チンの映像を出展します
公開日:
:
最終更新日:2012/05/25
無茶旅行
当ブログにて連載中の「ミャンマー紀行〜チンへの道〜」を映像版にてご覧頂ける機会ができた。明日9月30日(土)13時より東急池上線、池上駅の池上会館(徒歩10分)にて開催される「第二回ミャンマー辺境映像祭」に急遽出展することになったのだ。そもそも、私など出る幕もないくらい強烈な実績をお持ちな方々が出演するのだが、「レドロード未公開映像」を受け持っていた辺境作家高野秀行さんが9月25日から緊急海外取材に出かけてしまったり、「ミャンマーの海」を出展予定だったマレーシアの映像作家John Wong氏がカンボジアにて当局に拘束されてしまったりと、ただでさえ「辺境」なんていうニッチな分野を取りあげているのに、出演者にまで離脱されてしまってはイベント自体が辺境になってしまう。そこで映像祭の発起人、ミャンマーヒマラヤ・トレッキング&カルチャー社、つまり私をミャンマーへ誘拐、もといミャンマーへといざなった太郎氏よりお声がかかった次第。もちろん「あ、渡さん映像も撮ってましたよね?ちゃっちゃと編集して出して下さい。できますよね、はっはっは」という具合にである。
ということで、写真だけではお伝え出来なかったジープの疾走ぶりと凸凹道、これぞ雨季というパガンの曇り空が「晴れ男」によっていかに変わったか、またエイ村で泥酔しながらも奇跡的に撮影していたチンの踊り、そして快晴のヴィクトリア山山頂の様子等々、戦後外国人として初めて雨季のヴィクトリア山登頂3050mに成功した様子を約20分に凝縮してお届けすることができる。もちろん私のへっぽこ登山記などではなく、あくまで他の出演者の皆様がメインであるのでそちらに期待してご来場頂いた方が良いのは言うまでもない。
「単身コカコーラに乗り込み『アジアのコカコーラをカメラに収めてくる』とスポンサードをとりつけ、自身のアジア撮影旅行を敢行」するなど数々の逸話を持つ写真家猪俣重喜先生のNHK写真教室が同時出展する「ミャンマー辺境写真展」では生徒さんの写真が20点、猪俣先生の写真が60点、ミャンマー辺境部を網羅した合計80点の写真が展示ホールを埋め尽くす。また、元東京外語大ビルマ語講師の土橋泰子先生の「ミャンマーと共に50年」では、1957〜58年という、日本がまだ貧しかった時代に当時『東南アジアで一番豊かだったミャンマー』にビルマ政府の国費で留学、まるでアメリカ西海岸を思わせるような自由な雰囲気のキャンパスライフを始め、当時のビルマの様子、そして偶然出会ったナガ族の村人との50年後の再会等々が貴重な写真と共に語られる。
当日は太郎さんからのサプライズも用意されているようなので、このブログでミャンマーの辺境部に興味を持って下さった人達にもぜひおすすめしたい。あとは当日、チン州と同じく晴れることを切に祈るばかりである。
■第二回ミャンマー辺境映像祭
第一級のミャンマー資料がここに
日時:9/30(土)13時〜
場所:池上会館(東急池上線池上駅徒歩10分。地図を表示)
料金:2000円
チケットは当日受付にてお求め下さい
備考:10時半より、展示ホールにてミャンマー辺境写真展も。
二年前、日本が誇る「辺境冒険作家」高野秀行氏をメインゲストに擁し、日本中のミャンマー、辺境ファンのハートを揺さぶった「ミャンマー辺境映像祭」が、この秋帰ってきます。政府より特別許可を取得しなければ行くことの出来ない「現代の秘境」を持つ、アジア最後の秘境ミャンマー。今回は会場を一回り大きな場所に移し、ナガ丘陵(インパール作戦の跡)、レドロード、ミャンマー・インド国境の雪山など立ち入り困難な辺境部はもちろんのこと、終戦間もない1950年代にビルマ政府の国費で留学した経験を持つ土橋泰子先生をゲストに迎え、行くことの出来ない究極の辺境、『過去のミャンマー』へと皆様を誘います。詳しくは第二回ミャンマー辺境映像祭ウェブサイトにて
●公演内容等の変更につきまして
作家高野秀行さんは9/25より海外取材のため当日日本におられません。
またJohn Wongさんが現在カンボジアにて当局に拘束されているため
「レドロード未公開映像」ならびに「ミャンマーの海」は上演を見送
らさせていただくことになりました。当映像を楽しみにしておられた
皆様に深くお詫び申し上げます。御了承下さいませ。
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