*

日本冒険界の奇書中の奇書

公開日: : 最終更新日:2012/10/17 高野秀行の【非】日常模様


(昨日からのつづき)
「冒険家の藤原さん」で「イリアン」といえば、思い出すのは峠恵子の「ニューギニア水平垂直航海記」(小学館文庫・絶版)である。
これは紛れもない冒険界の奇書中の奇書だ。
まず著者の冒険の動機が尋常でない。
峠さんはシンガーソングライター。それまでトントン拍子にプロのミュージシャンになり、
周囲は暖かく、楽しく、言うことなしの人生。
その峠さんの最大のコンプレックスは「自分は苦労を知らない」ということ。
このままでは将来、大変なことになるのでは…という不安にさいなまされた結果、
自ら苦難の中に飛び込むことを決意。
フラッと立ち寄った書店で何気なく手に取った「山と渓谷」に「日本ニューギニア探検隊募集」とあるのを発見、アウトドアに無縁だったのに、いきなり応募してしまう。
それは「ヨットで太平洋を渡り、ニューギニア島を目指し、それからゴムボートでニューギニアの河を遡航、オセアニア最高峰カールステインツ山の北壁を初登頂する」という、
すんごいもの。
この探検隊を計画した隊長が藤原一孝氏。
かつては山岳界で数々の初登攀を成し遂げ、その後海に転じて日本にウィンドサーフィンを
普及させるカリスマとなった人だという。
峠さんはこの隊に参加してしまうのだ。
「苦労したい」というだけの理由で。
他に隊員は二人。
元自衛隊と早大探検部の現役学生ユースケ。
この「ユースケ」とは、なんと角幡唯介。
「空白の五マイル」で開高健賞と大宅賞をダブル受賞し、先日は「雪男は向こうからやってきた」で新田次郎文学賞まで受賞してしまった彼は、学生時代こんなこともやっていたのだ。
元自衛隊員は船酔いに耐えられず早々に脱落。
結局、藤原隊長、角幡、そして峠さんという珍メンバーでニューギニアに向かった。
しっかし、この探検隊はすごい。
やっていることは並みじゃない、冒険以外の何モノでもないのに、実に杜撰でテキトーなのだ。
ヨットの燃料計が壊れていて走行距離がわからないとか、ニューギニアに着いたら
予定のゴムボートじゃなくて海用のヨットでそのまま河を遡航してしまうとか、
オセアニア最高峰が現地の諸問題で登れそうにないので、別の山にひょいっと変えてしまうとか…。
ド素人の峠さんは標高四千数百メートルの岸壁を根性だけで登ってしまう。
さらにそのあと、なぜかニューギニアに住む「幻の犬」を探すことになり、
呆れた角幡はそこで帰国してしまう。
そのほか、詐欺にあったり、パプアニューギニアとインドネシアへ密入国を繰り返したり、
長い待ち時間はひたすら麻雀に明け暮れていたりと、もう、とりとめがない。
それはもう他人事と思えないくらいデタラメである。
結局、幻の犬探しは断念し、隊長と峠さんは再びヨットで太平洋をわたって無事帰国する。
エピローグにはこう書かれている。
「帰国して隊長は再びニューギニアへ旅に出た。2人でやり残したものの「後片付け」をしに、今度は1人で……。」
隊長の後片付けとは何だったのか。
幻の犬探しだろうか。(タスマニア・タイガーのようなやつらしい)
と思っていたら、なんと現地でネットカフェをやっていて、
そこに酒井選手が入り浸っていたのであった。
やってられないくらいのおもしろさである。
ぜひ峠さんのこの奇書をどこかで復刊してほしい。
「越境フットボーラー」と合わせて読むと、こんなに楽しいことはない。

関連記事

no image

『腰痛探検家』&『空白の5マイル』発売

早大探検部の後輩で、今年開高健ノンフィクション賞を受賞した 角幡唯介『空白の五マイル』(集英社)が

記事を読む

no image

幸いにも大事には至らず

四倉の状態だが、怪我はしたけど大丈夫で、本人が自ら電話で 「早く現場に戻りたい」と言っていたそうだ。

記事を読む

no image

続・プロレスの罠

こんなことをしていてはイカン!と思いつつも またもやプロレス本を一気読み。 小島和宏『ぼくの週プロ

記事を読む

no image

柏レイソルに敗れる

ソマリランドの命綱とも言われるベルベラ港の出身のソマリ人がいると聞き、 その人の住む柏まで会いに行く

記事を読む

no image

急性アルコール分離症候群

昨日、帰国しました。 ソマリランド(&ソマリア)に行ったときはいつもそうなのだが、 だいたい毎日葉っ

記事を読む

no image

逃亡先としての「辺境」

知人に勧められて、乃南アサの『涙』(新潮文庫)を読んだ。 1964年、東京オリンピックの最中に殺人

記事を読む

no image

盲想、ソマリランド、犬部! 移民の宴

ツイッターを始めてから、書くことがどうしてもブログとダブるため、だんだんブログから遠ざかってしまって

記事を読む

no image

夢から悪夢へ

11日の午後2時ごろまで、「王様のブランチに出たら今度こそ本が売れる」とか 優香のコメントが出たらも

記事を読む

no image

ムベンベは捕獲されていた!!

