なぜ妻子持ちは超過酷に挑むのか
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高野秀行の【非】日常模様
1カ月ほど前、鏑木毅『激走100マイル 世界一過酷なトレイルラン』(新潮社)という本を読んで感銘を受けたばかりなのに、
そっくりな題名の本に出会ってしまった。
その名も『激走!日本アルプス大縦断』NHKスペシャル取材班(集英社)。
鏑木さんの本はヨーロッパのウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)という世界的なトレイルランの話だが、
こちらは日本。トランスジャパンアルプスレース。
「走行距離160キm、登りの総計が9600mでエベレスト以上」というUTMBに驚いていたが、
今度のは日本海から大西洋まで南北アルプスを縦断するというものすごいもので、総距離415km、登りの総計は27000mで、UTMBの倍以上。
はっきり言って、コースの過酷さでいえば、日本アルプス縦断はUTMBの比ではない。こっちのほうが「世界一過酷」だ。
といっても比べるのはナンセンス。
UTMBでも鏑木さんのような人はプロのアスリート。
生活の糧や自分の存在意義をかけて猛烈なプレッシャーの中を走る。
いっぽう、トランスジャパンはあくまでアマチュアリズムに則った「究極の趣味」。
優勝の賞金も賞品も一切なし。
それで早い人でも5日、遅い人は8日もかけて、日本列島を縦断して走る。
登山をやったことのある人ならわかると思うが、山を夜に移動するというのは原則としてないはず。
なのに、この人たちは夜を徹して走る。
強風や雷雨の闇の中でも走る。
寝不足でときどき居眠り運転ならぬ「居眠りランニング」に陥る。
ありえないほどリスキーで過酷なのだ。
このレースは超過酷だけど、読んでいるとすごくすがすがしい。
荷物を極限まで減らすため、着ているシャツのタグまで切り落とすというのに、
優勝候補の選手は1キロ以上もする救急キットを携帯している。
というのは、この選手は職業が山岳救助隊員なので、途中で他の選手なり登山客なりがケガなどして立ち往生していたら
レースを即中止して救助にあたるつもりなのだ。
他の選手も、決して他の登山者の邪魔をしてはいけないというのを「掟」としているし、
優勝を目指す人もいれば完走だけを目的とする人もいる。
たいていがサラリーマンなので、レース前の一週間は無理な休暇をとるために猛烈に働いている。
要するに、いっけん「ふつうの人」がまったくふつうでない行為をするというのがこのレースの醍醐味なのだ。
詳しくは本書を読んでいただきたいが、私が意外に思ったのは
参加者28名のうち、おそらくほぼ全員が配偶者もしくは恋人がいて、さらに多くが子供もいること。
こんなレースに出るということは日頃からトレーニングもハンパではない。
つまり、ものすごく時間をとられるわけだから、一人もので、しかも彼氏彼女もいない人たちがやりそうなんだが、
実は妻子持ちばかり。
応援してくれる妻子がいるからできるのか、妻子がいるとこういうわけのわからないことがしたくなるのか。
その辺が知りたくなった。
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Comment
こんにちは、昨日のラジオ聴きました!
いつも思うのですが高野さんの声はとても良い声ですよね。
今回も物騒なお話を楽しく聴かせていただきました。
安住さんのナビゲートがまた秀逸。
東京ガベージコレクションが終わってしまい、とても残念です。
高野さんがもっとラジオに出てほしいなあと思っておりますが
『謎の独立国家ソマリランド』が売れているので、その可能性もあるかもしれませんね。期待しております。
ちょうど私も『激走!日本アルプス大縦断』を読み終えました。すごい大会に普通の人が頭を狂わせて出場していて最高でした。私もこの大会に出たい!!です。
私の場合、「応援してくれる妻子がいるから」でもなく、「妻子がいるとこういうわけのわからないことがしたくなる」わけでもなく、単にトレーニングしている間は、妻子から逃れられるからです。
高野先生も周りからは過酷に挑む既婚者と思われているに違いありません。
独り者はきっと、過酷で脱落者も多数出る婚カツレースに忙しいのではないでしょうか。
NHKのテレビで、このレースの特集番組を見ました。参加者の人間離れした身体能力と精神力に鳥肌が立ちます。極限を体感した者の凄さがほとばしるまくりでした。