逃避の週末
公開日:
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最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
大野更紗さんに『困ってるひと』の続編というか第2弾の連載を書いてもらうことになっていて、その構成案を作らせているのだが、いかんせん、今は『困ってる人』が発売直後だけに
とても手につかない様子。
無理もないよな。
初めての子供を出産した母親に「次の子はどういうふうに産むのか、計画を立ててほしい」と言ってるようなものだ。
そういう私自身、毎日1時間ごとにアマゾンをチェックして、
「おおっ、今60位か!」とか「ああ、少し落ちて90位か、でももう少し「100位以内で頑張ってほしい」とか、握り拳に力を入れてしまっているのだ。
よく相撲の親方や野球の監督、柔道のコーチが、自分が教えた選手の活躍について、
「自分が選手のときより緊張する(ドキドキする)」などと言うが、
その気持ちが少しわかるような気がする。
まだウェブの宣伝力で買われている部分が大きいので、
ちゃんとした評価は週明けになるだろう。
どうでもいいけど「おもしろい」という感想が聞きたいものだ。
☆ ☆ ☆
まあよくあることだが、ここ数日、原稿が突然書けなくなってしまった。
昨日は仕事場のドトールで勝美洋一『中国料理の迷宮』(朝日文庫)に逃避していた。
代々新橋で美術商をやっている家の出身である著者が、カネ、コネ、教養、体験を総動員して、中国の「食」に蘊蓄を傾けた本である。
文革の「四人組」が実は上海出身でなく、山東省など「北」の出身で、
反「四人組」はみな「南」の人々で、
料理的にも南対北の対決となっていたとか、
中華のシンボルのように思われている「炒め物」は元の時代にはほとんどなく、
近代になって都市部の住民が調理時間を短縮するために作られた「インスタント化」によるものではないか、など、「へえ」が連発するトリビア本であるが、
一方では、中華(本書では「中国料理」)のあまりの複雑さ、込み入り方に、
謎が謎を呼んでいる。
私が気になったのは「回族の影響」。
勝美さんによれば、羊料理は回族とモンゴルの影響とのことだが、ムスリムである回族と
仏教徒であるモンゴルの区別が曖昧だ。
例えば文革前の北京名物だった「臭豆腐」が「いかにも回族的」というけれど、
私の知識では臭豆腐は湖南省や福建省の料理で、今は台湾の代表的な食品とされている。
むろん、「南」にも回族はいるのだが、臭豆腐には回族と関係性はないように思える。
これはいかに?!
なんて思ってしまう。
こういうことを考え出すと、中華料理がますますわからなくなり、
原稿も進まなくなる。
言い忘れたが、今書いているのは台湾料理の原稿なのだ。
☆ ☆ ☆
歴史小説は、他のジャンルの小説以上に「思い込み」が強い。
「流行」と言い換えても言い。
海音寺潮五郎、山岡荘八、吉川英治、司馬遼太郎、新田次郎、藤沢周平といった歴代の歴史小説作家の世界観も、ある種の傾向に侵されている。
それを知ったのは韓国の金薫(キム・フン)著(ちなみに訳は蓮池薫)『孤将』(新潮社)を読んだときだった。
秀吉軍が朝鮮に侵攻したとき、迎え撃った朝鮮の将軍、李瞬臣を主人公としたものだが、
この小説で異様だったのは「首」の話だった。
将兵が手柄を中央に報告するためには敵の首がいる。
それは日本も朝鮮も中国(明)も同じ。
だが、長く続く戦乱で、着物もボロボロになり、水死した兵も多い状況では
誰が敵か味方かもわからない。
みんながとにかく「首」を求めて右往左往する様子がすごく印象的だった。
小西行長の軍など、劣勢を強いられる中、撤退するために明軍の将軍に「首」を賄賂として渡して、逃げようとしている様が描かれている。
「首」すなわち人間の頭が通貨となっているのだ。
こういうことは、戦国の世では当然あったことだろうが、それまでの日本の歴史小説では
なかったこととして等閑視されてきた。
いや、そういう日本の歴史小説の「様式美」あるいは「型」に読者もはめこまれているということに気づいたのが『孤将』だった。
だが時代は変わり、歴史小説も変わってきた。
これまた私個人が逃避活動の一環として読んだ伊東潤の『戦国奇譚 首』(講談社)という小説には、この忌避されてきた「価値としての人間の頭」の話がてんこ盛りになっていた。
正直言って、ストーリー的には完成度は高くなく、いろいろ注文もつけたくなるのだが、
手柄の証拠であり、それそのものがものすごい価値だった「首」をめぐっての人間ドラマは
