*

これからは「盲人サッカー」だ!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

以前「少林サッカー」という面白い映画があったが、それはもう古い(私が言うまでもなく古いけど)。これからは「盲人サッカー」だっ!
と言っても何のことかわからないので、ご説明しよう。
 昨日、盲目のスーダン人留学生マフディ(仮名)を自宅に呼び、日本人の友人夫婦と一緒に宴会をした。
 なぜ、仮名かというと、彼のことは来年2月に集英社文庫より発売される「異国トーキョー物語」に同じ仮名で書いたからである。
 私がどうして盲目のスーダン人とつきあっているのか、それはその本に詳しく記したのでここでは説明しないが、とにかく面白い男である。
 
日本に来て6年だが、ものすごい日本語がうまい。
 アラブ人とアフリカ黒人がちょうど半々くらいに混ざったような肌の色と巻き毛の髪をしているが、接していると、日本人にしか思えなくなるくらいだ。
 彼はムスリムだが、酒好きである。
 昨日もビールやワインをガンガン飲んでいるので、私がわざと「ムスリムが酒を飲んでいいのか?」とツッコンだら、「規制緩和の一環ですよ」とニヤッとした。
 マフディは、いわゆる「原理主義」はもちろんのこと、頑ななムスリムを嫌っている。「神さまはね、いちいち戒律を全部守らなければ地獄へ落とすなんてことはしませんよ。もっと寛大なはずです」が持論だ。
 キリスト教や、ユダヤ教にも批判的。
 「やっぱ、一神教は心が狭くてダメですね。いい加減とか言われるけど、日本の八百万の神、あれがいちばんいいね」だそうだ。
盲人でありながら彼はスポーツが大好き。
 特に野球とサッカーはめちゃくちゃ詳しい。
 私は野球好きで、友人の一人はサッカーファンだったから、両方の話題にちゃんと対応する。
「広島カープのピッチャーは酷使されすぎて、すぐダメになっちゃう。まあ、金がないからしょうがないんだろうけど」とか「清水エスパルスのエメルソン、彼はすごいよ。早く帰化して日本代表になるといい」とか、実によく知っている。
(註:これは私の勘違い。エメルソンは浦和レッズでした。すいません)
 もっとも、本物の野球やサッカーはやったことがない。
 私は昨日、野球のグラブとボールをプレゼントした。彼は硬球を握ったのは初めてだったそうで、ボールの握り方も知らなかった。
 まず、ストレートの握りを教えたら、「え、二本の指しか使わないの?」と驚いていた。 わしづかみにすると思っていたらしい。
 私は、「ひとさし指と中指に力を入れてボールを放すと、球に回転がつき、ボールがホップするんだよ」と彼の手をとりながら説明すると、彼は「あー、そうすると、手元で球が伸びて、打ってもみんなフライになっちゃうわけね」と訳知り顔に言った。
 彼は全部「耳学問」だから、理屈はなんでも知っているのだ。そのくせボールの握りも知らないという落差が笑える。
と思っていたら、理屈だけでなく、実践もちゃんとやっていた。
 彼は「盲人野球」というのをやっている。音で判断できるように、中に鈴を入れたハンドボールを転がして打ったり投げたりするものだ。
 それは知っていたが、昨日初めて聞きびっくりしたのは「盲人サッカー」だった。
 同じように、ボールに鈴を入れるが、それ以外はほぼふつうのサッカーと同じルールだという。全力で走り、ドリブルで相手を交わし、シュートを打つという。
 彼のチームは昨年、全国大会で優勝したそうで、ものすごいうまい人が何人もいるそうだ。
 ゴール前でシュートを打つときは、ゴールの後ろでコーラー(caller)という人が指示を出して、ゴールの位置を教える。「そこから45度の方向」とか「キーパーが前に出てきている」とか。
 それを聞いて、的確な方向にシュートを打つ。ゴールが45度の角度なら45度の角度にぴったり打つ。もっとうまい人は、ゴールの隅を狙って、48度くらいの角度で蹴るというから驚く。
 鈴の音を利用したフェイントで相手のディフェンスを抜くという技もあるらしい。
「高野さんたちも今度一緒にやらないですか?」とマフディは言った。
「え、そりゃ、おれたちの方が勝つに決まってるだろう」私が笑うと、彼は笑い返した。
「目が見える人はアイマスクをつけるんですよ」
「え?!」
 私も友人も仰天した。同じ条件でやれと言うのか。
 しかし、目が見えない状態で、集団プレーをするなんて想像もできない。だいたい、怖くてまっすぐ走ることすらできないだろう。
 でも、マフディによれば、「最初は怖いけど、慣れると他の選手の動きのパターンがわかるから大丈夫」だそうだ。
 勘が研ぎ澄まされるらしい。
 日頃、日本代表の「決定力不足」を嘆き続けている友人は、大いに感心した。
 「よく、”うまいフォワードはゴールへの嗅覚が働く”っていうけど、まさにそれだね」  私も言った。
「日本代表も、一度アイマスクをして、盲人とサッカーをするといいんじゃないか。きっとすごく鍛えられる。それに目を開けたとき、目が見えるありがたさでボンボン、シュートを打てるようになるんじゃないか」
 友人は「あ、それ、絶対いいよ!」と興奮し、「オレ、ジーコに手紙書くよ!」とまで言っていた。
 実際見てみたいものだ。
「日本代表VS盲人代表」の試合
 いい勝負になるような気がする。
 
