外国人から見た「日本」という国
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最終更新日:2012/05/25
つれづれ日記
このところ、過去の日本に訪れた外国人についての記述や著作に興味がある。
案外このジャンルの本は少なくないようで、前回の記事で紹介した2冊以外にも沢山ある。しかし、大抵の場合はアメリカやイギリスをはじめとした欧米の白人たちが綴ったもの。キリスト教の布教に燃える宣教師など、「遅れた文化の日本に、先進の知識と技術を伝えたい!」という熱気が行間に漂っている。
総じて「上から目線」なのだ。
もともとこのジャンルに興味を持ったのは、ある1冊の本がきっかけ。
ミャンマー関係で名高い土橋泰子先生の訳書『ビルマ商人の日本訪問記』を読んだところから始まっている。土橋先生は、50年前のミャンマーに、ミャンマーからの国費で留学した(当時は日本よりミャンマーの方が豊かだった)という経験をお持ちのスーパーレディー。原書に出会い、草稿から出版に至るまで25年の時を経た本だ。
1936年(昭和11年)、当時発展の著しかった日本に、ミャンマー(当時はビルマ)から一人の青年実業家ウ・フラが訪れた。彼は、帝国の列強に肩を並べようとする小国を見て、自国の発展の為には何が必要なのか、自分自身の商いだけではなく、自国を背負う程の気概で、日本各地の企業や商業施設を訪問、見学している。
この時の手記はミャンマーの新聞に連載され、ミャンマーで出版された。この本の原書である。
土橋先生は、単に翻訳をするだけでなく、著者の記述を丹念に調べ上げ、戦争によって多くの資料が焼失、あるいは散逸している中から、根気強く裏付けをとって注釈をつけている。
著者は「学び取る」意識が強かったためか、微細なことでも一つ一つ書き留めており、特に商習慣や、教育、街中での男女の仕草などなど、当時の日本人の貴重な様子にも触れている。
文中に見習うべき日本の美点として10項目が上げられている。
残念ながら今の日本にそれが残っているかどうか、私は疑問だ。
今、ウ・フラが生きていたらどう思うのだろう。ウ・フラのメッセージはミャンマーではなく、70年後の日本人に必要なことなのかも知れない。
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読んでみますー。面白そうです。