*

「ミャンマー」じゃなくて「バマー(ビルマ)」だった

公開日: : 高野秀行の【非】日常模様

昨日、高橋ゆりさんからメールが来た。彼女も『ハサミ男』に名探偵サンシャーの話が出てくることにびっくりしていた。で、一つ私が勘違いしていることを指摘してくれた。

ゆりさんがサンシャーのシリーズを翻訳し、私が編集者として掲載したのは90年代の「ミャンマー・タイムズ」だと思い込んでいたが、実は2003年の「シュエ・バマー」だったという。

私が仕事をしていたアジア新聞社は、それはもう、テキトウで何でも好きなことができる素晴らしい会社だった。

当初、ビルマ語(ミャンマー語)の新聞は「ミャンマー・タイムズ」という名前で、政府寄りの新聞だった。というか、ミャンマー大使館の職員が記事を書いていた。ミャンマー語ページは政府の広報みたいなものだった。

ところが、2000年頃だろうか、社長が突然、反政府寄りに新聞を変えてしまった。理由は「在日ビルマ人は反政府の人が多くて、政府系じゃ広告が全然とれないから」。

その結果、名前も政府が強く主張する「ミャンマー」から民主化勢力が強く主張する「バマー(ビルマ)」に変え、「シュエ・バマー(黄金のビルマ)」と改名されたのだった。

編集スタッフは同じだったが、なにしろ反政府新聞になってしまったので、編集長役を務めていたMさんは政府のブラックリストに載って国に帰れなくなり、その後は難民認定を受けて日本で暮らすことになった。

「名探偵サンシャー」が掲載されたのは、だから政府系じゃなく反政府系時代のことなのだ。

それは『ハサミ男』が刊行されたあとの話で、まるでゆりさんは殊能さんのリクエストに応じるように小説を訳した。ちなみに、名探偵サンシャーの作品が翻訳されたのは世界初だったそうである。

もし私が発売当初に『ハサミ男』を読んでいたら、もっと新聞紙上でいろいろな働きかけをしたものをと、少し残念だ。例えば、殊能さんにインタビューをするとか、ゆりさんと対談してもらうとかなどである。あの新聞だったら、何でもできた。

そうそう、あまり説明してなかったが、「ミャンマー」と「ビルマ」はどうちがうのかということである。政府系はミャンマー、反政府(といっても民主化勢力)はビルマ、という説明がなされることが多いが、実はミャンマーとバマー(ビルマ)は、ニホンとニッポンのようなものである。

ニホンとニッポンは同じだが、使われ方は若干ちがう。戦前はもっぱら「ニッポン」であり、戦後はその反動でもっぱら「ニホン」。でもスポーツの国際試合など、国威発揚の場面では急に戦前に戻り「ニッポン」。

これは第一に音の問題である。「ニホン」ではhの音が入るため、気が抜けて大声で発音しにくいのだ。やっぱり「ニッポン」のほうが国威発揚には都合がいい。

「ミャンマー」も同様で、1930年代、イギリスからの独立を目指すミャンマーの若者たちはナショナリズムのために、穏やかな語感の「ミャンマー」でなく威勢のいい「バマー」を意識して使うようになったと聞いている。

あくまで歴史的な結果的だが、軍事政権はナショナリズムっぽくない方の語にこだわってきたのである。

まあ、今となってはミャンマーとビルマ、私はどっちでもいいと思っているので、てきとうに使っています。

関連記事

no image

スーダン南部、独立へ

スーダン南部の独立をめぐる住民投票がはじまった。 報道では独立派の圧勝と予測されている。 一体どうな

記事を読む

no image

趣味は「辺境料理」に決定

先日「公募」もした私の「趣味」がやっと決まった。 「辺境料理」である。 私はチェンマ

記事を読む

no image

日本タイトルだけ大賞2011の候補になっていた

とにかく面白い(笑える)タイトルだけを選ぶ「日本タイトルだけ大賞」というのがあり、 知らないうちに「

記事を読む

no image

となりのツキノワグマ

ツバルが沈まなくて驚いたばかりだが、 またしても環境問題の常識が覆される本を見つけた。 宮崎学『と

記事を読む

no image

佐藤圭作監督『人間椅子』

私の学生時代からの数少ない探検部以外の友人である佐藤圭作が、 今度、商業映画監督としてデビューする

記事を読む

no image

チャリ仲間が芸術祭大賞をプロデュース

私の友人で、昨年九州を一緒に自転車で走ったワンマン社長(社員が自分ひとりしかいないという意味だが)

記事を読む

no image

2009年の小説ベスト1

ここんところ仕事で行き詰っているのに、いや、だからこそ、 大作の小説を読んだ。 アミタヴ・ゴーシュ

記事を読む

no image

「クロワッサン」で料理デビュー

明後日(3月25日)発売の「クロワッサン」が届いた。 表4(裏表紙?)をめくったところに、内澤

記事を読む

no image

ポルターガイストで訴える

「未確認思考物隊」の第5回と第6回のテーマは「心霊」だが、 おかげさまで両方とも私のリポート出動はな

記事を読む

no image

育ての親

自然現象なのかバイオリズムなのか、 周期的に「落語がすごく聞きたい」という時期がくる。 今がその時期

記事を読む

Comment

  1. やなぎさわ より:

    初めて書き込みます、高野さんのファンです。
    「ハサミ男」他、殊能さんの作品はどれもホントに面白いですよね。
    ところで殊能さんの存在が謎に包まれていて気になってます。
    高野さん何かご存じありませんか?(新作が読みたい・・・)

    高野さんへの初コメントなのに、他作家の事ばかりで失礼しました。
    もちろん高野さんの作品は、ほとんど読ませていただいています。
    「メモリークエスト2」楽しみにしております。
    (前作、とても興奮しました!)

  2. 高野 秀行 より:

    殊能さんですか? いやあ、全然知りません。

    「メモリークエスト2」は、もう、神のみぞ知る、ですね。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

  • 2025年1月
    « 3月    
     12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
PAGE TOP ↑