止まらない音楽のデジタル化と、出版楽譜業界のジレンマについて思う。
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最終更新日:2015/06/11
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ヤマハが開発したアプリ「Chord Tracker」についてFacebookに投稿したところ、いろんな人がリアクションをくれたので、自分なりに少し考えてみました。
「楽譜業界終了のお知らせ…」なんてどぎつい書き方をしましたが、実際のところ、商業ベースにおける楽譜業界は、だいぶ前からしんどくなってきているんです。
2013年にブログでも書いた、タブ譜が無料で見られる「ソングスター(songsterr)」(Web版、アプリ版それぞれあり)なんかもスマホユーザーをメインに広く浸透してきていますし、ネットでコード譜を検索すると有料、無料さまざまなデータがヒットします。
無料でタブ譜が見れる!楽譜業界衝撃のSONGSTERR(ソングスター)
むしろ、今回の件で、僕が一番ビックリしたのは、系列下に、ヤマハミュージックメディアという楽譜を専門に出版している子会社を持つヤマハが、子会社の本業と競合する(ひょっとしたらパイを奪う可能性のある)アプリを開発、発表したことです。
楽器の取引をタテに、楽器店に系列の楽譜を流すということもなくはないと思うので、親会社と子会社の力関係はおのずと明かではありますが、この場合、子会社側はなす術もなかったか、寝耳に水のどちらかだったのではないかと。
もっとも、ヤマハのウェブサイトを見てみると、2014年の5月に、ピアノ演奏用の音楽付楽譜を表示・再生できる「NoteStar」というiPad用のアプリも発売されているので、アプリ関連は楽譜業務と競合したとしても本体の管轄……ということになっているのかもしれませんね。
音楽業界はデジタルの影響をもろにかぶっている業界の1つで、人によっては「音楽はオワコン」と言われてしまうほど苦戦しています。
ところが、つい20年くらい前までは、キラッキラに輝いていた業界でした。
日本でも、ミリオンセラー、いわゆるCDが100万枚以上売れる作品が次々とヒットしていたのです。
※オワコン……終わったコンテンツの意。
さて、音楽がビジネスとして成り立つようになった背景には、大きくみて、2つの技術革新が必要でした。
1つは、1501年、イタリア人のオッタヴィアーノ・ペトルッチによる楽譜印刷の発明。
そして、もう1つは19世紀になって、エジソンほか多くの発明家たちによって完成されたレコードです。
これによって、「演奏」というカタチのないものが、「楽譜」や「レコード」という、カタチのあるものに姿を変え、物の売買に加わることができるようになりました。
一般的に、人は、カタチのないものより、カタチのあるものに、お金を払いやすいという傾向があります。
音楽は、楽譜とレコード(その後のCD)を手に入れたことで、商売の世界へ大きく羽ばたくことができたといえます。
出版楽譜の登場から約500年。
音楽をカタチのない世界へ再び引き戻そうとしているのが、デジタルの力なんですね。
もちろん、デジタル環境下でも、データによる楽曲の売買はできますし、先日、アップルが発表した「アップルミュージック」や、先行する「Spotify(スポティファイ)」のように、定額の支払いで、いろんな音楽が聴き放題になるといった、新しい音楽の聴き方と徴集システムもデジタルならではです。
デジタル化の大きな流れによって、音楽が再びカタチを失いつつある今、一生懸命「レコード・CD」を売っていたレコード会社は、データ配信と同時に、ミュージシャンの音楽を直接伝える場である「ライブ」での売上に力を注ぐようになりました。
チケット代はもちろん、会場で販売されるグッズ類、そしてファンクラブの会費などです。
特に、グッズは、カタチのあるものだけに、売買の俎上に乗せやすく、いろんな商品があります。
一方、同じようにカタチを失いつつある「楽譜」はどうでしょうか?
残念ながら、こちらはデジタル環境下での商品開発も、そして「レコード」でいうところの「ライブ」にあたるものも十分とはいえません。未だにアナログ本のまま、よくて、アーティストの楽譜本がライブでのグッズのラインナップとして加わるといったところです。
件のヤマハが開発した楽譜アプリや、デジタル楽譜という方向性もあるのですが、こちらは楽譜出版社が積極的に移行できない事情があります。
それは、楽譜出版社の商品を、市場に流通させる取次、いわゆる卸業者への配慮です。
同じ出版業界でも、ニッパン、トーハンといった、大手取次が電子書籍の流通に乗り出しているのとは対照的ですが、ニッパン・トーハンと、楽譜専門の取次業者とでは、売上規模がケタ2つも違うので、とても同じことはできません。
一方、楽譜出版社としては、マンガや雑誌などの出版と同様、デジタル化の流れにのりたいものの、それによってたとえば、自社のサイトでの直接販売や、電子書籍専門の取次を介することになれば、楽譜取次と軋轢を生む原因となります。
ネット上での楽譜のオンデマンド販売などが増えているとはいえ、まだ楽譜の売上ボリュームのほとんどは紙の本です。デジタル化によって、そのボリュームゾーンに悪影響を与えるリスクを冒すこともできず、しかし一方で、取次もデジタル環境に対応できないというジレンマがおきています。
そうこうしているうちに、アプリの開発を本業にしている会社や団体から、デジタル楽譜のアプリやサービスなどが出され、楽譜を本職とする関係者はそれを指をくわえて見ているしかない……というのが現状に一番近いのかもしれません。
既存の人々の商売と生活を守るために、それまで楽譜業界を支えてきたユーザーや、これから新たにユーザーとなるかもしれない人々のニーズを取りこぼすというのは、なんだかなぁ……と思うわけです。
なんかぼやきみたいになってしまった・・・(汗)。
でも、こんなこと書いてますが、僕も楽譜好きなので、このドン詰まりな感じは早く打破して、次の世界へ行ってほしいと思ってるんですよね。。。以上です。
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