*

ムスリム力士のことを考えて仕事が手に着かない

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

ツイッターでもちょっと書いたけど、大嶽部屋に入門したエジプト人力士アブディラーマン(アブディラフマンじゃないのかな?)のことが気になってしかたない。
親方は「豚肉なしのチャンコを作る」などと言っているが、豚は肉以外でもいろんなところに潜んでいる。
日本のラーメンは、ラーメン屋のもインスタント麺もたいてい豚の出汁かラードが入っているから、
日本に住むムスリムはまず食べない。
カレーライスも同様で、ルーにラードが含まれている。
つまり、日本人の国民食といわれる二つがすでにアウト。
さらに、ジャーマンポテトやポテトサラダ、冷やし中華などもハムをよけながら食べなければならない。
実際、ハムは煮物、サラダ、酢の物、ピザなど、日本人が全然意識していないような料理に潜んでいる。
これをよけながら食べていたりすると、食欲が減退するから、これまた普通のムスリムは避けている。
スーダン人の友人アブディンに言わせると「そこら中、地雷だらけ」であり、
彼を含め、多くのムスリムが意外なほど寿司好きなのは、一つには豚肉製品の混入が絶対にない安全な食べ物という理由もある。
もっと厳密に言えば、ムスリムは、同じムスリムがイスラムの作法にのっとって処理した肉(ハラルミート)しか食べてはいけない。
ただ、そこまでは気にしないという人も多い。
いっそ、部屋のほうでエジプト料理をチャンコに取り入れるというのも手だ。
モロヘイヤ鍋とかケバブとか、羊の丸焼きとか。
ムスリムにとって、問題は豚だけではない。
私がこんなことを言うのもなんだが、酒も基本NGだ。
後援会の人たちやタニマチと酒を飲むのも相撲取りの重要な仕事と思うが、
アブディラーマンさんはどうするんだろう。
あと、相撲はもともと神事だから、稽古部屋の神棚にお供えをしたり、
土俵開きとかいろんな局面で神道の儀式を行うはずだが、ムスリムは異教徒の儀式に参加することが固く禁じられている。
御神酒も飲めないはずだし。
これもどうするのか。
まあ、気づかないふりをするしかないか。
アラブ人でもさばけたムスリムはいる。
そういう人は豚肉以外のことはあまり気にしない。
(豚肉だけはどんなに不信心なムスリムでも気にする)
だから問題はアブディラーマンさんがどれくらさばけたムスリムかということだが、
さばけたエジプト人のムスリムが日本の相撲界に入るのかと思うと、首をひねりたくなる。
そもそもなぜエジプト人が日本で力士になったのか、そこが不思議。
アマレスか相撲かで実績があった人なんだろうか。
いっぽうでムスリムにとって、力士になるメリットもある。
例えば生活サイクル。
イスラム教は基本的に中東の砂漠の宗教。
朝早く起き、涼しい午前中に活動をして、午後は休むという生活だ。
1日5回のお祈りもそれに則っている。
まず早朝のお祈りは5時くらい、次は正午、3回目は3時頃(日の長さによって変わる)、4回目は日没、5回目は就寝前。
つまり、アブディラーマンさんは朝5時頃起きてお祈りを済ませてから稽古場に出ると
ちょうど稽古が始まる時間で都合がよさそうだ。
そして午前中たっぷり稽古をして食事を終えると、だいたい昼頃。
そこで2回目のお祈りをする。
午後は稽古がないからお祈りは自由にできる。
(もっとも夕食の用意をしなければならないから、日没のお祈りのときは少し忙しいかも)
それからイスラムは賭博を禁止しているので、野球賭博などに巻き込まれる恐れも少ない。
あ、これはムスリムが力士になるメリットじゃなくて、部屋のほうがムスリムを力士に育てるメリットか。
もし大嶽親方がそこまで計算尽くで彼を獲得したなら恐るべき慧眼と言える。
…などといろいろと考えてしまい、仕事が手に着かない私である。

関連記事

no image

ありえねー!

