ミャンマー紀行〜チン州への道〜(1)
公開日:
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最終更新日:2012/05/25
無茶旅行
まるで冷蔵庫にいるような効き過ぎのエアコンから徹夜明けの体を守るには、紫色の毛布では少々薄すぎた。機内食を2本のタイビールで流し込むと寒さも多少和らぎ、すぐに深い眠りに落ちていった。
「マイレージたっぷりありますから、打ち合わせかねがね一度ミャンマーへ来て下さい」
ミャンマーで辺境専門の旅行会社を経営する某K氏(以降太郎さんとする)よりメールがあったのは7月25日のこと。ここしばらく9月30日に開かれる「第二回ミャンマー辺境映像祭」のチラシ作成や、イベントの段取りの件で太郎さんとのやりとりをしていた中での出来事だった。大男を絵に描いたような身長180cm、体重●●Kgの太郎さんは、K-1やPRIDEなど、直で体に当てる最強の空手として有名なK真の大師範でもあり、「入社希望者は強制的に道場入り」「ボコボコにして次の日道場へ来た奴だけ採用」という世界中でも稀な入社制度をいち早く取り入れた人でもある。私に「いいえ」という選択肢が残されていないことは明白であった。ミャンマーへ行かれたことのある人なら「何を大げさな」と思われるかも知れない。しかし、彼の会社が扱っているツアーは同じミャンマー国内でも外国人が立ち入るのに許可が必要なミャンマーの辺境地帯専門であり、ヤンゴンやマンダレーといった市内観光をはなっから無視しているという点でも世界的に珍しい旅行会社であった。つまり、太郎さんのメールによれば「雨季のミャンマーでヴィクトリア山(標高3,050m)に登ってチン州の少数民族に会ってきて下さい。雨季のミャンマーですからね、チン州ですからね、はっはっは」というものであった。
選択肢が残されてはいないというものの、多少の慰めを求めたいのも人の世の常。翌日、日本で最もミャンマーの辺境地帯に精通している辺境作家高野秀行さんと話す機会があったので訊ねてみようと電話をいれると、
「あ、なんかミャンマー行くみたいだね」
なぜかすでに知っておられた。
「雨季のミャンマーで登山ってどんな感じでしょう?」
「え、普通行かないよ」
ミャンマーのワ州に長期滞在し、また西南シルクロードを中国からミャンマーを抜けインドへ踏破した経験を持つ人の言葉である。一人で受け止めるには少々重すぎた私は、太郎さんへスケジュール確認のメールを入れたが、「すでにビザの申請が済んだ!」とか「チン州の許可おりました!」とか「あすバンコクでチケット受け取ってきます!」といったノリノリの文面に気後れしてしまい、後は来るべきXデーに備えて仕事を済ます他はないという状況であった。幸い、8月は膨大な量の制作物があったため、楽譜本や広告物のライティングやデザインなどに明け暮れ、気がつけば出発当日はオフィスで朝日を迎えることとなっていた。
バンコクで冷蔵庫のようなジェット機を降り、ひなびたプロペラ機がヤンゴン国際空港の滑走路に着陸痕を刻んだのはもう日もとっぷりと暮れた頃であった。空港で到着ビザを取得することになっていた私は、ふいにロビーから流暢な日本語で呼びかけられた。今回のツアーでガイドを務めてもらうルーインさんだ。彼は太郎さんの13年来の友であり、太郎さんの会社の社長でもある。ヤンゴン大学を出た彼は日本での留学経験もあり、日本語はユーモアを交えて会話が出来るほどに堪能だ。機上でイスラエルのバックパッカーと冷や汗英会話をしてきた私にはこれ以上ないガイドさんであった。空港からヤンゴン市内へと車を走らせ、途中でミャンマー料理に舌鼓を打つ。確かに油が多い印象だが「ミャンマービール」が切れ味鋭く口の中を爽やかにしてくれる。後で気がついたことだが、ミャンマーのラガービールは日本の昔のラガービールに近い味がする。アルコール度数が6%と高め(日本は5%前後)なことも理由の一つかも知れない。良い感じに「苦さ」と「キレ」がある。ぜひ日本のビールも原点回帰して欲しい。
食が済めば後は寝て翌日に備えるだけ。一路、太郎さんの待つホテルへと向かうが、ロビーでコールをしてもらうとまだ帰宅前。ルーインさんに聞くと、道場へ行ったきりまだ帰ってきていないらしい。一日の仕事を終えた後、道場で2〜3時間汗を流す太郎さん。何ともすごいスタミナだ。やはり辺境地帯専門の旅行会社を経営するには並大抵のことではつとまらないのであろう。待ち合わせが道場でなかったことだけでもラッキーと言わなければなるまい。ルーインさんと与太話をしているとものの数分で太郎さんは飄々と帰ってきた。
「どうも、お疲れさんです。雨季なのに最近雨少ないんですよね、はっはっは」
太郎さんは盟友のN村さんと2人で、2000年に今回の目的地であるヴィクトリア山へ戦後外国人として初めて登頂に成功した人達である。彼らは乾季に登頂を試みたのだったが、全行程雨に降られ、途中平地に大河が出現し、山頂で火をおこせないポーターが「帰りましょう」と音を上げたという素晴らしい経験をお持ちだ。もちろん現在は道も良くなり、ガイドやポーターの経験も上がっているので安心ではあるのだが、雨季のヴィクトリア山登頂ははやり戦後外国人初になるらしい。つまり「そんなバカは誰もいない」ということだろうか。翌日に備えてさっさとベッドに入りたいところではあったが、ヴィクトリア山についての情報も仕入れねばならず、そして無類の話好きでもある太郎さんの冒険活劇トークは日付変更線を越えてもなお滑らかで、布団をかぶるとルーインさんが迎えに来る朝5時半の待ち合わせにはあと2時間を残すばかりであった。(つづく)
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Comment
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渡くん、お帰りなさい!
