太平洋もインド洋も波高し
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最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
私の「ビルマ・アヘン王国潜入記」英語版”The Shore beyond Good and Evil”:A Repot from Buma’s Opium Kingdom(善悪の彼岸:ビルマ・アヘン王国からの報告)を出版してくれた、コタン・パブリッシングの金丸社長と、ほとんど1年ぶりに会った。
いったい私の本はどうなってるのか?
訊ねたところ、金丸社長は「たいへんだったんですよお!」と涙ながらに顛末を語った。
アメリカには1000部卸し、そのうち百数十部が売れた時点で、Distributer(取次みたいなもの)が倒産、売掛金は帰ってこず、しかし社長が自分の貯金をはたいてアメリカに乗り込み、残りの本八百数十部を取り返し、また自腹で日本へ送り返したという。
意外なことにインドでは売れ行きがよく、やはり初期の段階で100部以上売れたのだが、ここでもトラブル発生。
なんと私の本がインド当局の検閲に引っかかり、「政治的にまちがっている」というスタンプを押されてしまった!!
言っておくが、この本にはインドなどまったく出てこない。
そして、インドは別にミャンマーと仲がよいわけではない。
じゃあ、いったいどうして?
理由は驚くべきものだった。
本のなかにミャンマーの地図が掲載されている。で、その周辺国の国境線が簡単に記されている。インドも隣国なのでちょこっとだけ書かれている。
それがまずかった。
インドと中国は互いに主張している国境がちがう。マクマホン協定に沿いインドがアルナーチャル・プラデシュ州だと認識している山岳地帯は、中国は自国の領土だと言っている。この国境問題で70年代に中印紛争が起きたのだ。
そして、私の本の地図は中国の主張にそった国境になっていた…。
地図を作ったのはデザイナーだし、私たちもミャンマー部分は丹念にチェックしたが、インド部分なんて目にも留めなかった。
しかし、インド政府はあらゆる出版物をチェックしているようである。インドはパキスタンとも国境紛争があるから、そちらも要注意である。
だけど、そんなスタンプが押されたら、返品されたとき二度と商品にならない。これも廃棄処分になり、魅力的なインド市場からも撤退するハメになった…。
ちょっと想像もできないトラブルだ。
「どうして、日本のノンフィクション作家は海外に向けて発信しないのか!?」と疑問に思っていた。「知の巨人」と呼ばれる立花隆ですら、どうやら翻訳本はないらしい。
きわめてドメスティックな知の巨人なのだ。
柳田邦夫、佐野眞一、沢木耕太郎なども同様だ。海外では誰も知らない。
実力があるかないか以前に発信する気がないのである。
金にもならない面倒なことはしたくない—-そんなところだろう。
そんなわけで、よっしゃー、オレが風穴開けてやるぜ!と意気込み、無理を押して、英語版を出したのだが、太平洋もインド洋も「波高し」だった。
まあでも、その予想がつかないところがおもしろいのだ。波が高ければサーフィンもよりエキサイティングだ。天気晴朗なれど波高しではなく、「波高しなれど天気晴朗」の探検精神で、これからも金丸社長ともども頑張って行きたい。(しかし、金丸さん、ほんとうにご苦労さま!)
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