画期的で、かつリアルだ。
拾ったり、人から騙し取ったりした「首」がいかに生きる人の人生を狂わせるかというのは、今の人間にも通じるドラマであり、ミステリとしてもひじょうに面白い。
歴史小説なんて、煮詰まっているように思えるが、見方を変えれば、いくらでも面白いことは見つかるという希望に満ちあふれている。
☆ ☆ ☆
さて、今日は仕事をする意欲がゼロメートル地帯に達し、結局ドトールにも行かず
家で野球中継を見ていた。
巨人対西武。
野球の試合をテレビとはいえ、最初から最後まで見たのは今季が初である。
試合は巨人・内海と西部・涌井の両エースによる見事な投手戦。
内海といえば、かつては「お姉さんと同居してゴハンを作ってもらってる」とか
ピンチになると腰が思い切り引けて、ストライクも入らないという情けない印象ばかり残っていたが、
今日は見違えるほどの素晴らしいピッチングである。
結局完投勝利で、両リーグ通じてトップの9勝目。
で、内海が今シーズン好調の理由として説明しているのが「PNF」なのである。
『腰痛探検家』の過程でわたしも数ヶ月通った理学療法だ。
PNFはバレリーナの草刈民代が愛用したころで知られているが、
実は巨人時代の松井秀喜もこの両方で故障を直し、筋力アップを計ったとされている。
今日の野球中継でも、アナウンサーが「インナーマッスルを鍛えて云々」と何度も説明していたし、解説の篠塚和典も「大きな筋肉でなく小さな筋肉を鍛えるというので、いいらしいですね」とコメントしていた。
『腰痛探検家』では、わたしはPNFを「会社のリストラ」に喩えた。
「首切り」の意味でなく本当のリストラクチャリングのことだ。
PNFのトレーニングを受けると、いかに自分の体が一部の筋肉のみに頼っているかわかる。
まるで会社が一部の有能な社員だけが頑張り、その他の社員が怠け放題になっているようなのだ。
一部のできる社員に頼っていると、その社員に負担がかかり、どんどん倒れていく。
できる社員が倒れていくと、残りの社員はもっと負担がかかって、ドミノのように崩壊していく。
PNFは、怠けている社員を再教育することによって、勤労社員の負担を軽くし、
会社全体(つまり身体全部)の総合力をあげていこうという方法だとわたしは理解している。
もっとも、私はPNFのトレーニングを受けながら、自分がキム・ジョンイルになったような錯覚に陥ったりして、なかなかうまくいかなった。
PNFは腰痛や膝痛などに即効性のある「治療」でなく、あくまで地道なトレーニングだという認識が足りなかった。
意味がわからない人は『腰痛探検家』を読んで下さいというしかない。
ただ、今でもPNFで指摘された姿勢や体の動かし方はとても参考になっている。
内海は、調子の波が激しく、たしか去年も序盤は絶好調で「今年は20勝します!」とか言ってそのあと全然勝てなかった。
今年もまだこのあとどうなるかわからないが、万一この調子で行って、20勝どころか25勝か30勝したらどうなるんだろうか。
世の中はPNFの大ブームになるかもしれない。
私も「ああ、あのまま通っていればよかった」と後悔する日が来るのかもしれない。
…なんていうことを、酒を飲みながらつらつら考えていたのだが、
それよりも、台湾の原稿を早く書かないと編集のKさんに叱られてしまうのである。
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困ってる人は連載中も読んでて、本も昨日買いました!新宿の紀伊国屋では大きく扱われて、自分以外でも手に取ってレジに並んでる人がいましたよ。
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長い逃避でしたね…ブログを本にしたくなるのもうなづけるくらいの分量です。でもいい。桜玉吉の日記マンガみたいで、ボクは読みたいですね。
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北方系と南方系があって、別々に考えた方がよいと思います。
北京名物のあれは「腐乳」に近いものですよね。イスラムらしさってどこにあるんだろう・・。伝承では「王致和」という豆腐屋さんが作ったことになっているけど、民間伝承ですからね。
南方系のものはおおむね似通っているんだけど、毛沢東の好物で有名な湖南豆腐串は唐辛子にまぶすし、それ以外の地域では大体、甘辛のタレをかける。
ただ、台湾では「浙江や湖北出身の外省人が広めた」という認識の食べ物です。
あれを食べなれてしまうと、日本の厚揚げが食べられなくなりますよね。