 しかし、日本代表の前にまず私自身が盲人サッカーに挑戦せねば。
 すごく面白そうだけど、怖いだろうなあ…。
 でも、やってみたい。
というわけで、これからは「少林サッカー」じゃなくて、「盲人サッカー」なのだ!

関連記事

no image

野口英世は史上最強の日本人探検家!

高野秀行公式サイトへようこそ。  ここでは私の日常模様を書くことになってるのだが、私の日常は「飲む、

記事を読む

no image

タマキングにカヌーを習う

先週の金曜日、またしてもタマキング(宮田珠己)と一緒に川へ出かけた。 私は来年初めにメコン川を二ヶ月

記事を読む

no image

酒にふりまわされる人生

この十数年で飲んだ大量の酒がついに体の飽和量に達してしまったのか、 まったく酒を飲む気にならず、なん

記事を読む

2014年に読んだ本ベストテン

新年あけましておめでとうございます。 昨年はほんとうに忙しかった。というか、その慢性多忙状態は

記事を読む

no image

超能力者の支配する世界

貴志祐介のSF巨編『新世界より』(上・下 講談社)を読む。 SFを読んだのは久しぶりだが、面白かっ

記事を読む

no image

形見の銃弾

 義父が昨年1月、義母が今月と、相次いで亡くなったため、 妻の実家は遺品の山である。  なにしろ8

記事を読む

no image

探検部の後輩、パキスタンで銃撃される

下北沢で某社の編集者と打合せを兼ねて飲んでいた。 本題前の雑談で「パキスタンというのは意外といいとこ

記事を読む

R-40本屋さん大賞ノンフィクション・エッセイ部門で1位(改訂版)

ワンテンポもツーテンポも遅れてしまったが、一昨日発売の「週刊文春」誌上で発表された 「R-40本屋

記事を読む

no image

ラジカル佐藤英一先輩逝く

昨日は大阪に行ってきた。 早大探検部で私より2つ上の先輩が心筋梗塞で急逝し、その告別式があったのだ

記事を読む

no image

「イエティは現実だ」

長らく待っていたブータン行きがやっと決定した。 来週の14日(水)に出発となった。 期間は約一ヵ月半

記事を読む

Comment

  1. nanhai より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.0; Mac_PowerPC)
    先日はどうもごちそうさまでした。
    すっかり酔っぱらってしまい失礼いたしました。
    でもとっても楽しかったです。
    今日散歩がてら、芦花公園にあるフットサル場の
    案内をもらってきました。個人参加できる日もあるみたいですよ。
    残念ながら盲人サッカーにはちょっと不向きっぽい場所でしたが・・・。
    で、マフディ(仮名)君の名誉のために、ひとつ指摘をば。
    エメルソンは清水エスパルスの選手ではありません。
    浦和レッズです。今度サッカーも見に行きましょう。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年11月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    252627282930  
PAGE TOP ↑