*

加点法の傑作「ジェノサイド」

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


ソマリ旅行中、なにしろ一人だけで話し相手もいないから、
iPhoneでツイッターをよく見ていた。
私がフォローしているのは、ほぼニュースか書籍関係のみで、
ベストセラーの名前は繰り返し伝えられ、「殺人鬼フジコの衝動」とか「めしばな刑事タチバナ」とか「ぬるい毒」「下町ロケット」「マザーズ」などは、もう読んでしまった気がするほど、何度も「絶賛感想」を読んだ。
(主に出版社の編集者と書店員のツイートだから、基本的にネガティブな感想は出てこない)
高野和明「ジェノサイド」もその一つ。
和明さんの著作は「13階段」「グレイヴディッガー」「幽霊人命救助隊」を読んだことがある。
「クレイヴディッガー」は凝り過ぎ、「幽霊〜」はファンタジーを苦手とする私には不向きだったが、「13階段」はすごく面白かった記憶がある。
その後も、なにしろ名前が同じ「高野」で、下の名前も「秀行」と「和明」というように字面が妙に似ているから気になっていた。
読者にときどき同一人物と思われたり、あるいは勘違いされたり、また文庫の棚も隣なので、よく和明さんの本と私の本がまぜこぜになっていたりする。
で、私もよく知っている丸善ラゾーナ川崎店の沢田さんや書評ライターの瀧井さんも大絶賛している「ジェノサイド」を読んでみた。
冒頭から一気に引き込まれ、仕事もとてもじゃないが手に着かず、
せっかく時差ぼけが直って眠れるようになったのに、また夜も眠れなくなり、本書を読み続け、結局今朝、読み終えた。
いやあ、すごい。
近年、日本作家の小説でこれほどのスケール感と厚みをもった物語は稀だろう。
あくまで私が読んだ中でだが、同じレベルの小説と言えば、貴志祐介「新世界より」伊藤計劃「虐殺器官」くらいじゃないか。
実はこの本には腑に落ちない点が多々ある。
明らかに「おかしい」と思う箇所もある。
あるのだけど、読んでいるとコンゴ川の濁流に飲み込まれたように、一気に押し流されてしまい、最後まで行ってしまう。
こういう本は減点法で考えてはいけない。加点法で行きたい。
とくに私が個人的にやられてしまったのは、主要舞台の一つがコンゴ(旧ザイール)東部だったこと。
まだ学生の頃、私は「NHKスペシャル」から「ピグミーの番組を作りたいからリサーチしてきてほしい」と頼まれ、一人で1ヶ月くらいその辺をうろうろしていた。
当時はのんびりした穏やかな場所で、私はピグミーのキャンプからキャンプへとジャングルの中を歩いて訪ね、どのキャンプが撮影に適しているか、伝統文化はどれくらい残っているかなどを調べていた。
ところが、その後、1994年、隣接したルワンダでの大虐殺をきっかけに、
この土地は文字通り「地獄」と化してしまった。
その地獄の一端を目撃してしまったばかりに、逮捕→脱獄→南アフリカへの大逃走をするはめになった私の友人の話は「メモリークエスト」に詳しく記したとおりである。
本書ではその土地の現状が小説の形でひじょうにリアルに描写されている。
なんせ、自分でよく知っている場所だけに、情景がありありと目に浮かび、恐ろしいことこのうえない。
後半、「新生物」の知能について私は大いに疑問をもち、読後もずっと反論材料を考えつづけているが、逆にいうと、それだけ読者に知的な好奇心を呼び起こしているわけだから
やっぱり優れた小説だろう。
ミステリなので、内容をここに書けないのが残念だ。
誰か、もう読んだ人と酒を飲みながら「あそこはよかった」「あれはちがうよね」などと
徹底的に話し合いたい気持ちでいっぱいである。

関連記事

no image

島国チャイニーズと沖縄系ブラジル人

読了してから時間が経ってしまったが、野村進『島国チャイニーズ』(講談社)は 万人にお勧めの良書であ

記事を読む

no image

ツアンポー峡谷の謎

最近は気温こそ相変わらず高いが、湿度が低いせいか 外にいても日陰なら涼しい。 今日はなぜかJR高尾

記事を読む

no image

スポーツノンフィクションとしてのブラインドサッカー

ブラインドサッカーという競技がある。 目の見えない人たちがボールに入った鈴の音を頼りにフィールドを

記事を読む

no image

怪獣ノノゴン、上智に現る!

「探検業界の寅さん」「永遠の日雇い青年」こと野々山富雄氏が 上智大学の対談ゲストに登場。 かつて一

記事を読む

no image

今年の目標、早くも破綻寸前

今年の目標は「できるだけ仕事をしない」。 もともと私はいろんなことを同時並行でできるタイプではない

記事を読む

no image

タマキングの気づかい

三省堂神保町本店で宮田珠己ことタマキングとトークショーを行う。 驚いたのはタマキングが「Tシャツを2

記事を読む

no image

「飲み」の黄金世代

一緒にコンゴにも行った駒大探検部の先輩・ノノさんがついに結婚、 新婦の地元で式と披露宴が行われた。

記事を読む

no image

世界の巨乳に夢を見ろ?!

   珍しく午前中に家を出て、東西線で移動中、突然便意を催した。  九段下の駅の便所に駆け込んだとこ

記事を読む

no image

上智大学で比較未知動物学?

 なぜか来年度の後期(10月〜2月)、上智大学外国語学部の非常勤講師を務めることになった。  大学で

記事を読む

no image

ふがいない僕は空を見た

窪美澄(くぼ・みすみ)『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)を読む。 最初の「ミクマリ」という短篇で

記事を読む

Comment

  1. negi より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)
    >後半、「新生物」の知能について私は大いに疑問をもち
    あー私もです!
    コミュニケーションがスムースなのが知能とかの設定とちぐはぐな気が。
    でも凄く面白かったですね〜
    コンゴ奥地の描写は本当に怖かったですわ。
    「カシム・ザ・ドリーム チャンピオンになった少年兵」という映画を思い出しました。
    いやー、本当に高野さんや読んだ人と飲みながら語り合いたいです!

  2. uh より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    アマゾンのレビューを読んだら、「朝鮮人虐殺や南京大虐殺などという事実と異なる日教組的歴史観に言及する必要はないので残念な作品だ」などと参詣新聞的自慰的歴史観に振り回されたレビューだらけ。多分こういう人たちは本を読むのに向いてない頭の構造なんでしょうね。日本人向けに書かれたからそういう作りになったっていうだけの話なのに。

  3. かじゅ より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.1; SLCC2; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729; Media Center PC 6.0; .NET4.0C; BRI/2)
    私は恥ずかしながら、最近になって高野秀行先生の本を知りました。当然、立て続けに読んでおります。今は「西南シルクロードは密林に消える」を読んでいます。5冊目でハズレなし!
    で、周囲に「高野と言えば?」「あ、ジェノサイドね和明でしょ」と言われ
    「違う違う、高野と言えば秀行!ぜったいオモシロいから読んで!」と布教してます。悪いけど比較になりません。
    健康に気をつけて、これからも命を落とさないで投獄されないで、面白い本を書いてください。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年7月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
PAGE TOP ↑