大師範にモマれ、雨季のミャンマーにモマれ、
少数民族の皆様にモマれた日々、楽しめましたか(笑)
とにかく無事に帰国できたのね。
ホネのある話、聞かせてください。
それにしても写真を見ていたら、
久しぶりにビルマ料理が食べたくなってしまった!
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愛のダンサー☆ゆか先生
渡さんは女性がいると滅茶苦茶強い人ですよ
女性を敵に回さない、いつの間にか自分の味方にしている
その営業トークは素晴らしい!!
私はやられっぱなしでした(笑)
私のブログでも渡さんの骨のある旅風景画が見れますよ
まあ、チン族の間でも渡さんみたいに二日酔いでビクトリア山(3,050m)を
登るのは少ないと思います
骨のある酒飲みです、小林渡
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太郎さんの「入社テスト」に馬鹿受けしましたー。
小林さんは、凄い体験をされておりますね。私のような軟弱者には驚きと賞賛の気持ちのみです(素直に)。次回も楽しみにしております(笑)
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yukaさん、何とかとか無事帰ってきました。
その何とかぶりはブログで少しずつ書いていきます。
やっぱアジアはいいですね。
食い物がすばらしい。
帰りにミャンマーのインスタントラーメン(YumYmu)を20食買って帰ってきてしまいました。。。
太郎さん、チンの人々は私のことをどう思ったのでしょうか?
落ち着いてみると非常に不安ですね。(こりゃまた確かめに行かねば…そうするとエイ村と山頂の悪夢が…)
う〜ん。
シェーターさんと話す機会があったらきいといて下さい。
CKC岡本さん、リアル太郎さんはもっとすごいですよ〜。
マレーシアのNさんとならんで、武勇伝には事欠かない二人です。彼らに比べたら僕なんかゾウとありんこ見たいなもんで、まだまだです。
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太郎でございます。
マレーシアのNさんと一緒にされたので社かないませんので
そこのところ、宜しくお願い申し上げます。
9年間、サービス業で会社勤めをした普通の常識人です(キッパリ)
シュエタにTOP URGENTで小林渡の印象を報告する旨、伝えると
「酒の飲みすぎ、エイ村では酒を飲んで一人で何か、ずーと話し続けていた。でも日本の雑誌はありがとう。 カミサンも喜んでいます」とのシンプルな報告が来ていることをお知らせしておきます。
渡さんはヤンゴンでも評判が良いですよ
旅の模様をブログに載せてますので
興味がありましたら見てやって頂ければ幸いです。
http://www.myanmar-explore.com/jpn/blog/index.php?eid=83
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無事に帰れてよかったね!
太郎さんがいかに非常識な人か、あらためてわかったんじゃないか。
しかしこの旅日記、第二回まで読んだが、文章がすばらしい!
臨場感にあふれている。
ワタル社長がこんなにいいものを書く人とは知らなかった。
太郎さんのヘビーなキックを後頭部にくらって、新しい才能が芽生えたのかも!?
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タカノ先生、お恥ずかしいかぎりです。
久しぶりに書くネタ満載、写真も盛りだくさんだったもので、調子に乗ってつらつら綴ってしまいました。
よろしければどうぞ旅の終わりまでお付き合い下さい。
太郎さんの「サラリーマン9年だけどアブノーマルヘビーキック」を食らったら今頃命はありません。