*

アジアン・ミステリの傑作シリーズを応援すべし

公開日: : 最終更新日:2012/09/03 高野秀行の【非】日常模様


旅に出る前に紹介しておかなければならない本はないかなと考えていたら、肝心なものを忘れていたことに気づいた。

コリン・コッタリル『老検死官、シリ先生がゆく』(ヴィレッジブックス)という、私のお気に入りのアジアン・ミステリだ。

実はこの本、4年前に出ているが、最近になってその続編『三十三本の歯』が同じくヴィレッジブックスから発売された。
でも、残念ながら、前作を読んでいないと意味がよくわからないところがある。正確に言えば、前作は4年前なのだから、読んでいても憶えていない。
というわけで、遡って『老検死官~』を再読したところ、前に読んだとき以上に感銘を受けた。

70年代の社会主義政権になったばかりのラオスを舞台にしていて、しかも探偵役の検死官・シリ先生は霊感があり、霊に導かれて捜査を行うという、その時点でガルシア=マルケスばりのマジック・リアリズムみたいなのだが、内容はもっとシニカルでユーモラス。

定番のギャグは「泳いでメコンをわたった」というもの。これは社会主義ゲリラが政権を奪取した直後に、知識層を中心に大量の国民がメコン河をわたってタイに逃げたことを指している。残された社会主義政府と庶民はどうにもこうにも貧乏。
それをラオスに残ったシリ先生たちが自虐ギャグに使うのだ。

「私は泳げないんだ」「道理でここに残っているわけだ」とか「この辺では虫の声が聞こえない。虫たちも河をわたったのだろうか」とか。

もはやストーリーや推理がどうこうではなく、登場人物やその会話を楽しむ小説という意味ではチャンドラーに近いが、そのわりに
意外と推理もしっかりしていたりして(していないときもあるが)、その辺もチャンドラーに似ている。

フロスト警部シリーズが終わってしまった今(著者が亡くなった)、私のイチオシ海外ミステリは今完全に「シリ先生シリーズ」にシフトした。このシリーズはどんどん続いているらしく、続編を期待したいのだが、なんといってもフロスト警部のような派手な人気がない。第3作の翻訳が出るかどうか微妙なところで、ぜひみなさんにはまず第一作を買って読んでいただきたい。

そうそう、言い忘れたが、著者はラオスに長く住んだ経験のあるイギリス人で、現在はタイ人の奥さんと結婚してチェンマイ大学で英語を教えているという。私にとって「ありえたかもしれない人生」を歩んでいる人としてひじょうに親近感がわく。また、それゆえに目線が欧米人的ではなくてとても好感がもてるのだ。

関連記事

no image

願い事は強要から

ここ数年、私が最も買っている小説家・中島京子さんと四谷三丁目で会食。 中島さんの『均ちゃんの失踪』(

記事を読む

no image

沖縄発!プロとお手伝いによる地場映画

私の家を民宿(兼居酒屋)と勘違いしている沖縄の友人がいる。 ずうずうしい男なのだが、やっていることは

記事を読む

no image

今日のアブちゃん

今週の講義のゲストでもあるアブディンのブログを発見した。 ていうか、どうして今まで気づかなかったんだ

記事を読む

no image

原発君とインド人

今日も原発君は元気なようである。 原発を憎むとかえってよくないような気がして、 親しみをもたせて、心

記事を読む

no image

今、モガディショです

今、ソマリアの首都モガディショにいる。 昨年8月と比べると、格段に街が明るく、陽気な雰囲気に包まれて

記事を読む

no image

8年ぶりにアフリカ大陸

 セイシェルの取材を終え、次は旧ユーゴスラビアのセルビアに行くはずが、 急に気が変わって南アフリカ

記事を読む

no image

対談は仕事場でなく家庭で

宮田珠己さんとの対談シリーズ「タカタマ対談」の第5弾を 本の雑誌の杉江さん立会いの下、 関東某所に実

記事を読む

no image

幸いにも大事には至らず

四倉の状態だが、怪我はしたけど大丈夫で、本人が自ら電話で 「早く現場に戻りたい」と言っていたそうだ。

記事を読む

no image

かっこいい公務員たちの物語

片野ゆかの『ゼロ!こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?』(集英社)が本日発売である。

記事を読む

no image

幻のポスター

最近、出版社が新刊の文芸書のゲラを書店員の人たちに前もって配り、 感想をいただくということがよく行わ

記事を読む

Comment

  1. foggykaoru より:

    はじめまして。ミステリーは大好きですが、アジア関連の作品は読んだことがありません。ぜひ読んでみたいです。

    私は普段、図書館か古本屋で本を探すのですが、ちょっと前に高野さんの「アジア新聞」を古本屋で購入し、「この人、いい」と思ったのだけれど、そのまま忘れてしまいました(ごめんなさい!)
    ところがつい先日「ムベンベ」「ワセダ」「アヘン王国」の3冊をまた古本屋で発見し、一気読み。
    そして「ここまでやった人の本を古本屋で買うなんて失礼だ。残りは全部新刊で買うぞ!」と決心しました。
    今、着々と読破しつつあるところです。
    私は高野さんより10歳上でして、五十肩に苦しんでいます。これ以上体が弱ったら、特に腰痛が出たら、趣味の旅行が出来なくなると思って、毎日腹筋と背筋をやってます。
    どうぞくれぐれもお大事になさってください。そしてこれからもステキな旅を続けていってください。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年11月
     12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
PAGE TOP ↑