ダルマ死す。享年17歳9ヶ月
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最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
飼い犬のダルマが昨晩、午前2時ごろ息を引き取った。
享年17歳9ヶ月。人間なら90歳くらいの高齢だった。
昨年9月に悪性黒色腫というガンの一種と診断され、手術も三度受けたが、
おそらく老衰でもあったようだし、天寿を全うしたといっていいだろう。
ダルマはミニチュアダックスフントの雄で、妻の連れ子である。
名前がダルマというのは、「身体が胴長だから、名前は丸いほうがいいだろう」という
妻の、わかったようなわからないような理屈からだそうだ。
今ではミニチュアダックスフントは日本で最も人気のある犬種で、そこら中にわさわさいるが、それはここ13年、14年くらいのことで、ダルマが生まれた当時は町中でさほど見かける犬ではなかったという。
犬は人気犬種になると、ブリーダーがビジネスのために同じ雌犬に何度も子供を産ませたり、近い血縁をかけあわせたりするので、身体がどんどん弱くなるというのが定説だ。
ダルマはブームの前に生まれたこともあり、ひじょうに頑健な身体をしていた。
とくに胃腸の強さは驚くべきで、生涯ほとんど下痢をしなかった。
13歳までは塩気のない、普通に犬が食べる食事だったが、その年齢を超えてからは
「もういいんじゃないか」ということで、私たちが食べているものは何でも与え、
ダルマもことごとく食った。
納豆、酢の物、漬け物、タイ風のピリ辛炒め物、鯖寿司、生ハム、アラブ風羊肉の煮込み、
ニンニク、タマネギ、果ては梅干しまで(少し複雑な表情ではあったが)ばくばく食った。
食い意地が張っていただけでなく、酒も好きだった。
指につけて口元に差し出すと、なめる。
ビールは舌にピリピリするので、あまり飲まなかったし、ウィスキーや焼酎など蒸留酒も苦手としていたが(それでも「まあまあ、ちょっといいじゃないか」と無理に飲ませたりしたが)、本当に好きだったのはワインと日本酒である。
ワインは美味いワインほど、喜んで飲み、ソムリエ犬として使えるんじゃないかと思ったほどだ。
実際には味がわかるわけでなく、ふわっと香りが広がるワインを好んだだけだが、
その結果、800円と1500円のワインでは確実に後者を飲みたがった。
犬でも(というか、犬だからこそ)いワインのほうが匂いがいいとわかるわけだ。
そのうち、ワインのボトルを食卓にもってきただけで、ぺろんと舌なめずりをするようになり、まあ、私も妻も酒飲みであることから、三人でよく飲んだ。
今まで最高に飲んだのはしかし日本酒である。
山形土産にもらってきた「出羽桜」だ。
指につけて与えたら、際限なくなめ、こっちも面白がってどこまで行くか試したら、
しまいにその場でバタッと倒れ、酔いつぶれてしまった。
「自分の寝床で寝なさい」と何度も言ったのだが、起きないので、しかたなく毛布をかけてやった。その姿は酔っ払い以外の何者でもなかった(写真上)。
ダルマはずいぶん旅をした犬でもあった。
私が奴に会ったのは今の妻とつきあい出したときで、当時6歳くらいだったと思うが、
すでに北海道、沖縄、東北を一通り回っていた。
妻のデイパックの中に入って、網走刑務所の中まで見学したという。
妻はこのときの経験から『旅する犬は知っている』(KKベストセラーズ)というハウツー本を書いたが、当時まだ犬連れで旅行する人はひじょうに少なく、さっぱり売れずじまいだった。
私と一緒に暮らすようになってからも、いろんなところへ行った。
ぱっと思い出せるだけでも
八丈島、新島、鹿児島、熊本、大分、岩手、箱根に行っている。
純粋に遊びに行ったこともあるが、多くは妻の取材に私たちが付き添った形だった。
鹿児島の西郷南洲(隆盛)博物館では2時間に及ぶ館長へのインタビューの間、
キャリーケースの中でじっとしていたが、しまいにさすがに身体が凝ったらしく、
ぶるぶると体を震わせたら、館長が「その中に何かいるんですか?」とびっくりしていた。
私は同行してなかったが、取材中に巨大な秋田犬に突然襲われ、首筋をがぶっと噛まれたあげく、二、三度ぶるぶると振られて、宙に放り出されたこともあったという。
首の皮が伸びたためらしいが、なぜかダルマは無傷で、必死のダッシュで妻の車に向かって逃げたそうだ。
横着を絵に描いたような犬だったが、一瞬の判断で、自分にとって安全な地を認識する能力には長けていた。
横着ぐせを矯正しようという特訓で、私がダルマを江ノ島の海に放り込んだところ、
一瞬にしていちばん近い岸を見つけて泳いだ。
海が大嫌いなくせに、しかたないと泳ぐわけだ。
もっとも、その後しばらく私を恨みのこもった目で見ていた。
飛行機の時間が長いこと、日本に帰国のとき成田に二週間も留め置かれて検疫検査を受けなければならないことで、結局海外には連れて行けなかった。
おかげで、外国人にはめっぽう弱く、たまに欧米系の人に「ハーイ、ダルマ!」なんて話しかけられると、固まっていた。
英語をまったく話さない人が外国人に話しかけられたときと全く同じ反応だった。
そういう意味では典型的なニッポンの犬だった。
旅は好きだし、テント泊も大好きだったが、
かといってアウトドアが好きなわけではなかった。
山は疲れるから、海は波が怖いからいやがった。
呆れるほどにインドアの犬だった。
取材が終わると私たちはキャンプ場に行くわけだが、到着しても、
