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ミャンマー紀行〜チン州への道〜(2)

公開日: : 最終更新日:2012/05/25 無茶旅行

 「泥のように眠る」という比喩があるが、ミャンマーでの私はほぼ毎日そのような夜を過ごしていた。それは肉体的に疲れていたせいもあるが、多分に毎夜飲み過ぎたためであろう。唯一「泥」と違うのは隣のルーインさんが不眠を訴えるほどのいびきが発生するという点だけであった。
 フロントからのコールが部屋中に響き渡ると太郎さんも私も意外にすっきりと目がさめた。手早く身支度をすませ、寝る前に用意しておいたザックを肩で軽く背負いながらエレベーターでロビーへと下りてゆく。ロビーまで見送りに出てきてくれた太郎さんは「ルーイン、後はよろしく頼んだぞ」と辺境の親分よろしくルーインさんの肩をポンと叩くと、私に力強い握手を一つしてのしのしと部屋へ帰っていった。夜から朝へとかわりゆく街を追い越すように二人を乗せた運転手付きの社用車は飛行場へと滑り込んだ。ジェット機の「無理矢理飛ぶぞ!」といった加速度とはひと味もふた味も異なるどこか暢気なプロペラ機のそれが数十人の乗客を上空へと誘う。昨夜は雨模様だったヤンゴン市内も曇り空ながら所々薄日が差し、機体が雲の切れ間を抜けると微かな青空も見えてきた。機内食のサンドイッチとコーヒーをつまんで一息つくと、機内の穏やかな空気を察したかのように機首はパガンの市内に向けて下降し始め、約1時間20分の空の旅はあっさりと幕を閉じた。
 パガンといえばすぐに「パゴタ」が思い浮かぶ程に有名な場所なのだそうだが、何といっても今回のツアーは泣く子もだまるK真大師範、太郎さんの会社プロデュースであるからして数多あるパゴタは当然の如く「車内観光」のまま通り過ぎ、我々を乗せたタクシーはまたたく間にエーヤーワディー河の船着き場に到着した。雨季でとうとうと水をたたえた川面は全てのものごとを流しさるが如くゆっくりと、そして圧倒的な存在感で目前に横たわっている。フェリー待ちをしている地元の人々を尻目に、二人を乗せた船はポンポンポンと小気味良いエンジン音を数回鳴らすとジープの待つ対岸へと舳先を向けた。砂で茶色く濁った大河を30分ほどで渡り終えると緑のジープがバックをしながらこちらへ向かってくる。キンマの葉で包んだびんろう樹の実を絶えず噛んでいると思われる運転手が真っ赤な口でニコニコしながら迎えてくれた。川縁にある小屋で私の書類チェックが済むと、ジープはすぐに土埃を上げて動き出す。ふいにルーインさんが「この車見てくれはジープですけど、エンジンはトヨタ製で、ミャンマー国内でパーツを組み合わせています」と面白いことを教えてくれた。なるほど電装系は二の次と見えてタコメーターや水温計はおろかスピードメーターすら動いていない。ガス欠ぎりぎりまで給油しない派の私としては、どうやってガス欠を回避しているのだろうと心配した。しかも政府系のガソリンスタンドは一日当たり9リットルまでしか給油を認めていないからパガンからミンダまで片道百キロを超えるような車はどうやってやりくりしているのだろう。
 その答えは意外な形(逆説的といってもいいかもしれない)で明らかになった。我々の乗ったジープはミンダに着くまでの間、一店のガソリンスタンドも見かけることがなかったからだ。そう、何のことはない「闇のガソリンスタンド」があるということだ。都市部ではそうやって一財を築いた人もいるようだし、田舎に行けば政府がその役を務めているとも聞く。そういった内情に耳を傾けては、街行く人々を眺めているとふいにものすごい既視感に襲われた。新宿駅でアジアの人に何語だか分からない謎の言葉で話しかけられたことのある私としては、先祖が昔ここに住んでいたとしてもまぁ不思議はなかろうと妙に納得していた。
 雨季の間だけ出現するという河もジープで渡れる程度の水位であり、更に最近出来たという二つの橋のおかげで雨季でもチン州に行けるようになった。太郎さん達がチン州に入った時はまだこの橋は出来ておらず、チン州への道は乾季を待たねばならなかった。2000年、たった6年前の出来事である。ここ数年でミャンマーも大きく変わってきているのだろう。昔は軍事施設はもちろん、飛行場や橋も重要な施設ゆえにカメラやビデオの撮影が固く禁じられていたが、ルーインさん曰く「今はGoogleMapで世界中から見れますから」と、IT化の波はミャンマーでも例外なく猛威をふるっていた。
 「地球の歩き方」に外国人の立ち入り制限エリアが色分けされて載っているくらいだから、さぞかし入口のゲートは厳しかろうと心を引き締めているとふいにジープが止まった。横には「ここよりチン州」とビルマ文字で書かれた看板のみで人影はない。先に車を降りて歩き始めた運転手とルーインさんは神妙な顔の私に「トイレにしましょう」といって二人で路肩に立っている。ばかをみた私も後に続き仲良く三人で立ちしょんべんと相成った。チン州に入ったとはいえ道の凸凹が多少目立つようになった程度の違いしかなく、一行を乗せたトヨタ風ジープはガンガン山道を駆け上り、エーヤーワディー河の畔から走り始めること約6時間で今日の宿である政府のゲストハウスに到着した。標高の高い山地特有の霧雨に包まれた建物には水洗トイレにお湯の出るシャワーまでついている。部屋に一人でいてもすることがないので、質素なロビーには不似合いな立派な木製のイスに座っていると、どこからともなくルーインさんがマンダレーラムを持ってきてくれた。結局旅中こいつのご厄介になることになった異国の蒸留酒は味も抜群で夕食前だというのに、かなり良い気分になってしまった。イスと共に不釣り合いと思われるテレビをつけると同時に地元の若者が二人入ってきた。太郎さんの会社のミンダ在住スタッフ、シェーターと仲間のローシュエだ。ミンダ中の有名人でもあるシェーターはこの街でボクシングを教えている。細くて引き締まった体躯はまるでカモシカのようで、リング上を俊敏に踊る様が容易に想像出来た。ただしそこは辺境屋太郎さんのこと、彼をヤンゴンの道場へ連れて行き、サンドバックのヘビーな蹴りやベンチプレスを軽々上げるなど「男の強さ」にはスピードの他にスタミナやパワーが必要であることを身をもって示し一瞬にして配下に収めてしまった。そんな彼も成田で買った「FLASH」や「SPA」をプレゼントすると、険しい表情がごく一部のページで満面の笑みに変わり、やはりこれだけは万国共通なのだなと思い至る。
 ややはなれたレストランで食べたチンの夕食はミャンマー紀行全体を通しても1、2を争うほどの美味しさで、油が少なめという味付けもまた日本人にはうれしい。コンソメ風の野菜スープをたらふく飲んで、豚、鳥、牛のカレーをつつきながらマンダレーラムをちびちびやっていると、栓を切ったばかりのボトルは残り数センチを残すのみとなっていた。すっかりごきげんで店をでると、さっきまで降っていた小雨はやみ、空に星が見えている。それも半端な数ではない。明かりが少ないが故に空から落ちてきそうな位に数多の星々が天上できらめいている。星空に興奮した私がロビーに戻ってくるとルーインさんは何もいわずにマンダレーラムを置いてニヤニヤしている。ミャンマー辺境行ならぬミャンマー飲んべえ紀行の口火が切って落とされた。(つづく)

