自転車爆走400キロ!その2 〜臼杵ナイト〜
公開日:
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最終更新日:2012/05/25
無茶旅行
「ポー」
警笛が港にこだますると、2時間余りの船旅も終わり、フェリーはゆっくりと旋回しながら臼杵港へ接岸した。
時刻は夕方の6時前。東京ではとっくに日も暮れている頃だが、大分ではお天道様が粘り腰で踏ん張っている。日の長さに南に来たことを実感。
トラックや乗用車に混じってフェリーから出てみると、嫁のお父さん以下3歳児まで、戸上(トノウエ)家の面々大勢でお出迎え。
臼杵港から目と鼻の先にある消防署で働くお父さんは、5時に帰れるところを、そわそわしながら待っていたらしい。接岸中に
「今、来よんのに乗っちょんのかの?」(訳:今来ている(船)に乗っているのかい?)
と電話をくれたくらいだ。
嫁さんの実家は海から近く、東京でも有名な関サバ・関アジの産地、佐賀関(さがのせき)からもそれほど離れていない。
お母さん曰く
「佐賀関のサバもアジもな、臼杵の方に回っちくるけん、同じじゃ」
と太鼓判である。よって食卓は、それらのお刺身がドーンと並んだ。
フェリーの中で
「さしみ食いてー」
と言い合っていた二人の頬はすでにゆるみっぱなし。アジを前に高野さんの箸が止まらない。部活帰りの高校生のような勢いでビールと刺身にがっついている。
ところで、ここまで読んでいて聡明な読者の方はすでに「何かがおかしい」とお気づきのことと思う。嫁の実家に、肝心な嫁がいない。旦那が勝手に嫁の実家に遊びに行くのも十分変だが、そこに知人の作家までついている。
そう、背徳自転車二人組は本人(嫁)そっちのけで勝手に実家へお邪魔したばかりか、盛大なもてなしを受けていた。
トノウエ家は祖父母から嫁の両親、妹、更に旦那が仕事で忙しいと子連れで帰ってくる妹まで、4世代が暮らす大家族だ。しかも本家なので親戚一同が入れ替わり立ち替わり頻繁にやってくる。そこへ近所の人も来たりして、盆暮れ正月に帰省したりすると、もう誰がどの人何だかさっぱり分からない(きっと向こうも私がどこの誰だか分からない)。初めて遊びに行った時はたまたま丸坊主だったので、法事のお坊さんと間違われたくらいだ。
そんな具合なので、甥っ子(しゅん)も姪っ子(まな)も人慣れしている。最初のうちこそ人見知りするものの、すぐに寄ってきてあれこれ遊びのお誘いを受けることとなり、いつしか子どものペースに巻き込まれている。気が付けば高野さんは玄関でまなの靴を履かせていた。コンゴに怪獣を探しに行った男が、だ。2人ともすっかり三歳児の支配下である。
トノウエ家はまさにアジアの縮図であった。
九州にいながらミャンマーとかタイの様な、濃い〜人間模様が繰り広げられる。その足下を子ども達が元気よく駆け回り、親以外の大人もしつけに参加する。人間関係が希薄になった東京では決して味わうことの出来ない世界を、外国に行くことなく嫁さんの実家で体験出来る私は幸せだと思う。
宴は開始から2時間が経った。
酒が進むにつれお父さんの会話に代名詞が多くなる。
「ほれ、あんしがの、臼杵にいちからの、あげえするもんやけん、うちもの、そりゃせにゃー悪りーっち思っての」(訳:ほら、あの人が臼杵にいて、ああするので、私も、それはそうしないとまずいと思って)
私は嫁からの十数年に渡る英才教育により、大分弁(臼杵弁、正確には下ノ江弁)はほぼネイティブに近いが、高野さんには外国語と同じであろう。
「●●やけん、とか、高知の言葉に似てますね」
と的はずれなことを言っている。
お父さんはビールから我々が飲んでいるのと同じ熱燗にスイッチしたが、飲む量がハンパではない。おちょこでは間に合わず、大きな湯飲みで飲んでいる。私も大酒飲みの部類に入る方だと思っていたが、初めて実家に遊びに来た時、昼からお父さんと二人で飲み始めたことがあった。大瓶1ケースを空け、3時頃私がぶっつぶれ、7時頃目が覚めるとお父さんはナイターを見ながらまだ缶ビールを飲んでいた。
開宴から3時間が経った。
嫁のいとこ、ユカが遊びに来る。