広い草地を走り回ることなど一切なく、「早くテントを張れ」とせがんだ。
外の土や草より、テントの中で寝袋にくるまってまったりするのが好きなのだ。
海と同様、山を無理やり歩かせようとしたこともあったが、
自分の嫌なことは頑として拒否し、やりたいことしかやらないという、
まさに飼い主の私たちと同じ体質のため、ついに矯正されることはなかった。
かくして、犬がテントにこもっている間、私たち人間があたりを散策したり、
外で焼き肉を焼いて、テントの犬に持って行ってやるはめになったりした。
そもそもダルマは犬のくせに歩くことが嫌いだった。
若い頃から散歩嫌いで、「毎日同じところをぐるぐる歩いて何が面白いのか」と言っていた。
あまりに歩かないので無理に引っ張ると、激しく抵抗し、周りのひとからは
「大の大人があんなに小さくてかわいい犬を力尽くで引きずっている」と見られ、
私はひじょうに不本意だった。やつの術中にまんまとはまっているように思えた。
運動不足は健康に悪いだろうと思い、ときどき自転車に乗せてやや離れた公園に連れて行くと、そのときはかなり積極的に歩く。
ただし、三回か四回行くとそれも飽きて、また公園の入り口近くでお茶を濁すようになる。
ダルマが何よりも好きだったのは快適な空間でまったりすること、飲み食いすること、そして匂いを嗅ぐことだった。
同じ場所を歩くのは嫌なくせに、同じ場所は毎日しつように匂いを嗅いだ。
その入念な日々のチェックは、ネットおたくが掲示板やサイトを毎日欠かさずチェックするのと同じに見えた。
あちこちチェックして、どんな犬がどういう情報を書き込んでいるか見て、
気が向けば、ちゃっと自分も書き込みをする。すなわち、おしっこをひっかけるわけだ。
犬がなぜあちこちにおしっこをかけるのか、科学的には何も説明がされていない。
縄張りだという俗説もあるが、ほんとうの縄張りの中では犬はおしっこをしないし、
外でいくらおしっこをしても、他の犬はふつうに入ってくるから意味がない。
やっぱり、みんな、「犬ネット」をチェックして楽しんでいるんだろうというのが、ダルマを長年観察してきた私の結論である。
ダルマが旅好きだったのも同じ理由だろう。
別の土地に行くと、見たことのないサイトがたくさんあってアクセスし放題なのだ。
広大な自然を無視して、柵や柱の脇を夢中になってふんふんかぐ。
ネットサーフィン状態である。
オタク犬はしょうがないな、せっかくだからもっと自然に触れろよと思いつつ、
そういう楽しそうなダルマを見るのが好きだった。
ダルマは最後までマイペースを貫いた。
死ぬ4日前までふつうにご飯を食べた。
ご飯を食べなくなってもうまいものなら食った。
最後に食ったのは、ダルマのためにわざわざ買ってきたステーキ肉だった。
動物病院の先生にも恵まれた。
主治医である女性のW先生には何度も命を救ってもらったし、
私の腰痛を治そうと頑張ってくれた院長先生が、いちばん最後にダルマの診察をしてくれた。
先生方はダルマを「味わいのある犬」と微妙な言い回しで表現してくれた。
ダルマは旅立った。
どこに行ったのか知らないが、酒が飲めて飯がうまくて犬ネットがスーパーアクセスフリーである夢の場所に行ったことを祈っている。
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Comment
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うちの犬も17才まで行きました。動物病院で二度もらわれて、その都度返されてきて、今度ダメだったら可哀そうだけど・・・という経緯でうちに来たコでした。
僕やうちの家族はみんな大好きで、何でこんないいコを前の二組の飼い主は返しちゃったのかね?といつも話してました。
高野さんの文章を読むと絶対ダルマは幸せだったと思います。ペットが死んでしまうとなぜか自分を責めたりしがちですが、そんな必要は高野夫妻に限ってはまったくないと思います!
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高野さんの深い悲しみが伝わってきて涙ぐみました。ダルマくんは幸せだったでしょうね。御内儀様にも、お大事にとお伝え下さい。新刊、いつも楽しみにしています。
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昔,うちで買っていた犬(シーズー)も17年生きました.
お酒もウイスキーを好んでいたように記憶しています.
ビールも飲みましたので,好みがあるんでしょうね.
病気になったときには両親は犬のために
黒豆煮やマグロの刺身などを与えて体力を回復させていました.
高野さんの記事を見て,そんなことを思い出しながら
ダルマへの愛を感じました.
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みなさん、ありがとうございます。
ああ、やっぱり酒飲みの犬ってけっこういるんですねー。
ビールもウィスキーも好きだったとはすごい。
今度、酒飲み犬と一杯やりたいものです。
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家の犬はまだ3歳なので、老いていくこと、弱っていくことはまだ考えていなかったんですが、いつかくる別れまで大切に過ごそうと改めて思いました。
ダルマ 夢ある場所へ お祈りします。