自転車爆走400キロ!その4 〜想い出の竹田 後編〜
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最終更新日:2012/05/25
無茶旅行
歩きでも自転車でも、その日の宿をその日に決めるぶらり旅の場合、宿と同じくらい大事なのがメシの確保である。特に飲んべえ二人旅ともなれば、夜のチョイスは最重要課題。お互い口にこそしないが、一日の締めくくりに相応しい店を!とペダルを漕ぎながら辺りをうかがう視線が鋭くなる。実際、死にそうな道行きでも最後の最後のメシで帳消しになることもザラだ。よって、今日は竹田の駅周辺に泊まると決まった時点から、神様センサーが飲み助センサーへと切り替わり、鳥居や祠のかわりに看板や赤提灯がやたらと目にとまるようになる。岡城から続く趣のある下り坂を二人で併走しながら、竹田の印象などたわいもない会話を交わす。もちろんギラギラ、キョロキョロしつつだ。私は竹田の名産についてあれこれ思い出そうとしていたが、嫁さんの実家近辺以外は殆ど分からない。すると横から
「ワタル、頭料理だ!!しかも生クジラだって!!」
高野さんがやたら興奮している。アフリカだのミャンマーだのへ行きまくっている辺境作家は“頭”とか“生”といったキーワードに弱いらしい。後ろへ過ぎゆく小料理屋を確認しつつ、皿にでーんと乗った鹿やイノシシの頭を思い浮かべて気持ちが悪くなった。
城下町の風情が残る竹田市は、武家屋敷や町人の暮らしを偲ばせる土塀や、木造の建物が数多く連なっている。おそらくは市や住民の意向で、景観を維持する条例でもあるのだろうか、外見は古い街並みに同調し、または建物の外枠を残したまま店内を改装したと思われる飲食店が点在している。駅へ近づくにつれ、良さげな飲み屋さんがセンサーにガンガンひっかかってくる。駅前の観光案内所であたりをつけ、程なくしてビジネスホテルに到着すると、
「ワタル、あの店、目の前だよ!」
例のぶっそうな店がホテルの玄関に正対していた。
「ちょっと街なか散策してきます」
すらっと背が高く、控えめな所作が好印象な若女将にホテルの鍵をあずけ竹田の街に出たが、結局何かに吸い寄せられるように向かいのお店に入ってしまった。散策、たったの10メートルである。
ガラガラと扉を開けると、目の前にオヤジが立っていた。
「おっ、いらっしゃい」
食い入るように見ていたテレビを慌てて消すと、慣れた様子で板場へと戻っていく。カウンター10席、奥に小上がりがひと部屋といったところだろうか。早速オヤジのまな板の真向かいに陣取ると、辺境作家は開口一番
「いやー、頭料理って何ですか?気になって」
世界中何処でも直球勝負である。
ところがその瞬間、してやったりのオヤジの怒濤トークが幕を開けた。
「竹田はね、海から遠いやろ。昔は臼杵から魚を牛に乗せて運ぶと二日もかかっちから、それでアラとかクエとか、白身の美味しい魚は内臓から頭まで全部食えるようにっち、手をかけて料理したのが頭料理の始まり。竹田の名産。やけど、市内の専門料理屋で食ったらウチみたいに手軽な値段で食われんし、アラとかクエとかは魚が大きいけんの、“頭料理は何人以上から”っち、ちょちょっと食えるところは少ない」
カウンターに座りながら言ったビールのオーダーは完全無視で、ここで頭料理が食べられる事がいかに貴重かを力説しながら、頭料理を作り始めている。しびれをきらした高野さんが
「あの、ビールだけでも先に…」
と下手に出たのが仇となり、
「美味しい頭料理と一緒に飲んだ方がうまいから!」
と押し切られ、おあずけ状態でオヤジの口上に相づちを打つ事になった。竹田の街に観光客が訪れるのは、梅や桜、秋の紅葉といった自然が鮮やかに彩るシーズンに集中しており、二月も中旬に差しかかったばかりでは、いくら暖冬とはいえ梅もまだまだで、ましてや平日も週の頭から酒を飲んでいる人間となれば、かなり少なくなる事は容易に想像出来た。
