上野動物園ゴリラ秘話(3)
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最終更新日:2012/05/28
辺境動物記
ゴリラ”ブルブル”のテレビ観賞、次は格闘技だ。
プロレスは力道山こそもう死んでいたが、馬場猪木組の人気が出ていた頃だと思う。キックはあの「真空飛び膝蹴り」の沢村忠がスターとなり、一大ブームを築いていたはずである。
プロレスは4人タッグ(つまりふつうのタッグマッチ。当時はこういう呼び方がされていたようだ)、キックボクシングは日本人選手とタイ人選手の試合を見せた。
だが、結果は芳しくなかった。
テレビから離れて、壁に背中をもたれて、アクビを連発しながら、見るともなしに見ている。
つまり、番組には興味がないが、一人暮らしだし、なんとなく見ているという感じだ。 飼育係の日記は次のようである。
「選手たちの熱闘もゴリラから見れば児戯に等しいのかもしれない…」
そりゃ、ジャイアント馬場だろうが、沢村忠の真空飛び膝蹴りだろうが、戦えば絶対にブルブルのほうが強い。なにしろ、ゴリラだ。
「こいつら、弱いな」と思ったら、さすがに興奮しないだろう。
しかし、それならまだいい。野性の直感で、「こいつら、真剣に戦ってないじゃないか。筋書きが決まってるんじゃないの?」とか思われていたら、目もあてられない。
さらに、上野動物園のスタッフは、ゴリラとテレビの実験(そう考えていいだろう)を続ける。
もう要約するのが面倒くさいし、本文がじゅうぶん面白いので、そのまま引用する。
7月1日〜31日。
この期間にはマンガを見せることにした。
「ハクション大魔王」「いなかっぺ大将」「帰ってきたウルトラマン」の三本である。
当時、人気のマンガであったが、注目度はスポーツよりも一段と低い。
「帰ってきたウルトラマン」には、さまざまな怪獣(ぬいぐるみ)が出て来るので反応を楽しみにしていたが、チラリと見ただけで興味を失った。本物でないことをすぐに見抜いたらしい。
「いなかっぺ大将」はほとんど画面を見ることもなく終わった。
わずかに「ハクション大魔王」では、クシャミとともにあらわれる魔王に興味を示したのみである。これとても、大魔王そのもののキャラクターよりも、突然、小さな壺の中から大魔王が出てきたり、急に小さくなって壺のに入るという場面転換のおもしろさだったのかもしれない。
8月1日〜31日。
この期間はドラマを観賞させた。
あらかじめ予想されたとおり、これはまったく関心を引かない。メロドラマもホームドラマもブルブルの興味の外であった。
吉永小百合が懸命に演じる悲恋物語も、ブルブルは、チラリと画面に目をやっただけで、あとはゴロリと横になり、アクビを繰り返し、天井を眺めて、いつの間にか、寝込んでしまったのである。
かくしてゴリラのテレビ観賞テストは終わった…。(以上P.246)
というわけである。
かなり面白い。
この動物実験(でしょ、やっぱり)の面白さは何通りもある。
一つは、1.「野生もの」、2)スポーツ、3)アニメ・特撮、4)ドラマの順に好評だったことだろう。
特に、ダントツは「野生もの」で、もし、これからゴリラ社会にテレビが普及した場合、テレビ関係者はひたすら野生もの、それもアフリカものを流せば、コンスタントに高視聴率が稼げるという貴重な事実が判明したわけだ。
この結果は、誰もが「ゴリラが見たらきっとこうなるだろう」という予想に忠実に沿っているのも興味深い。
いわゆる「ベタな展開」と言ってもよく、意外性がゼロであるのが逆に意外である。
もう一つの面白さは、ブルブルの”人間らしさ”だ。
夢中になれば、腹ばいになってかぶりつきで見るし、それが終わると舌打ちして、引き上げる。
あまりおもしろくないと、ぼんやりとアクビしながら眺めているし、完全に退屈すると「ゴロリと横になり、アクビをし、天井を見上げ、いつの間にか寝入ってしまう。
特に「天井を見上げ…」の下りが泣かせる。
