*

『「本の雑誌」炎の営業日誌』は「脳内三国志」だ!!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

土曜日の夕方、昼寝をしていたら、杉江由次『「本の雑誌」炎の営業日誌』(無明舎出版)が届いた。
これは秋田県の小さな出版社が出しているため、都内でも大きな書店にしか置いてないだろう。
一刻も早く読みたいので、版元に直接注文したのだ。
浦和レッズの赤にそめられた表紙を見て感無量だ。
別に自分の著書じゃないが、それに近い気分。
なぜなら著者の杉江さんは私の担当編集者であり、恩人でもあり、
また「同志」みたいなものでもあるからだ。
寝そべったまま、そのまま一気読み。
2004年から2008年5月にかけて「web本の雑誌」に掲載された日記を抜粋したものだが、
2006年5月8日のところで手が止まる。
5月8日(金)
(前略)「酒飲み書店員共同企画文庫ベストセラーを作れ」という書店の企画に飛び入り参加させていただいたのだが、なんと僕が推薦した『ワセダ三畳青春記』高野秀行著(集英社文庫)が1位に選ばれてしまった! やっぱり面白いよね、高野さん。うれしい、うれしい、けど勝って良いのか。麻雀とかゴルフとか接待というのはふつう負けるべきなのではないか。うーん、不安だ。
 いや、ほんとにどうして書店員でもない、飛び入りが勝ってしまうのか謎だが、
これが結果的にすごかったのだ。
 この日記が書かれたのはたかだか2年半前だが、私の本はまだ笑ってしまうくらい売れてなかった。このブログのアクセス数だって一日100くらい、つまり読者のほとんどは知り合いだった。
 『ワセダ〜』も発売から3年経っていたのに、初版1万4千部がいまだに全くはけず、
このままではもう次の本は集英社文庫から出せないかもしれないという状況だった。
 他の「高野本」についても同様で、知人友人には「面白いんだけどね…」のあと「あまりにもマニアック」とか「こんな本、誰が読むのか」などと言われてきた。
 そんなとき、千葉の書店員さんたちが集まってはじめた半分趣味のようなこの企画で選ばれた。書店はそれぞれ経営は全然ちがうのに、みんなで帯をわざわざ作って各書店で売りまくった。
 それが売れただけでなく、この現象が面白いと、業界内で話題になり、
それからはあれよ、あれよと売れまくった。
 現在、9刷、8万5千部も出ている。
 ついでに他の文庫も売れて、今にいたる「タカノ・プチバブル」の原因ともなった。
 杉江さんの引きはまだ続く。「本の雑誌」で書評の連載をもたせてくれた。
そこで「ノンフィクションにもエンタメ系があっていいはずだ」と
「エンタメノンフ」を勝手に提唱したら、杉江さんがまた強く反応し、
「本の雑誌」で「エンタメノンフの秋」という特集を組んでくれた。
 しまいには、朝日新聞や集英社文庫が「エンタメノンフ特集」を組み、ジュンク堂新宿店が「エンタメノンフ棚」を作るなど、まあ、日本の出版界には根付かないにしても、
時代の徒花くらいにはなった。
 そしてさらには『辺境の旅はゾウにかぎる』を手がけてくれ、ついに担当編集者&営業にもなり、敬愛する宮田珠己と一緒につるんで遊ぶ仲間にもなった。
 杉江さんがそこで私の本を出さなかったら、今も高野本は日の目を見なかった可能性が高く、杉江さんごときに人生を左右されるのは誠に遺憾なのだが、事実なので仕方ない。
 そんなわけで、『炎の営業日誌』は同志の本である。とても客観的には読めない。
しかしそこをおさえて、もう一度、冷静に読むと、これは奇書だ。
 今まで編集者の書いた本はたくさんある。書店員の書いた本も最近はちらほらある。
でも書店営業の本は初めてだろう。しかも普通、編集者や書店員の書いた本は
仕事の話しか出てこないのに、本書では、同じ比率でサッカー(浦和レッズ)と家庭の話が登場する。
 書店営業、出版界の問題、どうしたら本が売れるのかということをこれほど熱く考え、かつ行動している人は日本でもそうそういないんじゃないかと思うのだが、同じ熱さで浦和レッズを愛し、家族も愛している。三者への愛は熱すぎるがゆえに、常に杉江さんの中で激しくせめぎあっている。
 例えば、杉江さんは早朝にうちを出て、しばしば帰宅は夜中、その間、頭は本のことでいっぱいなのだが、レッズの試合がある日は迷わず「直帰」だ。レッズの試合があるからという理由で、同僚の結婚式も欠席。
 奥さんに迫られて新築の一軒家を購入することになるが、35年ローンを背負う引き換え条件は、「場所は絶対に(浦和レッズの本拠地である)駒場スタジアムのそば」だった。
 最愛の娘が涙を流して「パパ、行かないで!」と訴えるのをふりきって、土日もレッズの試合を見に行ってしまう。
 娘が「レッズなんか大嫌い!」と叫ぶと、自転車で走りながら「娘よ、悪いのはレッズじゃなくて、レッズが好きなパパだよ」と叫び返す。どうかしてる。
 呆れ果てた奥さんが「レッズの試合は、ホームはいいけど、アウェイは年1回」と設定するのに、なんとか裏をかいて、出かけていく。
 なんだろう、これは。
 杉江さんの頭の中では常に「本の仕事」と「レッズ」と「家族」が覇権を求めて戦っている。
まるで「脳内三国志」だ。
「魏=本の仕事」「呉=レッズ」「蜀=家族」といった感じ
 三者は激しくせめぎ合うが、ときには二者が連合することもある。
例えば、杉江さんの両親と兄さんも猛烈なレッズ・サポーター。家族四人はスタジアムでしか顔を合わさないほどだという。60代のお母さんなんて、「寿命があと5年だとしてら2年短くなってもいいからレッズを優勝させてほしい」と真顔で言う。
 ということは、会社を早退して試合を見に行くときは、「魏=本の仕事」VS「呉=浦和レッズ」&「蜀=家族」の連合軍といえなくもなく、呉と蜀が協力して魏を破った「赤壁の戦い」みたいでもある。
客観的にみると、やはり本場の三国志と同じく、「魏=本の仕事」の優位は動かず、
「蜀=家族」はてんで弱小なのだが、著者にとって実はいちばん大事なのはその「蜀=家族」であるのも、本場の三国志(正確には「三国演義」)と同じ。
娘がはじめて補助輪なしの自転車乗りに挑戦するシーンが好きだ。
何度も転んだ末に自力で走れたとき、娘は「パパ、パパ、風がすごい、風が!」と叫ぶ。
杉江さんも自分が初めて自転車に補助輪なしで乗れたときのことを思い出す。
そして感動のあまり、へそくりをはたいて娘にその場で自転車を買ってしまうのだが、
その自転車はやっぱり浦和レッズの赤だった…。
…て、これ、いい話なのか?
そんなわけで、やっぱり「奇書」。
おそらく出版の歴史に残る奇書。
具体的にどの書店で入手できるのか、月曜に杉江さんに訊いてみたい。
出版関係者、本を愛する人、浦和レッズ・サポ、家庭を愛する人、
そのほか、退屈しのぎに何か読みたいと思っている人にぜひ読んでほしい。

