*

自意識が森に溶けていく

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様


以前、本の雑誌の杉江さんが「すごいドキュメンタリーですよ!」と
NHKハイビジョンでブラジルの先住民ヤノマミ族を撮った番組のDVDを貸してくれた。
ヤノマミは関野吉晴や長倉洋海の写真でも見ていたし、
番組を見ると、最初の5分でその場の様子、生活ぶりが「見えて」しまった。
「あー、こんな感じなんだな」とわかってしまうのである。
ハイビジョンで撮影されるアリなどの昆虫や雨のしずくなどのリアリティはすごいと
思ったが、
正直言って、「行ってみたい」とは思わなかった。
世界で最も文明から隔絶されているというヤノマミを見ても新鮮に思えない自分にショックを受けてしまったくらいだ。
なので、そのディレクターが書いた『ヤノマミ』(NHK出版)も当然あまり期待してなかったのだが、杉江さんが今度は日記で「人生でいちばん衝撃を受けた本かもしれない」というようなことを書いていたから、さすがに読んでみようと思った。
したら、こちらは凄かった。
テレビ番組にはなかった取材者のヤノマミと森に対する「畏れ」の気持ちが
あふれているのである。
ヤノマミの非文明度は、やっぱり私が訪れたことのある民族とは
レベルがちがう。
集落に何か起きると「ナプ(よそ者)のせいじゃないか」と脅され、
健康な赤ん坊を母親が足でふみつけて手で首を絞めて殺すのを撮影しているうちに
ディレクターもカメラマンも心身が壊れていく。
倫理や思想のちがいに衝撃を受けるというのを通り越し、自意識が森に溶けていくという感じを私も味わってしまった。
読み終わると、今自分の住む世界が変わって見える。
違和感をおぼえ、くらっとくる。
それくらい、ものすごい体験記である。

関連記事

no image

un no ochiteiru kata boshu

Bhutan no kita e ittekita. omotta ijou ni samukute

記事を読む

no image

「幻獣ムベンベ 早稲田大学探検部コンゴ行」

7月12日発売のヤングチャンピオン誌で、いよいよマンガ版「ムベンベ」が始まる。 正式なタイトルは「

記事を読む

no image

念願かなってモガディショ

今から十数年前だから、1990年代半ばか後半くらいだろうか。 ヨーロッパか中東かアフリカか忘れたが、

記事を読む

no image

無料出張上映会&琉球映画

今月から始めた無料出張上映会の第一回が 台東区の施設で行われた。 主催者は旅好きな会社員の人。 その

記事を読む

no image

船戸与一は不死身

日本冒険小説協会の内藤陳会長が昨年末に亡くなり、その追悼イベント 「内藤陳帰天大宴会」というものが行

記事を読む

no image

メールが届かない

最近、こちらから出したメールが届いていないというケースが増えている。 プロバイダのせいなのだろうか。

記事を読む

no image

編集者は辛いよ

私がプロデュースするアブディン『わが盲想』がいよいよ終盤にさしかかっている。 本来なら2月いっ

記事を読む

no image

「移民の宴」ソマリ篇?

長生きはするものである。 かつてレトルトカレーを「めんどくさい」という理由で温めずに食っていた

記事を読む

no image

ムベンベ写真本

お盆休みが終わってしまい、プールも混みはじめてきた。 残念である。 ところで、『幻獣ムベンベを追え』

記事を読む

no image

これも旅?

長い一日だった。 6:30起床、荷物など準備。 朝10時頃、ザックをかついで家を出た。 横殴りの雨で

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇のお知らせ

高野さんより、「デビュー35周年記念・自主サバティカル休暇」のお知らせ

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

→もっと見る

  • 2025年4月
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930  
PAGE TOP ↑