動物ものではなく、人間ドラマとして泣かせる。
一人暮らしの男の悲哀が真に迫っている。
ドラマやアニメのおもしろさを理解しないのも、いちがいに「所詮はゴリラだから」と言いきれない部分がある。
もしかして、ブルブルは一般の日本人より「大人」なんではないか。
なにしろ、ドラマもアニメもしょせん作り話である。ウルトラマンの怪獣に喜んでいるのは子供であり、「こんなの、着ぐるみじゃん」と醒めた目で見ているブルブルは、どう考えても大人だ。
ここで不意に、人間としては誰よりもゴリラに近いと思われるノノさんを思い出した。
「探検界の寅さん」ことノノさんは実はアニメ・特撮もののオタクで、屋久島の原生林の真っ只中に自力で立てた家の中はDVDだらけであるらしいが、今日、日帰りで、「ゴジラ」を見るためだけにフェリーに乗って鹿児島へ行っているはずだ。
ブルブルはノノさんよりもずっと社会的に成熟していると断定してもいいだろう。
もっとも、ブルブルとノノさんには、共通項がある。
ともに、彼女がいない孤独を、映像で癒している点だ。
前にも書いたが、ブルブルは、一緒に暮らしていた雌ゴリラがリューマチになり、治療のために隔離されたために、脱毛症(と書いたが、実は自分で身体の毛をむしりとるという奇癖)になった。そして、それを治療するためにテレビが導入された。そして、テレビを見るようになって、実際にその症状はすっかり治ってしまったという。
動物番組に対する関心はその後も薄れることがなく、それどころか、日々の楽しみにしていたようだという。
今風の言い方をすれば「動物ものにハマっていた」といえる。
彼は、上野動物園という、一種の都会の中で、なつかしい自然を見て孤独を癒していたのだ。
いっぽう、ノノさんは、森の中の一軒屋で、アニメや特撮ものになつかしい文明生活(?)を見て、失恋の痛手を癒している…。
ブルブルとノノさん、いったいどちらが人間に近いのか、それがこれからの研究の課題である。
でも、ブルブルは「彼女が病気になったため引き離された」のだから、そもそも彼女がいないノノさんより一歩リードといったところか…。
(終わり)
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Comment
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えー、ワザワザ鹿児島まで日帰りで「ゴジラ」を見に行ったNONOであります。
いっぱい怪獣が出て面白かった。バトル凄かったし。
ところで高野氏のコメントに異論アリ。
「こんなの作り物じゃん」と醒めた目で見ながら、なおもそこにこそ形式美を感じ、熱くなれることこそ、真の大人の文化ではないだろうか?
オレ個人のことはとにかく、
「オタク」とは決して社会的に成熟していない「幼い」思考、感性を持つ者を指すわけではないのだ。
むしろ興味を寄せるモノに関しては偏執的なまでも、追及を緩めない探求者なのである。子供じゃないのだ。
そんな一歩間違えば異常な情熱こそ、人類の文化、文明を進化させてきたのだ。そう、オレは断言できる。
ゴリラとは違うのだ。
あんなモン喰ってしまうのだ。
ゴリラ、かわいいけどね。
yukaさん、すみません、昨日も今日も風呂、入ってません。
明日、入ります。
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ノノさん、こんばんわ。
怪獣を見に海を渡る、何てすてきなんでしょう。
上京の際は私もぜひお会いしたいです。
さて、
「こんなの作り物じゃん」と醒めた目で見ながら、なおもそこにこそ形式美を感じ、熱くなれることこそ、真の大人の文化ではないだろうか?
ノノさんのコメント、これそのままプロレスにも当てはまってしまう…。
“キックの鬼”沢村 忠
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