*

タマキングのおそるべき深化

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

早く紹介せねば!と思いながら、もう発売から二週間近くが過ぎてしまった。でも、まだ買っていない人もたくさんいるだろう。まだ遅くない。

宮田珠己部長の新刊『はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある』(本の雑誌社)。昔からの熱烈なタマキンガーであり、今では文芸部の仲間である私が、今さら宮田部長の本をほめても説得力を感じないかもしれない。

でも、ちがう。本書はこれまでのタマキング本とは一線を画す凄い本なのだ。

まず装丁がむちゃくちゃいい。いまどき、単行本なんて高くて重くて嵩張って…と私でも思うが、本書は単行本でぜひ読みたいと思わせる装丁だ。

しかし装丁は序の口で、中身はもっと凄い。帯には「脱力エッセイ的ブックガイド」とあるが、そんなもんじゃない。たしかにいつも通りに笑えるし、下らない。学術書や人文書にあれこれツッコミを入れて楽しんでいる。でも、私は読んでいるうちに怖くなってきた。タマキングは相変わらず進歩は何もしていないが、いつの間にかおそろしく深化していたのだ。

ここに紹介されているのは、昔のヨーロッパ人の目から見た、あるいは単に誤解した日本や非西欧世界だったり、知られざる日本の昔の風景や先住民の世界観、宇宙論、深海の生き物などである。

東海道は中世には道と呼べるものではなく断崖絶壁や海の中を歩いて行ったが、もっと前、奈良時代には片側二車線の高速道路みたいな巨大直線道路が全国を走っていたとか、アボリジニには時間の概念がなく、すべてはもう起きてしまったことだとか、宇宙には11次元あることが有力視されているとか、昔の四国遍路は断崖から海にダイブし、運良く生き残ったらまた先を続けるという過激なものでそれに比べれば今の歩き遍路などスタンプラリーと変わらないんじゃないかとか、生物は地底から産まれ、石油は生物の堆積したものなんかではないという説が有力になってきてるとか、びっくりするようなことがこれでもかと並べられている。

本書を読んでいると、これまでの人類がいかにへんてこな目で世界を見ていたかわかるし、今まで私たちが学校で習ってきたことも誤解だらけで、常識などウソだらけだともわかるし、今の科学最先端はすでに20年前とは似ても似つかないものにとって変わられていることもわかる。

そして、今の私たちがそうだと思っているものも、おそらく他の国の人間や数百年前の人間や数百年後の人間から見たらデタラメの羅列であり、ほぼ無知と勘違いから構成されたフィクションだということにも気づかざるをえない。科学はどんどん進歩するが、逆にいえば、永遠に正解にはたどりつかないということも実感せざるをえない。

本書を読んでいると、自分たちのまわりは中世より暗い暗黒時代であり、すべてが謎に包まれているような恐怖というか不安にとらわれる。そのいっぽう、全てが謎で未知なら、それはもう私にとって楽園である。タヒチである。タマキング曰く、「今すぐ水着に着替えたい気分だ」ということになる。

世界観をひっくり返すような本であり、これを文学と言わず何と言おうか。私はおかげで読後、丸二日、仕事が手に着かなかった。仕事が調子いいときには読まない方がいいだろう。その代わり、仕事や就活、受験などのプレッシャーを抱えているとき、将来のことを思い悩んでいるときには最適だ。なにしろ、この世の全ては無知と勘違いなのである。進路? 売り上げ? 成果? そんなこと、どっちでもいいわと心から思えるのである。

関連記事

内側から見た「やくざ」

最近イースト・プレスの本が面白い。 まあ、知り合いの編集者が増えて新刊を送ってきてくれるせいも

記事を読む

no image

意識が

「婦人公論」の書評コーナーでインタビューを受ける。 本を出すたびに、こういうふうに反響がくるのはあ

記事を読む

no image

豚に真珠とはこのことか

昨年亡くなった義母の命日なので (そして一昨年亡くなった義父の命日にも近いので)、 義姉とその夫であ

記事を読む

no image

ネアンデルタール人の冬眠性って…

 ケリー・テイラー=ルイス著『シャクルトンに消された男たち』(文藝春秋)の書評を書く。  前に書いた

記事を読む

no image

リキシャ・アートは語る

バングラの印象といえば、リキシャ。 自転車がひっぱるサイクルリキシャがメインだが、 人間を乗せるだ

記事を読む

no image

未確認思考物隊

1月からどうやら本当に始まるらしい関西テレビの 変な番組のタイトルが決まったと連絡があった。 「未確

記事を読む

no image

友人がちゃんと難民になる

フランスへ逃れてから難民申請をしていたルワンダ人の友人から 「やっと正式な難民認定を受けた」という喜

記事を読む

no image

紀伊國屋書店新宿南口店にてもう一つのトークイベント

渋谷の丸善&ジュンク堂書店でのトークイベントはもう定員に達したようです。 それに行けない方にお知ら

記事を読む

no image

赤坂高級ホテルの夜

赤坂のANAインターコンチネンタルホテルのプールに行ってきた。 平日の午後3時過ぎでも入場料3000

記事を読む

no image

マンガ「ムベンベ」と単行本「しわゆめ」

 秋田書店へ行き、同社「ヤングチャンピオン」誌で、7月から連載開始の漫画「ムベンベ」の第一話・生原稿

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • RT : 今国会に提出された入管法改正案。大きな影響を受けるのは当事者の方々です。難民申請中の3名の方に、思うことやご意見を伺いました。 ウェブサイトには全文掲載しています。あわせてご覧ください👇 https://t.co/… ReplyRetweetFavorite
    • 単行本の原稿が終わったら急に本が読めるようになった。まだエピローグ書いてないから気を許す段階じゃないんだけど。でも久しぶりに読書の喜びを味わっている。 ReplyRetweetFavorite
    • 今まで野村監督に特に興味がなかったんですが、加藤さんの本を読んで、すごく好きになりました。人間味にあふれた策士というところ、でも言うことは決して奇をてらわないとか。あと、やっぱりサッチー、スゴい(笑) https://t.co/FrRQVs2IX8 ReplyRetweetFavorite
    • あ、そうだったんですね。名監督の知られざる一面を描いているし、著者ご本人の青春記風でもあり、『嫌われた監督』を彷彿させました。落合夫人とサッチー夫人もよく似てるし(笑)いや、面白かったです。 https://t.co/66kmDl74FN ReplyRetweetFavorite
    • 先月から自分の単行本原稿が佳境に入り、読書が全くできなくなっていた。他人の文章が頭に入らない。なんだけど、今日一息ついたあとで、なぜか加藤弘士著『砂まみれの名将 野村克也の1140日』(新潮社)を一気読みしてしまった。あまりにも自分の仕事と関係がなかったのがよかったのかも。 ReplyRetweetFavorite
    • 単行本を一冊書くのはエベレスト登山にも似ている。頂上に近づけば近づくほど一歩進むのが辛くなる。でもようやく『イラク水滸伝』本文の最終稿を書き終えた。あとはエピローグと参考文献、写真のセレクト、地図の作成、ゲラ校正、専門家への確認……頂上までまだけっこうあるな…。 ReplyRetweetFavorite
    • 文庫1位が久生十蘭!そそられる!! https://t.co/OWK4Bvakwo ReplyRetweetFavorite
  • 2023年3月
    « 3月    
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
PAGE TOP ↑