不安と緊張を和らげるのは笑い
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
スーダン人のアブディンから電話がかかってきた。
地震直後の電話では「いやあ、俺が日本に帰ってすぐだから参ったよ〜」とか陽気だったのに
昨日は別人のように暗い声で「原発どうなってる?」と訊く。
「東京もヤバイんじゃないの?」
アブは出産間近な奥さんがいる。
そしてスーダンにある奥さんの実家から頻繁に「大丈夫か? CNNなんかじゃチェルノブイリと同じだとか言ってるぞ!」
と緊迫した電話がかかってきて、対応で疲弊しきり、不安と恐怖もうつっているらしい。
たしかに妊婦に放射能はいちばん危険で、
奥さんの実家の不安もわかる。
「吹っ飛んだのは外壁だけで溶解炉が爆発したわけじゃないし、放射能が東京にまで飛んでいるということはないらしい」と説明するが、
「それ、政府の発表でしょ? 信用できないよ。日本政府は水俣のときだって全然認めなかったし」と言い張る。
水俣なんて言われてもなあ。
ていうか、アブディン、詳しすぎである。
彼はしつこく「放射能対策はどうしたらいい?」と訊いてきて、
だんだん私にも不安が伝染してきた。
「うーん、よくわからないけど、テレビで専門家が言っているのは
なるべく外に出ない。出るときには体中を衣服でおおって、肌を露出させないことらしい。
まあ、イスラム原理主義スタイルだな…」
とぼそぼそ言ったら、アブがどひゃひゃひゃと爆笑した。
「ああ、タリバンみたいな格好ね」
「アブ、タリバンの友だちがいるんだろう? ブルカ(女性の全身をおおうやつ)を借りたら?」
「いや、あいつはタリバンじゃなくてアフガンの大学でサッカー部だったんだ。
で、タリバンに強制されてサッカー大会に出場したら、相手がアルカイダ選抜チームでむちゃくちゃ怖かったって…」
と、やっといつものバカ話(でも実話)に戻っていった。
アブも笑ったことで、一時の強迫観念から少し解放されたようだ。
私も吐息をついた。
なにしろアブ夫妻はすごい。
奥さんは言葉のわからない臨月の妊婦で、
ダンナは目が見えないのである。
心配するなというほうが無理だ。
でも心配しすぎてパニックになるのは良くない。
「まあ、いざとなったらうちに来いよ。難民として迎えてやるから」私がそう言うと、
アブはありがたいと喜びつつ、
「難民っていうより疎開だね。でも疎開先はいじめられるっていうしなあ」
どうしてそんなことまで知っているんだ、このアフリカ人は。
でもおかげで大笑いしてしまい、彼の極度の緊張はだいぶほぐれたようだ。
笑いは偉大なり、である。
☆ ☆ ☆
私プロデュースの大野更紗「困ってる人」第14回更新。
大野さんの実家は福島で、地震直後しばらくご両親の生死が不明だった。
その中で書かれたのがこの原稿だ。
(その後、やっと連絡がとれたのだが、今度は原発20キロ以内居住者ということで退避。
親子3人が全員ギリギリ状態である)
そんな切羽詰まった状態でもこの人は笑いを書ける。
ご覧ください。
関連記事
-
-
辺境ドトールで大宴会
土曜日、仕事場である「辺境ドトール」にて受賞祝賀パーティが行われた。 ドトールの常連である高級
-
-
酒飲みにやさしいイスラム国
半年間のトルコ遊学から帰国して間もない慶応大学の学生S君にトルコの話を聞いた。 場所は阿佐ヶ谷の
-
-
彼もエンタメノンフ?
意外に思われるかもしれないが、高橋源一郎の文芸評論が好きである。 今日も『大人にはわからない日本文
-
-
溝口敦『暴力団』は入門書にして名著
タイトルからして素晴らしい。溝口敦の『暴力団』(新潮新書)。 「暴力団のいま」でもなければ「ヤクザ
-
-
念願かなってモガディショ
今から十数年前だから、1990年代半ばか後半くらいだろうか。 ヨーロッパか中東かアフリカか忘れたが、
-
-
ソマリ語国際放送・東京支局を開局
ソマリランドの首都ハルゲイサに本社をおく「ホーン・ケーブル・テレビジョン(HCTV)」という ソマリ
- PREV :
- こういうときこそ日常
- NEXT :
- 酒さえあればそれでよし