ルワンダなどは、1994年に大虐殺があり、今でも厳しい状況が続いている。規模としてはパレスチナよりはるかに多くの人が死んでいるし、めちゃめちゃ不幸だが、国家はなんとか存続しているし、「これからはよくなるんじゃないか」という今後の希望がある。 というか、今後が絶望的なパレスチナの映像を見ると、ついそう思ってしまうのだ。
 これも、政府の意図を感じずにはいられない。
 もう一つ、印象的だったのはミャンマー北部に拠点を持つ民族ゲリラ、カチン独立軍の総司令部に滞在していたときだ。
 私はそこのナンバー3の地位にある大佐の家に泊めてもらっていた。
 衛星アンテナがあり、中国や香港の衛星放送が入る。
 そこでも、またパレスチナ紛争が報道されていた。
 大佐は私と一緒にそのニュースを見ながら言った。
「こりゃ、どうにもならないな。エンドレス・ウォーだ」
 大佐はにやにやと笑いながら言ったものである。
 まったく他人事といった表情で、同情心がないどころか、ちょっと明るい気分にさえなっているのがありありと感じられた。
 カチン独立軍は1962年以来、40年以上にわたり、ミャンマー政府の圧制を非難しカチン民族の独立を達成するために戦っている。
 90年に停戦を余儀なくされ、今は戦闘状態にないが、事態は特に改善されているわけではない。カチンの独立などもはやありえないし、現在の停戦もミャンマー政府軍の力が圧倒的に強いのでやむなくそうなっているにすぎない。だいたい、この大佐も、人生をジャングルの戦闘で費やしてきた人物だ。
「あんたらだって、どうにもならないじゃないか」とツっこみたくなったが、そういう人から見ても、やっぱりパレスチナの悲劇は桁違いらしい。
 そして、「あー、あれと比べるとまだマシだな」と思うらしい。
パレスチナの悲劇、それは世界の鬱屈した人たちの元気となっているのではないか。
 もしかしたら、私の思いすごしかもしれない。そうであってほしいとさえ思うのだが。

関連記事

no image

長井健司、ミャンマーに死す

毎日このブログではお気楽な話題を提供していたが、 ミャンマー情勢は緊迫の一途をたどっていた。 私のと

記事を読む

no image

フーテンのマハさん

「小説すばる」の「海辺で読みたいブックガイド」という企画で、先日『楽園のカンヴァス』(新潮社)で山本

記事を読む

no image

謎の独立国家ソマリランド大吟醸拾年古酒

仕事場にしている「辺境ドトール」は昭和の世界だ。 店長夫妻が常に店におり、私たち常連の客と交流

記事を読む

no image

ぐにゃぐにゃ

「未確認思考物隊」の第9回「都市伝説」と「超能力」の収録に出る。 「魔法使いアキット」さんという、名

記事を読む

no image

ジャナワール・トークライヴ

コダックフォトサロンで開催されている、カメラマン森清の個展会場で、 角田光代さんとトークライヴを行う

記事を読む

no image

豚はいらねえだろ

「小説すばる」(4月号)の平山夢明と本谷有希子の対談がめっぽう面白い。 本谷さんはごく普通だが、平

記事を読む

no image

新刊『アジア未知動物紀行』が発売

新刊『アジア未知動物紀行』(講談社)があさって、つまり2日に発売となる。 ある意味で私の未知動物探索

記事を読む

no image

うちの子は中華学校に入れたい

最近、「移民の宴」の取材があまりに頻繁で、 週に3,4回、編集の河井さんとカメラマンの森清と一緒に

記事を読む

no image

ついに文庫1位、総合3位!

「異国トーキョー漂流記」フェアで突っ走るブックストア談 浜松町店。 今日、5月1日〜7日までの売上げ

記事を読む

no image

「アドゥンはタイ人」さんご来場

上智大学の講義第2回。 ゲストであるタイの伝統音楽家アドゥンさんと大学の北門で待ち合わせていたのだ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年11月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    252627282930  
PAGE TOP ↑