■第二回ミャンマー辺境映像祭
 第一級のミャンマー資料がここに
日時:9/30(土)13時〜
場所:池上会館(東急池上線池上駅徒歩10分)
料金:2000円
   チケットはメールmyanmar@aisa.ne.jpにて予約受付
備考:10時半より、展示ホールにてミャンマー辺境写真展も。
二年前、日本が誇る「辺境冒険作家」高野秀行氏をメインゲストに擁し、日本中のミャンマー、辺境ファンのハートを揺さぶった「ミャンマー辺境映像祭」が、この秋帰ってきます。政府より特別許可を取得しなければ行くことの出来ない「現代の秘境」を持つ、アジア最後の秘境ミャンマー。今回は会場を一回り大きな場所に移し、ナガ丘陵(インパール作戦の跡)、レドロード、ミャンマー・インド国境の雪山など立ち入り困難な辺境部はもちろんのこと、終戦間もない1950年代にビルマ政府の国費で留学した経験を持つ土橋泰子先生をゲストに迎え、行くことの出来ない究極の辺境、『過去のミャンマー』へと皆様を誘います。詳しくは第二回ミャンマー辺境映像祭ウェブサイトにて

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  1. アサ・ネギシ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
     渡さん、長編になりそうな感じですね。先が楽しみです。
     ところで写真もうまくなりましたね。
     もしかして一眼レフ・デジカメに乗り換えましたか。
     先を越されたかな。

  2. より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/312.8 (KHTML, like Gecko) Safari/312.6
    ネギシさん、ありがとうございます。
    この夏、取材用に思い切ってEOS30Dを購入しました。
    AFの精度と速度はやっぱり段違いですね。
    もうCAMEDIA8080には戻れません…。
    また写真教えて下さい!

  3. アサ・ネギシ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
     やはりそうでしたか。
     いい発色ですね。コダクローム64のような渋い。
     
     撮影後はけっこう色、調整しているのですか。
     本文に関係なくて申し訳ないのですが…。
     

  4. より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; PPC Mac OS X; ja-jp) AppleWebKit/312.8 (KHTML, like Gecko) Safari/312.6
    いえ、殆どしていません。アンダー気味のものはPhotoshopでレベル調整するくらいですが。
    使っていて何が重宝したかと言えば、AF、起動速度もそうですが、ISO1600、3200への対応とノイズの少なさ、ブレ防止のついたEFSレンズでしょうか。
    私のようなものでもそこそこ写ってくれます。

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