2011年のベスト本はもう決まった!
公開日:
:
最終更新日:2012/05/28
高野秀行の【非】日常模様
数日前、増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)を読了した。
これほど面白くて読み応えのある本にはめったにお目にかかれない。
いまや年配の人と格闘技ファン以外には知られていない柔道家・木村政彦の評伝だ。
私は格闘技ファンだから、当然、木村政彦が力道山と「昭和の巌流島」と呼ばれる一騎打ちを行い、「引き分け」という設定を途中で破った力道山に滅多打ちにされ、表舞台から永遠に去ったということくらいは知っていた。
でも、木村が、後の山下泰裕なども比べものにならないほど強かった、柔道史上最強の男であったこと(戦争がなければ全日本選手権を20連覇していたも不思議ではなかったらしい)、実は力道山より先にアメリカでプロレスを始めていたことなどは知らなかった。
また木村政彦が戦後、ブラジルに渡り、グレイシー柔術の祖・エリオ・グレイシーと戦って勝ったことは知っていたが、その一戦がブラジル人と日系人のナショナリズムをかけた
「昭和の巌流島・ブラジル篇」ともいえる歴史的事件だったことは知らなかった。
木村政彦についてだけではない。
本書では「柔道」の知られざる歴史についてもこれでもかというほど書いていて、
それが知らないことばかりで本当に驚かされる。
例えば;
・柔術を「柔道」と名称変更したのは加納治五郎のオリジナルではない。
・加納治五郎は柔道のスポーツ化を憂えていて、死ぬまで試合に当て身の導入を考えつづけていた。
・戦前は講道館のほかに、「武専」と「高専柔術」という2つの大き流れがあったが、
後者2つは戦争のために消滅、戦後を制した講道館のために存在を抹殺された。
・非講道館で古流柔術系もしくは講道館だが(政治的に)非主流派だった人たちが
どんどん海外に出て、柔術や柔道を普及させていた。
・サンボは柔道の関節技を発展させたもの。
などなど。
そして、それ以外にも;
・力道山と大山倍達はともにアメリカで「エンターテイメント」を学び、
日本におけるプロレスと空手の大衆化に成功した。
・昭和五十年代、日本の地方都市で裏社会による賭けを目的とした「何でもあり」の格闘技大会が催され、そのチャンピオンは木村政彦の愛弟子だった。
…とこれだけでもすごいのだが、しかしこれだけでは本書の魅力は全然伝わっていない。
本書は明治維新、満州事変、太平洋戦争、戦後のGHQ政策、戦後社会の形成を「柔道」という視点から鋭く捉えた日本近現代史の名著であり、「巨人の星」の世界をもっと過激に歩む師弟たちによる超・劇画の熱血物語であり、究極的には「勝負とは何か」「生きるとはどういうことか」をつきつめていく哲学書でもある。
ノンフィクションとしても、文章はひじょうに読みやすく、しかし「隙」や「無駄」が全くなく、圧倒的な「強さ」で迫ってくる。
本そのものが、木村政彦のようである。
2011年はまだあと3ヶ月近くあるけれど、私の中では本書が今年のベスト本に決定だ。
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Comment
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面白そうですね。読んでみます。あの試合は、力道山が最初から八百長のふりをして、たたきのめすつもりだった、という説があります。木村は生涯、あの試合については語らなかった、ともいわれています。木村の側からの、力道山への視点、楽しみです。それに戦後史が重なっているなら、なおさら・・・。敗戦で打ちひしがれた日本人に、勇気と希望を与えてくれた人物として、学問の世界では湯川秀樹、スポーツの世界では古橋広之進が取り上げられます。でも、戦後、日本人を一番元気づけたのは、力道山じゃないかな。これは私見です。
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滅多に出ないような名著ですよね。すばらしいレビューです。
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こんばんは〜
高野君と同じ中学校の園児(これなら思い出すかな・・)です。
元気で活躍してるようですね。
この前 たまたまFMを聞いていたらゲストに高野秀行さんといったので
え? 高野君かなーーーって聞いてました。用事があったので最初の
少しの時間しか聞くことできなかったのですが すごーーーい!!って
感動しちゃいましたぁ〜
じっくり ゆっくり 読んでみますね〜〜♪♪
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園児!
いや、どうもごぶさたで。
この前、カツから電話があって、今月末に八王子で飲もうって言ってたよ。
できれば、そのときに会いましょう。
(一般読者の方、私用通信になってしまい、すみません!)