大野更紗ができるまで
公開日:
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最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
火曜日、『困ってるひと』が発売されて初めて大野更紗さん宅を訪れた。
思えば、彼女から「何か書きたい」とメールをもらったのは、たかだか一年ちょっと前のことだった。
その壮絶な状況にびっくりして、とりあえず「オアシス」の619号室に彼女を訪ねた。
彼女に文章が書けるかどうかもわからなかったが、病院に行く電車の中で、
私はもう「困ってるひと」というタイトルを考えていた。
「苦しんでいる」とか「悩んでいる」では、一般読者と距離が出てしまう。
多くの闘病記と同じように、「ああ、こんな大変な人がいるんだ」で終わってしまう。
「困ってる」なら、誰でもあることで他人事ではないし、困ってるのは「状況」にすぎないから、助けることもできるし、何かを物理的に改善すれば、困らなくなる。
で、病院に行って大野さんに会ってみたら、体はキツそうだったが、
とても20代半ばの女子とは思えない落ち着きぶりで、本書にあるように、
ふっきれたユーモアを湛えていた。
体験が彼女を大人にしたことは間違いない。
彼女はさすがに私の本の愛読者だけあって、「ふつうの闘病記にしたくない。もっと面白くて笑えるものが書きたい」という。
まったく私と考えていることが同じなので、じゃあ「困ってるひと」というエッセイで行こうとすんなり決まった。
ただし、この時点で私の考えていたのは正岡子規の「病床六尺」的なエッセイだった。
自分の病気のことを語りつつ、この狭い病室(その後は自宅になるけど)から眺めた外の世界のことや読んだ本のこと、ビルマのことなどをつらつらと書く…てな感じだ。
その方向でポプラ社の編集者Sさんに話し、スタートしたが、
最初にちょっとだけ入れるはずの自分の難病体験談が止まらない。
でもその話が滅法面白い。
私は「面白ければなんでもいい」と考えるタチなので、そのまま続けていった。
ただし、構成とか表現とか比喩の使い方とか、あと特にギャグがイマイチだとかはすごくうるさくチェックして、あれこれ指摘した。
あんなギリギリで生きている難病の女の子に何度もダメ出しをしていいのか(しかもギャグがつまらないとか)と申し訳なく思ったが、私は他のことはともかく原稿だけは妥協しない。
心を鬼にして、やった。
彼女は本当によく頑張っていた。
「できません」とか「どうしたらいいかわかりません」と泣き言を言ったこともないし、むしろ「あれこれ言われたほうがホッとします」というM体質な面を見せていた。
私はだんだん自分が「パパ先生」になってるような錯覚がしてきた。
彼女の飲み込みの早さも特筆すべきで、「ここは盛り上がりをもっと後にもってこないとバランスがわるい」とか「説明じゃなくて描写して」といった指摘にも
「あ、そうですね」とすぐに理解し、次には求めていた以上の原稿をあげてくる。
まるでもう10年も文章で飯を食ってきた人みたいなのだ。
ものすごい勢いで作家に成長していった。
あの独特のリズム感(これについては天才的)もどんどんよくなっていく。
単行本が出るとき、正直私はこの本が面白いのかどうかよくわからなくなっていた。
自分の本も出るときはいつもそうだが、ゲラのチェックや校正やらで、あまりに何度も読み返していると、内容にも飽きるし、つまらない感じがしてくるものなのだ。
昨日、出版後初めて読み返してみた。なるべく一般読者のつもりで。
「ご危篤」や「お尻流失」ではそれまでは何度も読んでいてどうとも思わなくなっていたが、やっぱりすごい話だ。
しかもその後も容態はさして変化していないわけで、よくこの状態で原稿なんか書いていたよなと感心するしかない。
さらに、友だちにも見放される「わたし、マジ難民」でぐぐっと引き込まれ、
次の「わたし、生きたい(かも)」ではおおっ!となってしまった。
最後の「あとがき」のラスト一行が絶品で、「この本、やっぱ、すごいじゃん!」と今更感じ入ってしまった。
さて、今日は彼女の出版記念トークイベント。
「高野さん、何か準備しなくていいんですかね?」と大野さんがこの前心配そうに言っていた。
「準備ってどんな?」
「ほら、パワーポイントとか…」
「パワーポイント?!」
作家のトークイベントでパワポなんて初耳だ。
肝臓の数値とかグラフにするんだろうか。
ありえねー!
