*

ハサミ男、驚愕のラスト

公開日: : 最終更新日:2012/06/04 高野秀行の【非】日常模様


前々から気にはなっていたが、読んでいなかった殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫)を読んだ。

これがデビュー作のはずだが、恐ろしいくらいの完成度である。しかもユーモアがちりばめられ、トリックも秀逸で、ほぼ言うことなし。

メフィスト賞ってすごいなとあらためて思った。これまでも舞城王太郎『土か煙か食い物』、古処誠二『アンノウン』(ともに講談社文庫)といった受賞作にいたく感銘を受けたが、これで三作目だ。この作家はこのあとどんな深化を遂げているのか気になる。きっと読まずにはいられないだろう。

ところで、本書の最後の最後に、本筋とはまったく関係なく、唐突に主人公格の登場人物二人がこんな会話を始める。

「知ってますか? 現ミャンマー、昔のビルマにシュエダウンという作家がいたそうでしてね」
(中略)
「二十世紀初頭に、シャーロック・ホームズをビルマ語に翻案したんですよ。登場人物はビルマ人、舞台もビルマに置き換えてね。『探偵マウン・サンシャー』というタイトルです」
(中略)
「マウン・サンシャーを無理やり日本語に訳せば、『サンシャー大兄』かな」
「そのサンシャー大兄がホームズなんですね」
「そうです。この翻案は読者に熱狂的に受け入れられ、大反響を呼んだらしい。今でも読まれているというから、たいしたものです。よほど面白いんでしょうね」
(中略)
「誰か翻訳してくれとは言いませんが、どういうふうに翻案されているのか、是非知りたいですね。ドクター・ワトスンはなんていう名前なんだろう」

いやあ、ぶったまげてしまった。繰り返すが、本筋に全く無関係にこんな話が出てくるのだ。
殊能さんはどこでこの小説の情報を得たのだろう。本書の単行本は1999年に刊行されている。
このとき、実はすでに義姉・高橋ゆりが「ミャンマー・タイムズ」にて、「名探偵ウ・サンシャー」シリーズの翻訳を連載していたはずだが、
それは知らなかったのだろう。

「誰か翻訳してくれって言いませんが」とあるが、とっくに訳されていたんですよ、殊能さん。
そんなに気になるのなら、私の手元にコピーがあるのでお送りします。講談社文庫の担当編集者を通して連絡をくださいね。

関連記事

no image

最近読んだ面白い本

ブログを書く時間がなかなかとれないので、お勧め本がたまってきた。 ここにまとめて公開しましょう。

記事を読む

no image

今度はジュンク堂新宿店で

丸善ラゾーナ川崎店で驚いていたら、 今度はジュンク堂新宿店で「高野秀行が偏愛する本たち」というフェ

記事を読む

no image

日本はフライ級ミステリの宝庫?

独裁政権下の小説を読みつづけている。 最近はオレン・スタインハウアー『極限捜査』(文春文庫)を読ん

記事を読む

no image

超オススメのこの本とこの雑誌!

来週の土曜日(3月4日)から20日まで、ソマリランドとソマリアに行くことになっている。 たかだか二

記事を読む

no image

陰と陽

月刊「日経エンタテイメント」の取材を受ける。 今までは『怪獣記』だったが、今回初めて『怪魚ウモッカ格

記事を読む

no image

休みをとって職場へ?

金曜日はジュンク堂書店新宿店にて、宮田珠己部長とトークイベント。 (司会は杉江さん) 例によって宮

記事を読む

no image

マンガ「ムベンベ」と単行本「しわゆめ」

 秋田書店へ行き、同社「ヤングチャンピオン」誌で、7月から連載開始の漫画「ムベンベ」の第一話・生原稿

記事を読む

no image

ひそやかに『謎の独立国家ソマリランド』完成

2月18日発売の新刊『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の

記事を読む

ドンガラさん、15年ぶりの緊急来日

私がかつて翻訳したコンゴ文学の名作『世界が生まれた朝に』(小学館、絶版)。 その著者であるエマ

記事を読む

no image

わが読書人生史上、最高に驚いた出来事

宮田部長の『スットコランド日記 深煎り』(本の雑誌社)を読んでいた。 例によって、四国のお遍路だと

記事を読む

Comment

  1. hu より:

    そして、ワトスン君はなんと訳されていたのでしょうか…気になります。
    シュエ・バマーを手にとったことはあるんですが気がつきませんでした。

hu へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