彼女は別府で高校の先生をしているが、生徒達に「ワセダ三畳青春記」や「幻獣ムベンベを追え!」などを無理矢理読ませるという、熱心な布教活動に燃えている高野秀行ファンでもある。別府から臼杵まで車で1時間かっとばすことなんぞ、彼女にとっては大した問題では無かったようだ。しかも信者(生徒)達に「今から会ってくる」と報告(自慢)も忘れない。既に酒量と消灯時間をとっくにオーバーしている高野さんも、貴重なファンは大事にせねばと、焦点の定まらない眼で話をしているが、終始押されっぱなしである。何でも『高野秀行講演会を我が校に!』を目下の課題に取り組んでおり、今回もあわよくば八幡浜から別府行きのフェリーに乗せて(拉致)、強行開催出来ないだろうかと真剣に考えたそうだ。
ついさっき
「明日は7時に出発します!」
と高らかに宣言した高野さんが
「熱燗おかわり!」
と言っている。
お父さんの湯飲みはカラ。
「明日は、午前中休むけんの、まー飲みゃーいいわい」
台所で、新しい一升瓶の栓を開ける音が「ポンっ」と鳴った。
(つづく)
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Comment
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無茶苦茶可愛い子供だな・・・・
わたるサン、何か凄く贅沢な時間を過ごしてますね
羨ましいな〜
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あらためて、おかえりなさい。
おおらかなアジアのみなさん(とあえて言いたくなる)の様子、
その心地よさにズルズルと巻き込まれる探険家、
観察しているように見せかけて、
たぶん大酔っ払いしているご本人の姿が
手にとるようにわかるリポートです。
関サバ食べたいな〜!!
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なんか、とてもステキな時間を過ごしてますね。
子供たちもカワイイし。
一度撮ってみたい衝動に駆られる可愛さです。
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太郎さん>
しゅんとまなは、めちゃくちゃ可愛いですよ。
「わる」ですが(笑)。
旅している時が一番生き生きしているような気がします。(自分)
yukaさん>
辺境作家は僕の大いびきでも「ああ、すげえいびきだな…と思ったらもう寝ていた」というくらい泥酔していたとのこと。
続レポートにも乞うご期待!
PORCOさん>
子ども達はまさにネタの宝庫!
毎回、帰省すると一日@何百枚も撮ってしまいます・・・(汗)。
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あのお宅はほんとに楽しかったなー。
沖縄まで来たけど、あそこほど人の話す言葉が理解しづらかったところもなかったね。
酔っ払って立ちション中に崖下に転落しちゃったお父さんもいいし、
どーんと構えてびくともしそうにないアジアンママ的なお母さんもよかったね。
次回は肝心の「嫁さん」と一緒にぜひ。
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タカノさん、どうも。
お父さんの逸話は嫁に語らせるとそれだけで本が書けそうです。
「嫁さん」と一緒に行くと、楽しさが倍増しますので、ぜひ奥様もご一緒に。
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「いとこ」のほうのYukaです。
楽しかった日の思い出に浸りつつ読ませてもらいました。
年度末でめちゃくちゃ忙しい中、「布教」活動を怠らず、
来年度どうやって高野氏に講演会をしてもらうかを本気で画策中。
無理やり来年度の年間計画に入れようかな・・・
でも当の本人がインドに行ってしまってはなぁ・・・
もちろんいちファンとしては高野さんの願いが成就することを祈っているわけですが。