*

猪木信者は本屋信者でもあった!

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


2年ほど前、「本の雑誌」で「プロレス本座談会」なるものが開かれ、
私も「レフリー:ジョー高野」として参戦した。
会場である新宿の居酒屋・池林房に行くと、パンパンに膨らんだボストンバッグを持って
入り口にたたずんでいる男がいた。
それが当時、出版業界紙「新文化」編集長の石橋毅史氏だった。
バッグの中にはアントニオ猪木の本が二十数冊詰まっていた。
「猪木は本が多いからファンは大変なんですよ」と石橋さんは苦笑しながら、
すべてを居酒屋の座敷に丁寧に並べていた。
座談会が始まってもこれがすごかった。
他には坪内祐三さんと、本屋プロレスや本屋野宿といった意味不明なイベントで知られる伊野尾書店の伊野尾さんがいた。
で、司会の浜本さんに坪内さんがジャイアント馬場のアメリカ修業時代の話をしているのに、伊野尾さんと石橋さんは勝手に「この前、新日のドーム、行きました?」「あれ、蝶野、どうだった?」とプロレス談義を始めてしまう。
座談会で、他の人たちが喋っているのを無視して、別の話をする人たちを私は初めて見た。
しかも酔っ払ってというわけではない。
なぜなら、彼らは話に夢中でビールのジョッキにはろくに口をつけてなかったからだ。
伊野尾さんは書店の店長で座談会など初めてだろうからまだわからないでもないが、
石橋さんは雑誌の編集長なのだ。どうかしている。
てなわけで、私の中では「石橋毅史=プロレス命」という刷り込みがなされており、
その人が「『本屋』は死なない」(新潮社)なんて本を出したのでびっくりした。
プロレス以外にも興味をもってることがあったのか!
もっとも「『本屋』は死なない」というタイトルは、ひじょうにプロレス的だ。
その昔、長州力が発した名言「老兵は死なず」をも彷彿させる。
P.25では、書店の棚作りで「売りたい本の横にわざとダメな本を置く」という書店員の説明に、石橋さんは「エースの隣に噛ませ犬を置く」とわざわざ言い換えていて、私は爆笑した。
そうだよなあ、プロレスファン、それもガチガチの新日本のファンなら、
言わずにはおれないだろうなあ。
ちなみに、「俺はおまえの噛ませ犬じゃない」という台詞も長州力が藤波辰巳に言い放った名言で、「噛ませ犬」なんて聞くだけでノスタルジーに涙ぐむ三十代、四十代の男子は少なくない。
とはいうものの、プロレス的な部分はそのくらいで、あとは実に真剣な書店と書店員と本の話がつづく。
ユニークな店作り、棚作りをする書店員をめぐって、全国を訪ねて回る石橋さんの姿は、
まるでユニークな試合をやっている地方のインディーズのレスラーや団体を訪ねて歩いている熱狂的ファンのようにも見える。
そこに浮かび上がるのは「希望」ではなく「情熱」だ。
よく「ジャズは死んだ」とか「プロレスは死んだ」とか「出版はもう死んでる」などと言う人がいる。
でもこの本を読むと、そうじゃない、と強く思いたくなる。
「プロレスは死んだ」というのは、そう思っている人の中で死んだだけであり、
「まだ生きてる」と思っている人の中では十分生き続けているのだ。
本屋は死なない。それは俺が本屋は死なないと思っているから——。
そういう理屈を超えた闘魂に満ちた一冊であり、出版界の改善につながらなくても
ダーッ!と拳を突き上げたくなったりするのである。

関連記事

no image

目指すはドリトル先生

読者の方からご指摘があったが、今回の『メモリークエスト』のカバーは 「ドリトル先生」をイメージした

記事を読む

no image

ペルシア猫を誰も知らない

イランのクルド人監督バフマン・ゴバディの『ペルシア猫を誰も知らない』を渋谷ユーロスペースで見た。

記事を読む

no image

怪獣はダメか

ブログに長井さんのことを書いたため、 朝から電話とメールがひっきりなし。 ついには渋谷のNHKに呼び

記事を読む

no image

テレビ川柳師・ナンシー関の秀逸な評伝

読書運というものがあって、読んでも読んでも面白い本に当たらないときもあれば、手にする本がことごとく面

記事を読む

no image

ある阿呆の血

10日ほど前だが、このブログを通して、読者からのメールが来たのはいいが、 「あなたは私を知っている。

記事を読む

no image

ダーティな本気はピュアなのか

斉藤一九馬『歓喜の歌は響くのか 永大産業サッカー部 総武3年目の天皇杯決勝』(角川文庫)を読んだ。

記事を読む

no image

友人がちゃんと難民になる

フランスへ逃れてから難民申請をしていたルワンダ人の友人から 「やっと正式な難民認定を受けた」という喜

記事を読む

no image

生きている、というのは健康によくない

ツイッターで繰り返しぼやいているように、アフリカから帰国してからというもの、 仕事や雑務が山積してい

記事を読む

タイ行きのお知らせ

今日からタイ行きである。 帰国は9月3日。二ヵ月弱も滞在することになる。 何しに行くのか

記事を読む

no image

2月から3月はブータン

1月にソマリランドを再訪する予定だったが、 諸事情により延期し、 かわりに2月10日頃から約1ヵ月、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年12月
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
PAGE TOP ↑