自殺削減を国策として掲げたいワケ
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最終更新日:2013/09/19
高野秀行の【非】日常模様
最近、人に会うと「賞をとって忙しくなったんじゃない?」と言われるが、
実際には賞云々以前に、二ヵ月も遊んでいればそりゃやることも山積する。
ただでさえ忙しいのに、持病の腰痛がタイ滞在中に座骨神経痛という形で進化発展し、
今は歩いていても座っていてもほぼ常に痛い。ときに激しく痛む。
いつものように水泳で回復させようとしているがまだ効果は現れていない。
(私はいかなる腰痛治療も効かないので名医のお薦めは遠慮します)
さらに数日前に意を決して行った部屋の片付けが裏目に出て、
埃アレルギーが勃発。古い本や最近開いていない辞書などをめくると、
もうくしゃみと鼻水が止まらない。咳が出るときもある。
おかげで何もしていないのに、「いたたたた」とか「ずずずずz-」と効果音がやかましい。
そんなこんなでブログも滞りガチなのだが、すんごく面白い本を読んだのでこれだけは書いておきたい。
ツイッターで流したけど、岡壇(おか・まゆみ)の『生き心地のよい町 この自殺率の低さには理由がある』(講談社)。
ちょうど一週間前に、アイルランド人監督の作った「Saving 10000 Winning war on suiside on Japan」というドキュメンタリー映画を見ていた。
3万人という莫大な日本の自殺がなぜ起きるのかを外国人の目から見て、まとめた映画だ。
この映画を見たら、高齢者問題、多重債務、いじめ、格差など日本の諸問題の多くは
最終的に自殺にかかわってくるとわかる。
最悪のケースとして自殺に至るのだ。
逆に言えば、――この映画ではそこまで言ってないが――
自殺者を減らせば、日本の社会問題は最も有効な対策が見えてくるのではないか。
例えば、学校のいじめ問題は今は何を優先していいか誰もよくわかってないように見えるが、
「自殺する子供をなくすように」の観点から考えれば自ずから見えてくるのではないか。
それはきっと学校に監視カメラをおくことではないだろう……。
政府と民間で「自殺者1万人削減!」をスローガンに掲げて邁進したら、
数字目標が大好きな日本人のこと、もろもろの社会問題にわかりやすく対応できるんじゃないか……。
と、(前置きがめちゃめちゃ長くなったのだが)、そんなことを考えていたとき、『生き心地のよい町』を読んだ。
(これは偶然ではなくて、映画も本も妻が見つけてきたのを私が追随しているだけだ。)
本書では私の漠然とした妄想をひじょうに論理的かつ具体的に提示してくれていた。
徳島県の旧海部町は日本の市町村の中で突出して自殺率が低い。
隣の町と比べても圧倒的に低い。
それは本当なのか。本当だとしたらなぜそんな町が存在しうるのか、とまるでソマリランドのような謎の町を
研究者が大胆な発想と緻密な調査で探求したルポである。
結果から言えば、海部町は本当に自殺する人がひじょうに少なく、その理由はこの町が「生き心地のよい町」だったから
だったという。
つまり、「自殺が多い=生きにくい社会、自殺が少ない=生きやすい社会」という結論にきちんと学問的にたどりついているのだ。
なぜ海部町だけが特殊なのか、そして海部町の生き心地のよさとは何なのかは、独特の伝統と歴史が背後に存在し、
それもまたソマリランド的で興奮してしまう。
文章もいい。海部町の生き心地のよさを文章の読み心地のよさで表現しようとしている。
旧海部町とブータンに共通することもあるし、私は本書のおかげで社会における自分の役割を再確認したとか、
(私だけでなくエンタメノンフ文芸部の人たちはみんなそう)
いろいろ書きたいのだが残念ながらそこまで書く時間がない。
今、飲酒による早朝覚醒を利用して一気に書けば、本書は私が今年読んだ本の中でベストだ。
ソマリランド本とちがい、薄いし、安いので、2時間くらいあればすぐ読める。
とにかく本書を一人でも多くの人に読んでほしいと思う。
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