「ゴールデン・トライアングル秘史」
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
トウ賢著(トウはトウ小平のトウ)「ゴールデン・トライアングル秘史(以下GT秘史)」(NHK出版)という面白い本が出た、とヤンゴンのKさんに聞いたので、買ったはいいが、二段組で500ページ近くもある本で、時間がないという言い訳で放置していた。
それが今月たまたま月刊「図書新聞」という書評紙から「『GT秘史』の書評を書いてほしい」という依頼が来た。
思いがけず読む機会を得たわけだ。
「図書新聞」さんも、私に本を買って送る必要がなく、若干経費が浮いてよかっただろう。
読んでみたら、少なくとも私にはひじょうに面白かった。
一言でいえば、「かなり政治的公平な立場からあくまで中国人の視線で描いたGT通史であり、現代中国の水滸伝」と、全然一言になっていないが、そう要約することができる
ちなみに、書評には書かなかったが、この本の主要登場人物の一人「張蘇泉」に私は会ったことがあり、拙著「怪しいシンドバッド」にその経緯を「老将軍との対話」という章で詳しく書いている。
麻薬王クンサーの右腕にして軍師、まるで「三国志」の諸葛孔明みたいな人物だ。
そんな「清く正しい人」では全然ないのだが、諸葛孔明が辺境の地「蜀」に王国を打ち立てたように、彼もまた辺境のGTに王国を打ち立てたのは似ていなくもない。
今まで光があまりあてられていない張将軍を取り上げたのは評価できるが、納得いかない部分もある。
まず、名前がちがう。張将軍は私の目の前で「張書全」と書いているからこちらが本名だろう。張蘇泉と張書全はひじょうに音が似ているから聞き間違いかもしれないが、中国語の文献に名前が出てないはずはなく、それがすべてまちがっているとしたら不思議だ。
しかし、それよりも張将軍が「河南省出身」としているのが問題だ。
彼は実際には「満洲」出身である。満洲に生まれ育ったからこそ、私と何不自由なく日本語で話ができたのだ。
「GT秘史」では、彼は国民党の残党の中でも同郷の河南出身の有力な将軍に見出されたというのが出世のきっかけになっているが、これでは辻褄が合わない。
国民党出身の特務出身でありながら、国民党と袂を分かちクンサーについた彼の真意はこれまで謎とされており、「GT秘史」でも残念ながら解明されていない。
ま、そんなことは私やKさんのようなGTマニア以外にはどうでもいいことだろう。
ふつうにGTに興味があれば十分おもしろいです。
私の書評が掲載される「図書新聞」は7月9日発行予定だそうです。
関連記事
-
アブディン(マフディ)結婚
古い友人で、スーダンから来た盲目の留学生のアブディンが このほどめでたく結婚し、私もお披露目のパー
-
再読でも感激できる本2冊
取材で二日続けて神楽坂をうろつき、取材のためのリサーチと称して飲んだくれている。 その合間に、前に
-
前回はブチ切れて、すみません。
よくよく見たら、前回の記事はなぜか途中でブチ切れているではないか。 石川さんと読者の方、すみません
-
早稲田についての質問は困る
「早稲田」についての記事をつくっている毎日新聞の記者の人から取材を受ける。 その記者さんの話では、今
-
エンタメ言語学者・黒田龍之助がおもしろい!
ときどき一緒に飲む編集者のAさんに「黒田龍之助の本は面白いですよ」と勧められた。 以前、NHKロシア
-
隣の芝生か岡目八目か
小田急沿線の町で、同姓同名の将棋指し・高野秀行五段、噺家の春風亭柳好師匠、その奥方のベーシストRさん
-
世にも奇妙なマラソン大会
帰国した。大人の遠足はなかなかにハードだったが、想像以上に充実していた。 今回私が参加したサハラ・