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「ハンニバルの象」はアジア象かアフリカ象か?

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 辺境動物記

 シドニーに住んでいる義姉から一足早いクリスマス・プレゼントが届いた。
 2005年の、ゾウのカレンダーである。
 1月から12月まで全部ゾウの写真だ。
 すごく嬉しい。
意外に思われるかもしれないが、私はかなりの動物好きである。
 子供のときから犬、ネコ、カメ、モルモット、ハムスター、インコ、文鳥、クワガタ、カブトムシ、金魚、川でとってきた魚、ザリガニ、ウサギ、ニワトリ…と飼ってきた。
(世話は母親に一任していたが)
 海外でも、サル、ゴリラ、チンパンジー、カワウソ、ワニ、ヘビ、オオトカゲ、センザンコウ、ハリネズミ、ヤマアラシ、モグラ、巨大ネズミ、カメ、ゾウ、イヌなど、片っ端から飼って…じゃなくて、食ってきた。
 (世話は胃袋に一任してきたのだ)
 まあ、そういう話をしだすと長くなるのでやめるが、ともかくどっちの意味でも動物が好きだ。
 特にゾウはタイで生後三ヶ月の仔ゾウと遊び、ミャンマーのジャングルでゾウに揺られて旅をしたりして、もう大っ好きである。
 でも、このカレンダーのゾウを見て、一瞬「あれ?」と思った。違和感がある。
 私の知ってるゾウとちがう。耳がでかいし、頭が平べったい。
 アフリカ象なのだ。
 私が馴染んでいるのはアジア象だ。だから、ちょっと違和感があったというわけ。
 アジア象とアフリカ象のちがいはよく知られている。
 アジア象はおとなしく使役に使えるが、アフリカ象は気性が激しく、人には慣れない。身体もアフリカ象のほうが一回りでかい。牙も長い。
 アフリカ象とアジア象については、一般にはあまり知られていない論争がある。
 ハンニバルの象のことだ。
 紀元前218年、カルタゴの将軍ハンニバルは、軍隊と象を引き連れて、フランスからアルプスを越えてローマに進撃した。
 有名なハンニバルの象のアルプス越えだが、このときハンニバルが引き連れていた象がアジア象なのかアフリカ象なのか、いまだに確定していないのだ。
 ふつうに考えればアジア象である。アジア象は人に慣れる。東南アジアやインドではかなり最近まで戦争に使われていた。
 いっぽう、アフリカ象はそもそも人に慣れない。人間が上に乗ることも難しいのに戦争に使うとか、ましてや雪山を越えるなど、不可能である。
 しかしながら、ハンニバルの遠征と同時代に発行されたカルタゴの貨幣に描かれた象は耳が大きく頭が扁平で、明らかにアフリカ象なのである。
 ここでアフリカ象説をとる人間は、「それは今のアフリカ象とは少しちがう亜種だったのだ」と主張する。
 実際、ハンニバルの象は今のアフリカ象よりはかなり小さかったらしい。アジア象より小さかったという。
 そもそも、カルタゴとは今のチュニジアのあたりだ。エジプトの西、つまり北アフリカで、現在はひじょうに乾燥している。
 森もなく、象が住む余地などまったくない。
 しかし、当時はまだ森林が残っていた。そして、アフリカ象の亜種がいた。その亜種は体が小さめで、人に慣れる性質だったのではないか−−そう「アフリカ象派」は言うのである。
 いっぽう、アジア象派は「アフリカ象は亜種だろうが何だろうが、アフリカ象。人にはなれるはずがない」と主張する。実際に、コンゴのジャングルにいるマルミミゾウは、アフリカ象の亜種で、小柄だが、人に慣れないのは同じだ。
 また、カルタゴで使っていたかどうかはわからないが、周辺の他の国ではアジア象も使っていたという。
 アレクサンダー大王が東へ遠征したとき、インドから象と像使いを連れ帰ったらしい。 同時代のエジプトのファラオたちはアジア象の軍隊で宿敵シリアを蹴散らしたそうだし、ハンニバルの時代、イタリアのエトルリアで発行された貨幣には、アジア象の特徴を備えた象が刻まれている。
 てなわけで、論議は混沌を極め、中には「アジア象とアフリカ象の混合部隊だったのではないか」なんていう折衷案も出されるくらいだ。
 この件について、ローマ時代の権威である塩野七生先生はどう思っているのかと本を立ち読みしてみたが、「象」というだけで、格別のコメントはなかった。
 さすがの塩野先生もこんなマニアックな論議があることすら知らないのかもしれない。
 象ファンの私としては、混合部隊説がいい。人に慣れないが気性の激しいアフリカ象を聞き分けのいいアジア象がうまく先導する。アフリカ象が突撃、ハンニバル自身はアジア象に乗って指揮をとる。
 これがハンニバルの勝因だった!とか…。
数年前からこつこつと積み重ねている象取材を来年も続け、いよいよ本格的に何かやりたいと思っている。
 とりあえず、お義姉さん、ありがとう!

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Comment

  1. 二村 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; .NET CLR 1.1.4322)
    同じ人間ばかりコメントするのも恐縮ですが….
    象の話となれば食いつかずにはいられません。
    高野さんの「人になつかないアフリカ象、なつくアジア象」という
    概念は、子象から育てて、なつくなつかないのお話しですよね。
    大人を捕まえてきて慣れさせるということも可能なのかもしれませんが。
    野生の象はアジア象もやたら凶暴ですので、みなさんジャングルで
    象に出会ったらさっさと逃げましょう。怖いですよー。

  2. 義姉 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)
    キャンベラに数日出かけていてお返事遅れました。同地で出会ったミャンマー人から開口一番言われたのが、「あのう、日本じゃゾーってelephantのことですよね」
    彼の名前はゾーさんというのでした。このゾーさんは故国民主化のために戦っている人で、現在は難民としてオーストラリアに住んでいます。
    彼の故国開放の夢を聞いているうち、最後はミャンマーが民主化され、国内安定したらミ政府は日本の子供達のために象をプレゼントするぞ!というところで落ち着きました。
    「民主化象さん」が日本の動物園に来るのはいつの日か。

  3. では象から始めよう

    何から書き始めようか迷ったが、ジャングルと言えばやはりゾウである。メディアや動物園で受ける、賢く優しいイメージは全くの虚像であり、トラさえも敵わない『密林の王』という表現こそ相応しい。辺境作家高野秀行氏のブログ『ムベンベ』によると、使役動物としての

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