『怪獣記』刊行に先駆けて、「サンデー毎日」と、 取次ぎ会社・日販のPR誌「新刊展望」のインタビューを

記事を読む

no image

日本浄土

 最近手元に置いて、仕事が手につかないとき、 つまりしょっちゅう、ページをめくるのは 藤原新也『日

記事を読む

Comment

  1. toshi より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4322; InfoPath.2; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    峠さんのカーペンターズは絶品なんですけどねー、

  2. コシチェイ より:

    AGENT: DoCoMo/2.0 N05A(c100;TB;W24H16)
    たしかにそれはやってらんねー!!読みたい!!…しかし、今イリアンにその藤原さんがいるって事は、居着いたって事なんでは?それってやはり「幻の犬」探しの為…?

  3. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.19 (KHTML, like Gecko) Chrome/18.0.1025.168 Safari/535.19
    誤解があるといけないんですが、峠さんはほんとに冒険していて凄いし、
    この本も面白いんですよ。

  4. toshi より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4322; InfoPath.2; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    >誤解があるといけないんですが、峠さんはほんとに冒険していて凄いし、
    >この本も面白いんですよ。
    そのことがシンガー峠恵子にとってプラスかどうかが
    気がかりだということです(笑)。

  5. 惑星 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:12.0) Gecko/20100101 Firefox/12.0
    これはすごい本ですね。高野さんの本も大概ですが、これはもう狂っているとかそんなレベルです。

  6. かくはた より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/536.5 (KHTML, like Gecko) Chrome/19.0.1084.52 Safari/536.5
    二年ほど前、峠さんに久しぶりにお会いしました。
    ニューギニアの時と全然変わってなくて(つまり変わっている人ということなんですが……)、びっくりしました。
    今度、ご紹介しましょうか?
    藤原さんのことも、いろいろ聞けますけど。

  7. ishiland より:

    はじめまして高野秀行さま
    書評のコーナー楽しく拝見させてもらってます。
    峠さんの本、是非復刊してほしいです。
    復刊ついでに私的なことですが、2点ほど
    角幡さんが10年位前ヤルツアァンポの大屈曲部の調査を報告された時、
    チベット関係のことが知りたくなり、ジェームズ ヒルトン「失われた地平線」
    が読みたく復刊サイトに一票投じました。いままで絶版となっていました。
    が、河出文庫でめでたく昨年9月復刊されました。
    これがまた石川直樹さんの解説が載せてあり2度ビックリ。
    それと絶版の本ですが、
    以前、高野さんが戦記にエンタメノンフ無しと申されていましたが、
    ある一等兵の手記・
    戦時下のビルマ奥地で、当時人食い人種といわれたカチン族の王様に
    なったり、ゼロ戦に攻撃されたり、怪しいものを食べさせられたり、
    これって?
    妹尾隆彦 『カチン族の首かご』 梅棹忠夫解説、文藝春秋新社、1957年。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%B9%E5%B0%BE%E9%9A%86%E5%BD%A6

  8. Asking questions are truly nice thing if you are not understanding anything totally,
    but this article presents nice understanding
    yet.

  9. dental flipper より:

    Now, you’re more equip with knowledge regarding farming. Lego will be the latest franchise to enter the world of on the web with their Lego Universe Massively Multiplayer Online Game (MMO). Not to cover when you might be trying to get game day tickets to go to the Philadelphia Phillies games.

    My site … dental flipper

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • タイ北部の狩猟採集民ムラブリの言語を研究している伊藤雄馬さんとの対談が掲載された。ムラブリも不思議だが、ムラブリ語を研究するうちに自分もムラブリ化してしまい、大学を辞めて日本国内で雑草を食べたり野宿したりしているという伊藤さんに驚… https://t.co/0U6LK1DK8z ReplyRetweetFavorite
    • RT : 「考える人」に、『言語の本質』の著者・今井むつみさんと、ノンフィクション作家の高野秀行さんの対談が掲載。『言語の本質』、『語学の天才まで1億光年』、『言語はこうして生まれる』の3冊を導きの糸として、AIと言語について語る前後編です。ぜひご一読… ReplyRetweetFavorite
    • これは読まねば。 https://t.co/29uT6pDwvB ReplyRetweetFavorite
    • 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。… https://t.co/pC6nt2SdzF ReplyRetweetFavorite
    • RT : 高野秀行さんのインタビューです。海外で大切なのは「相手をリスペクトすること、そして好奇心を持つこと」。 インドで身ぐるみ剥がされて気づいた異文化コミュニケーションのヒント。探検作家・高野秀行の多様性社会論 | コトナル - Yahoo! JA… ReplyRetweetFavorite
    • 『イラク水滸伝』の再校ゲラが届いた。恐ろしい分厚さ。次回は絶対に薄い本にしようと改めて心に誓う。ともかく中休みは終わり、これから約10日間が最後の山場だ〜 ReplyRetweetFavorite
    • 気を取り直して、これから少しずつ読みます。 https://t.co/1QtzRdWBVL ReplyRetweetFavorite
  • 2023年6月
    « 3月    
     1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
PAGE TOP ↑