5分ほど待っただろうか、ビールと共に出てきた小鉢を見て破顔した二人は、手早くビールで乾杯し、乾ききった喉を潤す琥珀色の麦汁と共に、小鉢の一切れを一口食って、それぞれ身震いした。
「うまい!」
大雑把に言ってしまえば、魚版のホルモンとでも言うところだろうが、脂の抜き具合といい、大分名産のかぼすとの相性といい、肝や皮の濃密であっさりとした舌触りと言い、間違いなく酒飲みの食いモンである。横で
「これはうまい、うますぎる!自転車旅酒の肴大賞を上げても良い!」
辺境作家がのけぞっている。
得意げなオヤジが、続けてクジラの刺身、さらに海藻のおひたし、だめ押しのサザエの刺身と、酔っぱらい達のハートをバキュンバキュン打ち抜いていく。
熱燗のために取っておいた頭料理を猪口でちびちびやりながら噛みしめていると、恨めしそうな視線を感じた。高野さんはあまりの旨さにビールで食いきってしまったらしい。自業自得だ。
オヤジのおすすめ品が一段落すると、流しでさっと手を洗いオヤジが板場からカウンターへと出てきた。良く見るとカウンターの奥はオヤジの定位置らしく、グラスにビールを注ぎ、それではと三人でグラスを掲げての乾杯だ。こうやってカウンターで肩を並べては、お客との会話を楽しむのもオヤジのささやかな楽しみなのだろうと、我々二人はすっかり油断していた。
堰を切ったように話し始めた親父は雄弁だった。数多の酔客とのトークで磨きに磨かれ年季の入った武勇伝はどれもこれも強烈で、こっちは防戦一方、というより笑うしかない。会話と言うより、もはや独演会の域である。娘の自慢から、カウンターで女性客と手を握っているところに届け物で嫁と鉢合わせた恐怖話、さらに話題は歴史あるが故に封鎖的な街への不満へと移ったが、
「あの若女将は人間が出来ている。この街で唯一認める人間だ」
と向かいのビジネスホテルの若女将の人となりを熱く絶賛する。聞けば、顔を合わせるとちゃんと笑顔で挨拶してくれるとのこと。もっともそのお義父さんはオヤジとは目も合わせないというから、その濃いキャラゆえ当たり前な待遇さえ受けられないほど、オヤジは街でも浮きまくっているのだろう。さらにオヤジは突然英語で語りかけてきた。そればかりか、ロシア語、中国語、フィリピン語でも畳みかける。言語オタク、高野さんの目がキラッとしたが、どれもこれもみな、オネーちゃんが居る店で仕込んできた本場モンで、特にフィリピンのネーちゃんから聞いたというタガログ語はネイティブの発音そのものである。しかし内容は愛のささやきなので我々に言われても困る。
オヤジの爆裂トークで回路のショートした二人のペースが急上昇する。熱燗は二合徳利が五本空き、ちょうど一升瓶を飲みきったところでいいちこへとスイッチした。
「こりゃ、私からのサービス」
水割りグラスにロックでなみなみいいちこが注がれた。さっき7時だったはずの時計が10時を指している。いかん、完全にオヤジのペースだ。明日はものすごい山越えが控えている。何が何でも帰って寝なくては。必死の思いでシメのりゅうきゅうをお茶碗のご飯で口いっぱいにほおばり、オヤジにお勘定を告げた。名残惜しそうなオヤジがおつりを手渡しながら言う。
「一人千円で良いけん、ちょろっと飲み行こうよ」
フィリピン、ロシア、中国、いずれかのスナックへ連れて行かれそうだったので、丁重にお断りし、10メートル先の人の出来た若女将のいる平和な宿へと戻った。
(つづく)
高野さんの自転車爆走日本南下旅日記「神に頼って走れ!」
集英社文庫のウェブサイトにて連載中。こちらをどうぞ。
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うひゃー。楽しそう&おいしそう。
しかし濃い親父さんだねー。情も。