*

日本の中世人と現代ソマリ人の共通点と相違点

公開日: : 最終更新日:2013/05/31 高野秀行の【非】日常模様

2013.05.28kennka『謎の独立国家ソマリランド』の感想を述べたツイートに、清水克行『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)にそっくりだという趣旨のものを見ていたく興味をそそられた。
もとよりソマリ世界は日本の室町から戦国時代によく似ているとかねがね思っていただけに
興味津々で読んでみた。

著者は、『龍馬史』の磯田道史氏と同じように、頭が切れ柔軟な思考をもち文章も達者な若手研究者だ。

で、結論から言えば、中世人とソマリ人は確かによく似ている。例えば、著者は最後で本書の論旨をこうまとめている。「当時」とは中世のことだ。

「当時の人々は、身分を問わず強烈な自尊心をもっており(名誉意識、第一章)、
損害を受けたさいには復讐に訴えるのを正当と考え(復讐の正当性、第二章)、
しかも自分の属する集団のうけた被害をみずからの痛みとして共有する意識(集団主義、第三章)をもちあわせていた。
それらは、いずれも現代に生きる私たちの感覚からは大きくかけ離れたものであり、
それが当時の社会の紛争を激化させてしまう大きな要因となっていたのである」

まったく笑ってしまう。
「当時」を「ソマリ」に置き換えると完璧に通じてしまうのだ。

しかも、その苛烈な心性の上に現れた「喧嘩両成敗」は、事件の理非(どちらが正しいか)を問わず、
それより社会の平衡や秩序を回復させることを目的としたというから、これまたソマリの掟にひじょうに似ている。

ところが日本の中世人とソマリ人の間には決定的にちがう部分がある。

カネだ。

ソマリ人も事件の理非とは関係なく復讐を行うのだが、それとセットで「賠償」という道が用意されている。
復讐より賠償金がよいと被害者が考えたら、そちらを選べるのだ。
そして、多くの場合、賠償金が集団(氏族)の責任により支払われる。

男一人が殺されたらラクダ百頭、女性ならラクダ五十頭というのがソマリランドやプントランドでは決められている。
現代ではラクダ一頭につき、二百数十ドルくらいに換算されるようだ。
(南部ソマリアでは掟が曖昧で、被害者一人あたりのラクダの数は決められていない)

ソマリ社会ではこうして集団間の平衡化と秩序の回復がはかられている。

いっぽう、日本。
本書で驚くべきは、賠償金の話がほとんど出てこない。
例外的に記されているのは、鎌倉末から南北朝初期にかけて、宗教集団がからんだ殺人事件の場合、犯行現場もしくは加害者の権益地である広大な土地を
被害者の「墓所」として要求する「墓所の法理」というものがあったらしい。
おそらく、本書で賠償に触れているのはここ一か所じゃないだろうか。

日本での平衡化とはもっぱら「痛み分け」で、片方に死者が出て、もう片方は出ないと、生き残っているほうの誰かを死なせるという
結末となる。
これで個人と集団の名誉は回復されたという。

この辺が、なんというか、実に日本らしいと思う。
自分が痛みを受けたら相手にも同じ痛みを与えて満足するというマイナスのバランス感覚。
赤穂浪士も必殺仕事人もその意味では、室町時代の人々の心性にのっかっているわけだ。

ソマリ人はもっとプラス思考だ。現実的と言ってもいい。
自分が痛みを受けたら、相手からラクダやカネといった財産の支払いをしてもらう。
それによって名誉は回復し、自分は事件前より豊かな生活ができる。

「昔、日本では人が殺されたとき、賠償はどうしていたのか? 遺族はどうしていたのか?」とソマリランドの友人ワイヤッブに訊かれて困惑したことを思い出す。
その答えがあるのではないかと期待して本書を開いたのだが、ここにも答えはなかった。

清水さんには他にも著書があるようだ。本書も知的好奇心を揺すぶられる良書だっただけに、
他の本も読みたい。そちらにもしかしたらなにがしかのヒントがあるかもしれない。

関連記事

no image

南米からの便り

 実家の母から「あんた宛に外国から手紙が届いている」と電話が来た。 八王子の実家を知っているという

記事を読む

no image

日本の冬

会社員を辞めて山岳ガイドになった後輩と一緒に箱根の山を歩いた。 ただ普通に山歩きをするだけのつもり

記事を読む

no image

西南シルクロード文庫あとがき

いよいよ、あの『西南シルクロードは密林に消える』が講談社から文庫化される。 校正ゲラを読み返したが、

記事を読む

no image

2009年の小説ベスト1

ここんところ仕事で行き詰っているのに、いや、だからこそ、 大作の小説を読んだ。 アミタヴ・ゴーシュ

記事を読む

no image

小説家になるのは大変だ!

土曜日、モスク取材とその後の予定について打ち合わせをしていたら、 ホテルの部屋に戻ったのはもう12

記事を読む

no image

アフガニスタン本ベストワンはこれだ!

前にここで紹介した石井光太・責任編集『ノンフィクション新世紀』(河出書房新社)で、国分拓と柳

記事を読む

no image

たまには日記で

4月7日(月) 夕方神保町で「メモリークエスト」の面談。セーターをペルーに忘れてきた人。 そのあと、

記事を読む

no image

乱世をテキトーに生き抜く奥義!!

土曜日、ドンガラさん原作の映画「ジョニー・マッド・ドッグ」の試写会に内澤旬子さんと一緒に行こうとした

記事を読む

新キャラ・パープル旬子の『捨てる女』登場!

あと二時間ほどで家を出る。旅の準備はだいたい終わったと思ったら、大事なことがまだだった。 内

記事を読む

no image

「未来国家ブータン」本日発売

都内の一部ではすでに発売しているらしいが、正式には本日が「未来国家ブータン」(集英社)の発売日であ

記事を読む

Comment

  1. ゲシェまるこ より:

    日本には明治初期頃まで(実際は江戸期まで)「仇討ち」という武士階級の慣習がありました。これはいわゆる「復讐法」そのものです。ソマリアの慣習いついては、すでにイスラーム的な裁定が行われていたということかな。

ゲシェまるこ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年8月
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