関連記事

no image

公私混同の推進を!

来年3月ごろ発売が予定されている『世界の市場』という本に掲載用のインタビューを受ける。 インタビュ

記事を読む

no image

内澤旬子と三匹の豚

ジュンク堂新宿店で、宮田珠己部長、内澤旬子副部長とトークショーを行った。 本来、宮田部長が『スットコ

記事を読む

no image

急性イラン中毒?

イランより帰国した。 たった10日ばかりの短期旅行とは思えないほど、 濃密な旅だった。 ド

記事を読む

no image

フリーランスの志士

家に攘夷モノがないか探してみたら、藤沢周平『回天の門』(文春文庫)に気づいた。 千葉道場きっての剣

記事を読む

no image

ビンゴ大会で優勝

火曜、水曜と一泊二日で千葉の海辺へ両親と弟一家の総勢9名で出かけた。 一族旅行など初めてのことだっ

記事を読む

no image

ダイエットとヒナゴン

数日前、妻・片野ゆかが出版した新刊『ダイエットがやめられない 日本人のカラダを追及する』(新潮社)を

記事を読む

no image

世にも奇妙なマラソン大会

帰国した。大人の遠足はなかなかにハードだったが、想像以上に充実していた。 今回私が参加したサハラ・

記事を読む

no image

略して『みらぶ~』!

『未来国家ブータン』の3刷りが届いた。こんな表紙である。すげ~なあ。 本書を「みらぶ~」と命名

記事を読む

no image

驚嘆のユーゴ・サッカー三部作

山田先輩は四万十に帰ってしまいサッカーファン強化合宿は終了してしまったが、 その後も自主練はつづい

記事を読む

no image

超絶技巧!!

 私は現代アートというものが苦手だ。どうしても「意味」を探さなければならないという強迫観念にさらされ

記事を読む

Comment

  1. chamekan より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; Intel Mac OS X 10.5; ja-JP-mac; rv:1.9.0.3) Gecko/2008092414 Firefox/3.0.3
    読者です。
    「脳内三国志」って、いいメタファーorキャッチフレーズですねえ。
    ミャンマー柳生みたいな。
    あるいは、最近のなんとかっていうグルメレポータさんなら、トムヤムクンでも食べたときに、「うわ〜、おくちの中が三国志や〜」とか言ってくれるかもしれませんが(^_^;)。

  2. 内澤 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; U; Intel Mac OS X 10_4_11; ja-jp) AppleWebKit/525.18 (KHTML, like Gecko) Version/3.1.2 Safari/525.22
    無明舎の本は、おそらく神保町の東京堂書店の三階でならば手に入ると思います。未確認のままですが、たぶん。

  3. 太郎 より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727)
    このブログ始まって以来の熱い記事、長い記事ですね。
    高野さんの杉江さんへの同士としても思いが伝わって来て。
    早く読みたい本が一冊、増えました。

  4. フレディ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727)
    WEB本の雑誌の中の「帰ってきた炎の営業日誌杉江」と「宮田珠己のスットコランド日記」とこのブログを合わせて読んでいると微妙にリンクしていて大変面白いですね。そういう人多いんじゃないでしょうか?
    最近では「宮田珠己のスットコランド」の9月30日の高野さんとニック・ステファノスさん(もちろん○の雑誌社の○江のことですよね)の話を読んで腹を抱えて笑いましたよ!

  5. タカノ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322)
    杉江さんに聞いたところ、
    「実は著者自ら営業しているので(笑)、本の雑誌社の単行本が置いてあるような
    本屋さんが意外と販売していたりします。
    まあ紀伊國屋、ブックファースト、ジュンク堂はほぼ全店あるはずなので
    これらのお店の名前と、ネット書店をあげていただければ助かります」
    とのことです。

  6. NYPD より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows 98)
    娘さんの話がいいですよね。 自転車のエピソードを『WEB本の雑誌』で拝読した際に、思わず「感動しました!」って感想メールを送ったら、杉江さんから直接返事が来てびっくりしました。 
    娘さんとの関わりを重点的に書き綴って貰えれば、きっと椎名編集長の『岳物語』に匹敵するような素晴らしい本になるんじゃないでしょうか。

太郎 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