*

これが例の葉っぱ

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


ソマリランドに「帰国」してもう10日近く経つ。
「帰国」なんて言葉を使ったのが行けなかったのか、今度は出られなくなってしまった。
といっても、拘束を受けているわけじゃなくて、あと一つだけやりたいことがあるのだが、
なかなか実現しない。
長いラマダンもいつの間にか終わりに近づいている。
おそらく30日には終了、翌日と翌々日は、イスラムの「イード」というお祭りというか祝日。
ここからイスラム的には新しい年になるとかで、「新年祭みたいなもの」という。
イードでは、子供たちに新しい衣服やおもちゃを買ってあげたり(といっても、ここでは平均子供が8人という多子社会なので大変)、その子供たちを引き連れて、みんなで、自分の実家というより、「一族の故郷」へ帰省するらしい。
日本の正月によく似ている。
だから、今は昼も夜も街中が洋服やら装飾品やら玩具やらを売る屋台にあふれ、人がごった返している。
まさに、「暮れも押し迫ってきた」という様相だ。
だから、この時期に誰か新しい人に会うとか、何か仕事じみたことをするというのは
たいへん難しい。
結局、待つしかない。
で、他にやることもないし、例によって例のごとく、カートを食べるのである。
日本人にとっての酒と同じで、ソマリ人とカートは切っても切り離せない。
欧米に移民した人たちも食べている。
もっとも合法なのはイギリスとオランダだけで、他のヨーロッパは非合法ドラッグの扱いらしい。(アメリカについては聞きそびれた)
だから、ケニアの難民キャンプだろうが、海賊国家プントランドだろうが、戦国都市モガディショだろうが、どこでも葉っぱを売っているが、
ここソマリランドの首都ハルゲイサの葉っぱ消費量は他の地域とは桁違いだ。
他の地域では、葉っぱを売っている場所はだいたい決まっていて、
ちょっと遠慮がちだったりするのだが、ハルゲイサでは町の至る所に葉っぱ売りの屋台やキオスク、あるいは卸売り市場がある。
ラマダンの今は夜しか売っていないから、裸電球が煌々とともり、売り子がしゃがれ声で客にわめき、買い物客の群れが屋台に押し寄せ、葉っぱのくずや枝が未舗装の乾いた地面を多い、それをヤギの群れがバリバリ食っている。
私は今、現地の通訳兼ガイドが突然、ソマリの国際ケーブルテレビ局の総局長になってしまったので、
毎晩、彼と一緒に町外れの局制作部に行き、そこで葉っぱを食べている。
局といっても、スタッフを全部合わせて20〜30人、雰囲気は日本のテレビの大き目の制作会社に近い。
日本の制作会社と同様、若くて元気なスタッフが、安月給にもめげず、休みもなく、毎日驚くほど熱心に仕事をしている。
日本とちがうのは、彼らが葉っぱをかじりながら、編集や映像の確認作業、ソマリランド以外の各地(プントランド、南部ソマリア、ナイロビ、ジブチ、ロンドンなど)の支局との連絡や映像のやり取りなどを行っていること。
写真に写っているのはカメラマンのモハメドで、ここが私がいつも居座っている編集室。
一口にカートと言ってもいろいろある。
いちばん上等とされるのは実はケニア産の「メロー」という品種で、
さながらカート界の「ブルーマウンテン」という趣なのだが、
残念ながらソマリランドではメローは入手できない。
ここではもっぱらエチオピアのハラレ産。
ハラレのカートは大きく二種類あり、一つは「ガダル」。
短い枝についた硬めの葉っぱで食べにくいし、なかなか効かない。
もう一つは「チャビス」。
赤っぽい長い枝に新鮮な緑の葉っぱがびっしりとついている。
上の写真でモハメドが手にしているのはチャビス。
それも「ガーファネ」という高級ブランド。
輸入業者ごとにブランドを持ち、ブランドによって、質も値段もちがう。
紅茶だって同じダージリンでもフォーションとリプトンでは質と値段がちがう。それと同じ。
「ガーファネ」の経営者は女性で、彼女は、ハラレに自前のカート農園をもち、厳格な管理体制で高品質の葉っぱを栽培しているから、最高ブランドとされている。
たしかに痺れるような独特の味わいがあり、茎も柔らかくて美味いし、効きもいい。
「ガーファネ」ブランドのチャビスでも、買い方によって、値段は変わってくる。
町の卸売り市場で買うのがいちばん安い。
そこに行くと、彼が手にしている1キロの大束が割安で買える。
「ノッス(半キロ)」「ルブア(四分の一キロ)」、あと呼び名は忘れたが、
小売の屋台では八分の一キロとかでよく売っている。
私はすでにヘビーユーザーなので、ルブアを消費している。
つまり、毎日、この写真の束の四分の一を食っているわけ。
だいたい、八時ごろに始めて、みんなが仕事しているのを見て、おしゃべりしながら
コーラやお茶を「つまみ」に食い続け、12時くらいに葉っぱもなくなり、
パートナーや他のスタッフと一緒に帰る。
(残って徹夜で作業するスタッフも少なくない)
この時間帯は気分は最高で、いつも星空を見上げては「ああ、ここに二、三年住みたい」と切望している。
ホテルの部屋に戻っても目がさえてとても眠れないので、日記をつけたり、ソマリ語の勉強をしたり、アイフォンでネットやツイッターを見たりしているが、
4時くらいからだんだん神経がピリピリしてきて、不安や孤独感にさいなまされる。
また、猜疑心や嫉妬心といったネガティブな感情に襲われることもある。
私の場合、「俺の本はなぜ売れないのか」とか「やっぱりこの仕事も限界だ」とか「早く引退したい」とか、くだらないことを延々と考える。
この副作用をソマリ語で「カーディロ」という。
カーデイロの克服の仕方はいろいろで、本当ならちょっと酒を飲むのがいい。
しかし、今回ラマダンにぶちあたってしまったため、闇で酒を入手するのは不可能でないけど、パートナーや知り合いに多大な迷惑をかけ、またカネもかかるため、やめている。
もう一つの方法は、さらにカートを少しずつかじること。
それを「ジャパネ」という。
まあ、ほぼ二日酔い時の迎え酒に近く、これを始めると、カート中毒になる。
局を引き上げるとき、なぜか、みんな、残ったカートを後生大事に抱えて帰路に着くのを
最初は不思議に思っていたが、気づけば私も同じことをしていた。
で、朝の七時か八時にやっと眠りにつき、一時間か二時間おきに寝たり起きたりし、その間、ほんの少し外出して最低限の用を足したりする(まったく外に出ない日もある)
ちなみに、昼の間は気分は最悪である。何もする気が起きない。加えて、今はひどい腰痛なので、生きているのも面倒になってくるほど。
夜の六時すぎに断食明けの食事(だいたいラクダ肉とレタスのぶっかけ飯)を食い、
七時ごろ、局から迎えの車が来て、カートを買いに夜の卸売り市場へ行く。
まだ葉っぱをやってないのに、「もうすぐやれる!」という期待感で、すでに半分ハイになっている。
読者のみなさん、これが私の一週間の仕事です〜