「だって、私、大学院生だから…」と彼女は恥ずかしそうに笑う。
そうだよね、作家以前にほんとうは大学にいるべき人なんだよね。
その彼女が久しぶりに所属先の上智大学に今日これから戻って講演する。
本来の戻り方ではないけど、彼女は自力で戻ってきたのだ。
「よくやったね、更紗ちゃん」と言ってあげたい。
あと、やっぱりパワポは要らないと思うよ。
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今、買おうと思っている本(読みたい本)
1.困っている人:たぶん明日買います。
2.イスラム飲酒紀行:トークイベントで買います。
3.ふがいない僕は空を見た:図書館で借りようと思っていますが、なかなかあかないので買おうかと思っています。
しっかし近所の本屋はバカの一つ覚えのように東篤哉ばかりで「困っている人」が置いてなかった。残念でした。
明日は金町で探します。
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昨日の大野さんのトークショー参加し、2冊目を買ってしっかりサインもしてもらいました。生高野さんも見ることができました。内容は、もっとエンタメノンフィクション路線でも良かったかとは思いますが、本当に大野さんはいろんな事をしっかり考えている人だと感じました。50歳のオヤジは私ぐらいであとは真面目な学生さんやご自身ご病気をお持ちの方が多く、大学の先生のリードで進行されたのですこし重いと感じましたが。
それにしても、高野さんには、ご自身の本で楽しませて頂いている上に、大野さんをはじめ本当に素晴らしい方を教えていただいて感謝しています。
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Amazonで取り寄せて先週土曜日に到着。2〜3時間で一気読みしちゃいました!
ほんまに素晴らしい本です。
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本当に素晴らしい本だったし
高野さんのプロデュースも素晴らしい!
今年一番の本ですよ!!!
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何度も雷に打たれたようなショックを受けた。
なぜ、更紗さんはこんなに客観的にご自分のことを語れるのか?
なぜ、あのようなひん死の状態でいろいろなことを、やってのけられるのか?
なかでも、「あのひと」とのエピソードには、胸が熱くなった。
46歳にもなって、他力本願の甘っちょろい自分をノックアウトした本です!
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大野さんの行動力に圧倒されました。
私も同じ年代で膠原病患者なので、元気が出ました。すご〜く面白かったです。
毎日、必死に生きてみる価値はある(かも)と感じられる、元気になる本でした。明日も頑張って生きたいです。
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初めましてみみりんと言います。これから宜しくお願いします。
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は ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄疲れた、踊って少女時代の、ジーを、踊ったんだ、疲れるけど、なんか楽しいよ!みんなも、踊ってみれば!
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変なことだけどいうの忘れてた、眠い、寝ようかな、そろそろ
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はじめまして。
脳脊髄液減少症患者のゆめと申します。
ご存じですか?
脳脊髄液減少症。
見た目、健常者、しかし、
最悪時の自覚症状は「生き地獄」の事故後遺症です。
しかし、一般的な検査では、異常数値がとらえられないために、
異常なしとほうりだされ、医師にも相手にされなくなります。
この病気が、いかなる難病よりも、
あまりにも医療にも福祉にも支援がない状況にあることを、ご存じですか?
もちろん難病指定された病のように、医療費の公的負担なんてありません。
それどころか、必要な治療に健康保険もきかず、
2010年3月までは、この病の診断に欠かせない、
RI検査ですら、一部病院では健康保険がきかず、患者は自費で支払ってきました。
できれば、
交通事故の被害者で、脳脊髄液減少症になった患者の実態を、
ぜひ、取材してみてください。
お願いします。
そうすれば、一見病人に見えないけれど、
「もっと困ってる人」の存在が見えてくるはずですから。