しょっぱなから全く予期しない出来事が起きた。 人為的原因により、ワン行きの飛行機に乗り損ねたのだ。

記事を読む

no image

娘を溺愛する父親と言われた

先週末、本の雑誌の杉江さんに会ったら、「最近高野さんのブログを見ていると、 娘を溺愛してる父親みた

記事を読む

no image

日本人はサッカーをビルマ人から学んだ

二週間前くらいだろうか、電車に乗っていたら突然、啓示が下りた。 「スローに生きよ」 そういう声が聞こ

記事を読む

no image

発売直前の本は売れるように見える

本の雑誌社へ赴き、できたての「アスクル」を見る。 一見ビジネス書風だが色合いがおかしい。 ブログに載

記事を読む

no image

家宝、誕生

新刊「ミャンマーの柳生一族」のおどろおどろしい表紙に笑った人も多いだろう。 「昔の東映時代劇みたい」

記事を読む

no image

世の中は私の知らない番組であふれている

三日間、伊豆に行ってきた。 昼間は外であれこれやっていたのだが、 夜は何もやることがなくすごくヒマ。

記事を読む

no image

タイの黄金のバーミヤン

バンコクから入り、西のラッブリー県というところに行った。 観光客はほぼゼロだが、なぜかバーミヤンみた

記事を読む

no image

深谷陽というアジア風天才漫画家

日本にいる時間が残り少なくなってきたので、 駆け足で紹介。 先日行われたmixiのイベントに、純粋

記事を読む

no image

旅に出るにはワケがある

わけあって部屋の片付けをした。 ゴミためのようで、足の踏み場もなかったのだが、 片付けるとウソのよ

記事を読む

no image

イスラム飲酒紀行

7月29日(火)、週刊「SPA!」にて不定期連載「イスラム飲酒紀行」が始まる。 イスラムと酒の両方を

記事を読む

Comment

  1. くう より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; YTB730; GTB7.1; .NET CLR 1.1.4322; YJSG3)
    相撲協会に勤務しています。部屋での生活はいろいろ配慮してもらえば何とかなると思います。新弟子は新弟子検査後に相撲教習所に半年(実質3
    カ月)通います。昼は食堂で食べますが、トンカツ、カレーライスが多いでようです。大嶽親方は相撲教習所担当だったことがありますので、そのあたりもわかるかもしれません。ラーメンもダメとは知りませんでした! 

  2. でかあたま より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/4.0; GTB7.1; SLCC2; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729; Media Center PC 6.0; .NET4.0C; BRI/2; YTB730)
    豚肉もですが,ラマダーン中はどうするのでしょう?
    今年のラマダーンは8月でしたが,暦の巡り合わせによっては,本場所と重なることがあるのでは?

  3. くう より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; YTB730; GTB7.1; .NET CLR 1.1.4322; YJSG3)
    正確には、新弟子検査合格後、初土俵を踏んで、相撲教習所に通うでした。食の好き嫌いは誰にでもあるので何とかなるかなとも思いました。確かに神道系の儀式がありますが、そのあたりは気づかないということで。ラマダーン中は稽古や本場所での取組もダメですか?

  4. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.0; WOW64) AppleWebKit/535.1 (KHTML, like Gecko) Chrome/14.0.835.187 Safari/535.1
    >くうさん、
    すごいですね、相撲協会関係の方もこのブログを読んでるんですか。
    迂闊なことは書けないですね。
    では大嶽親方によろしくお伝えください。
    って、何を?という感じですが。
    >でかあたまさん、
    激しい労働に従事している人はラマダン中も断食を免除されるはずです。
    実は、先日話題になった(水も飲めずに日本で試合をやらされた)エジプト代表のサッカーチームも断食しなくてもよいと判断されてしかるべき人たちだったと思います。
    ただ、国の代表ともなると、その辺が難しいのでしょう。
    力士はラマダンを免除されてしかるべきでしょうね。
    厳密にはイスラム法学者のファトワー(法的見解)を聞かねばなりませんが。
    相撲取りに関するファトワーが出たらすごいですねー。

  5. くう より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; YTB730; GTB7.1; .NET CLR 1.1.4322; YJSG3)
    いろいろとダメダメな大相撲に、高野さんが仕事が手につかないほど興味を持っていただいてうれしい限りです。
    迂闊なんて気にしないでください。
    大嶽親方はじめ部屋関係者に会ったら様子を聞いてみます。
    アブディラーマン君は16歳から相撲を始め、世界ジュニア選手権無差別級3位などの実績(ジュニアなのでどのくらい強いかはよくわからないですが)があります。
    報道によると力士になりたくて8月下旬に来日し、部屋を回って「就活」していたそうです。
    半年ほど日本語の勉強をして、来年3月新弟子検査、5月のデビューを目指すとのこと。
    ラマダン免除ならいいですね。
    プロの土俵は本場所、稽古場ともに日本の神を招くので問題でしょうか。
    正直、多くの外国人力士(日本人も?)はそのあたりをよくわかっていないかもしれません。

  6. やまいし より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.1; ja; rv:1.9.2.23) Gecko/20110920 Firefox/3.6.23 ( .NET CLR 3.5.30729; .NET4.0C)
    いろいろ大変でしょうが、それ以前に実力はイマイチなようで…
    (相撲雑誌に風斧山のコメントが載ってました)

でかあたま へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年3月
    « 3月    
     123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
PAGE TOP ↑