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死んでも「生きるハードボイルド」

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

肝心の陳会長の話をしていなかった。
私はトリオ・ザ・パンチもイカ天も見たことがなく、したがって内藤陳という人がどういう人なのかさっぱりわからなかった。
ただ漠然と「有名な書評の人」と思い、あろうことか、呉智英とよく間違えていた。
「陳」と「呉」がともに漢族っぽかったからだろう。
最初に会ったのは友人の誘いで陳さんのバー「深夜+1」に行ったときだった。
そのとき出たばかりの本を進呈したら、「サインして下さい」と言われて驚いたことを憶えている。当時、私はまるっきりの無名で、陳さんは有名人だったからだ。
陳さんは私の本を「ムベンベ」から読んでくれていたようだ。
その後、私がミャンマーで世話になっていた辺境旅行会社経営のKさん、
私をブータンに送り込んだ黒幕であるバイオベンチャー経営の二村さん、
私と一緒に自転車で走ったりこのブログを管理してくれたりしているワタル社長など、
周囲の「有象無象」系の友人たちが深夜+1に出入りするようになった。
ワタル社長は日本冒険小説協会のHPをつくったし、
二村さんは政治議論して陳さんに
「馬鹿野郎!」と怒鳴られたという噂で、Kさんにいたっては深夜+1で知り合った女性客と恋仲になり、そのまま結婚してしまった。
そうそう、ワタルが結婚式を挙げたとき、陳さんも来てくれたのだが、
「有象無象系友人」と一緒くたにされ、Kさん、二村さん、私、私の妻というテーブルになってしまった。
私たちが酔っ払って騒いでいるとき、妻の隣にいた陳さんが、初対面なのに気を遣って、ずっと妻と話をしていてくれたそうである。
ゴールデン街近くの韓国料理店で、初めて内澤旬子さんと仕事でなく酒を飲んだことがあった。ノンフィクションをやってる人間がフィクションを書くのはいかに難しいかという話で盛り上がり、「そういえば、もう一人同じ悩みを抱えてる人がいるよ。その人と一緒に文芸部を結成して、みんなで小説を書こう!」ってことになった。
今から思えば、それがエンタメノンフ文芸部発祥の瞬間だったのだが、
まさにその話をしている真っ最中に、店に陳さんが自分の店の若い衆を連れて、
ぶらっと入ってきたのだった。
若い衆に上着を脱がせ、「おい、おめえ、先に座るんじゃねえ!」と鋭く叱咤する辺りは、
老舗の、小さいヤクザの親分のようだった。
でも、私が内澤さんを紹介すると、仏のような顔になって、
にこにこと挨拶してくれていた。
それまで「ああいう馬鹿な編集者は死ね!」とか言っていた内澤さんも急に借りてきた猫のようにいそいそと三つ指をついて「よろしくお願いいたします〜」なんて言っていた…という話は前にこのブログでも書いた。
でも、陳さんには何とも言えない色気というかチャーミングなところがあった。
妻もそう言っている。
最後にお会いしたのは去年の秋に行われた日本冒険小説協会30周年記念&陳会長生誕75周年記念のパーティ。
挨拶を求められ、私は会長に「ソマリアの海賊とコネをつけました。三百万くらいあれば
海賊の親分になれるので、よろしければご紹介します」などと言った。
そのときは相当具合が悪かったと思うし、実は歩くのも大変だったとあとで聞いたが、
会場内を自力でふつうに歩き、前と同じように泰然自若としていた。
私の挨拶もいつものように、実に楽しそうに笑って聞いていた。
一昨日、こんな話を聞いた。
陳さんは亡くなったとき、病院にいた。
ナースステーションの前にある椅子にかけていたのだが、急に、付き添いのYさん(深夜+1のバーテンで俳優)に、「おい、俺、呼吸の仕方を忘れちまったぞ!」と言った。
Yさんが驚き、「会長、深呼吸して下さい!」と言ったら、一、二度、息を深く吸ったり吐いたりしたあと、にやっと笑った。
そして意識を失った。Yさんは看護師さんや医師を呼んだが、そのまま息をひきとったそうだ。
この話をYさんは記者たちに話したそうだが、どの新聞にも載らなかったという。
「できすぎ」と思われたらしい。
でも陳さんのことだから、「最後はこうやって決めたい」とか思っていたのかもしれない。
陳さんこそ、最後までハードボイルドを貫いた人だったのだ。
(追記)
最後になってしまったが、陳会長のお世話を最後までしていて、
宴会の段取りもしてくださったYさん、どうもお疲れ様でした。
私からも心より御礼申し上げます。

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    • いい時代だ! ReplyRetweetFavorite
    • それにしても、ソン・ガンホは黙って座っていて息をしているだけで面白い。 ReplyRetweetFavorite
    • ポン・ジュノ監督、ソン・ガンホ主演の『パラサイト 半地下の家族』を渋谷の東宝で観た。スクリーンがすごくでかいのに、まちがって前から四列目の席をとってしまったため、「観た」というより「現場に居合わせた」感じ。いや、すごい体験だった。 ReplyRetweetFavorite
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