関連記事

no image

読書がすすむ

最近ずっと、あまり実にならない取材が続いている。 西へ東へうろうろしているが成果はこれといって、な

記事を読む

no image

ソマリランドをラクダで探検する

来年の今頃、ソマリランドとプントランドの国境地帯をラクダで旅しようと思っている。 ピラミッドみたい

記事を読む

no image

『「本の雑誌」炎の営業日誌』は「脳内三国志」だ!!

土曜日の夕方、昼寝をしていたら、杉江由次『「本の雑誌」炎の営業日誌』(無明舎出版)が届いた。 これは

記事を読む

no image

くどくどかぱらぱらか

比較的調子よく来ていたブータン原稿がうまくいかなくなってきた。 逃避の意味合いもあって、ある作家の

記事を読む

no image

顔写真なしでよかった

『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)の 全作業が終了した。 今回、講談社文庫に初めて入る

記事を読む

no image

ありえねー!

しょっぱなから全く予期しない出来事が起きた。 人為的原因により、ワン行きの飛行機に乗り損ねたのだ。

記事を読む

no image

今までいちばんビビッたのは…?

上智対談講義第3回目はミャンマーで辺境専門旅行会社を経営する金澤聖太師範。 (極真空手の猛者なので私

記事を読む

no image

ヴォイニッチ写本の謎

エンタメノンフフェアで買い込んだ本を読んでいて仕事にならない。 佐藤あつ子『もう一度会いたい 思い

記事を読む

no image

メモリークエスト締切り間近!

最近すっかりブログでの案内を忘れていたが、 web幻冬舎で連載中の企画「メモリークエスト」は まだ依

記事を読む

no image

Mじゃない

みんな勘違いするのだが、間寛平など日本人が毎年出場しているウルトラマラソンと私の出たマラソンは別物だ

記事を読む

Comment

  1. fjsm より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 7.0; Windows NT 5.1; Q312461; GTB6)
    チュラチュラチュラチュラ〜♪

  2. コシチェイ より:

    AGENT: DoCoMo/2.0 N05A(c100;TB;W24H16)
    高野さんが葉っぱをかじっている間に、角幡唯介さんの「雪男は向こうからやってきた」が発売になりました。…絶対買う!角幡さんUMA業界進出です!

  3. タツ より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Macintosh; Intel Mac OS X 10_7_1) AppleWebKit/534.48.3 (KHTML, like Gecko) Version/5.1 Safari/534.48.3
    カートの味効きが出来るまでになりましたか。もう立派なカートホリック?ですね。「メロー」ですか、いい名前ですね。そのぶん副作用も倍でしょうか?どうかお体にはお気をつけて。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年4月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930  
PAGE TOP ↑