*

世の中がキビシイのではなく

公開日: : 最終更新日:2012/05/28 高野秀行の【非】日常模様

二週間ほど前のこと、探検部OBで映像ディレクターの竹村先輩と本の雑誌の杉江さんと
三人で会った。
2月に撮影したサハラマラソン映像を何かの形で商品化できないかという相談である。
竹村先輩はテレビ界の直木賞ともいえる「ギャラクシー賞」を二十代で受賞し、
NHKスペシャルなどもたくさん撮っている一流ディレクターなのだが、
最近はテレビの仕事があまりに報われないということで、
新しい映像表現の場を探しているのだ。
でもテレビ以外で映像をビジネスにするというのは存外にむずかしい。
もちろん広告ならいくらでもあるが、ドキュメンタリーではどうやったらいいのかわからない。
その日も三人であーだこーだとさんざん話したが、
「とりあえずDVDにして売るしかないんじゃないか」という話になった。
将来的にサハラマラソンの本が出たとき、別売りにしたらどうかということである。
「仮に1枚1000円で売ったとして、千人が買ってくれたら10万円か」と私が言うと、先輩も杉江さんも「そうだねえ…」と黙り込んだ。
みんなして、口には出さなかったが、「キビシイ…」と思ったのだ。
サハラマラソンは一人20万円以上かけている。
趣味ならまだしも、これじゃとてもじゃないが仕事として成立しない。
「でも何かやらなきゃ始まらないし…」と私が例によって根拠なき楽観主義を発揮して
その日はお開きになった。
で、昨日。竹村先輩がうちに来て言う。
「高野さあ、この前一枚1000円で千人が買ってくれたら10万円って言わなかったっけ?」
「ええ。それが何か?」
「一枚1000円で千人なら、100万だろ!!」
「え?!」
いやあ、びっくりした。
道理で安すぎると思った。
しかし、いい大人が三人いて、どうして計算を一桁間違って誰も気づかないんだろう。
杉江さんなんか営業なのに。
これが逆に一桁多くて1000万円と言ったらな「おかしい」とすぐ気づいただろう。
要するに日頃から「どうせ金にならない」と思い込んでいるので、
収入の低さにはすぐ納得してしまうのだ。
世の中がキビシイのではなく、私たちが人間社会で普通に生きていくこと自体がキビシイのだった。

関連記事

no image

早稲田についての質問は困る

「早稲田」についての記事をつくっている毎日新聞の記者の人から取材を受ける。 その記者さんの話では、今

記事を読む

no image

インディアンの驚くべき小説

シャーマン・アレクシー『はみだしインディアンのホントにホントの物語』(小学館)という本を妻の本棚で

記事を読む

3月〜4月の講座とトークイベント

3月から4月にかけて、私が出演するイベントのご案内です。 3月23日(月)19:30〜 ジ

記事を読む

バングラのセレブ秘密酒宴

昨夜は必死に起きてW杯ドイツ対アルゼンチンを見ていたのだが、ちっとも点が入らず、メッシも活躍しな

記事を読む

no image

韓流「三畳記」?!

1週間ほど、ロシアに行って来た。 帰りはちょうどエリツィンの葬儀とかち合ってしまい、空港とアエロフロ

記事を読む

no image

祝!第3回 酒飲み書店員大賞受賞

 私の敬愛するタマキングこと宮田珠己の『東南アジア四次元日記』(文春+文庫)が 第3回酒飲み書店員

記事を読む

no image

ビンゴ大会で優勝

火曜、水曜と一泊二日で千葉の海辺へ両親と弟一家の総勢9名で出かけた。 一族旅行など初めてのことだっ

記事を読む

no image

正月には柳昇師匠がよく似合う

ここ数日、なんだか正月のような気がしてならない。 そう言うと妻に「は?」と呆れられたが、寒くて晴れて

記事を読む

no image

間違えてしまった…

「ミャンマーの柳生一族」が予想以上に好評だ。 あんなトンチキな本、誰が読むんだろうと他人事のように思

記事を読む

no image

ノビシロマン

水泳に行くと、仲間というか先輩の方々から「高野さんはいいね、ノビシロがいっぱいあるね」と言われる。

記事を読む

Comment

  1. bkkakiyama より:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 5.1; Trident/4.0; GTB0.0; .NET CLR 2.0.50727; InfoPath.1; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)
    え、印税のことじゃなかったの???

  2. 高野秀行 より:

    AGENT: Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; en-US) AppleWebKit/534.3 (KHTML, like Gecko) Chrome/6.0.472.62 Safari/534.3
    そう、たぶん杉江さんも印税と勘違いしたんでしょうね。
    でもこれはあくまで自分たちで直販するという話なのでした。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。

no image
イベント&講演会、テレビ・ラジオ出演などのご依頼について

最近、イベントや講演会、文化講座あるいはテレビ・ラジオ出演などの依頼が

ソマリランドの歌姫、来日!

昨年11月に、なんとソマリランド人の女性歌手のCDが日本でリリ

『未来国家ブータン』文庫はちとちがいます

6月23日頃、『未来国家ブータン』が集英社文庫から発売される。

室町クレージージャーニー

昨夜、私が出演したTBS「クレイジージャーニー」では、ソマリ人の極

次のクレイジージャーニーはこの人だ!

世の中には、「すごくユニークで面白いんだけど、いったい何をしている

→もっと見る

    • アクセス数1位! https://t.co/Wwq5pwPi90 ReplyRetweetFavorite
    • RT : 先日、対談させていただいた今井むつみ先生の『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田嘉美氏と共著、中公新書)が爆発的に売れているらしい。どんな内容なのかは、こちらの対談「ことばは間違いの中から生まれる」をご覧あれ。https://t.c… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 今井むつみ/秋田喜美著『言語の本質』。売り切れ店続出で長らくお待たせしておりましたが、ようやく重版出来分が店頭に並び始めました。あっという間に10万部超え、かつてないほどの反響です! ぜひお近くの書店で手に取ってみてください。 https:/… ReplyRetweetFavorite
    • RT : 7月号では、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)が話題の高野秀行さんと『ムラブリ』(同上)が初の著書となる伊藤雄馬さんの対談「辺境で見つけた本物の言語力」を掲載。即座に機械が翻訳できる時代に、異国の言葉を身につける意義について語っ… ReplyRetweetFavorite
    • オールカラー、430ページ超えで本体価格3900円によくおさまったものだと思う。それにもびっくり。https://t.co/mz1oPVAFDB https://t.co/9Cm8CjNob8 ReplyRetweetFavorite
    • 文化背景の説明がこれまた充実している。イラク湿地帯で食される「ハルエット(現地ではフレートという発音が一般的)」という蒲の穂でつくったお菓子にしても、ソマリランドのラクダのジャーキー「ムクマド」にしても、私ですら知らなかった歴史や… https://t.co/QAHThgpWJX ReplyRetweetFavorite
    • 最近、献本でいただいた『地球グルメ図鑑 世界のあらゆる場所で食べる美味・珍味』(セシリー・ウォン、ディラン・スラス他著、日本ナショナルジオグラフィック)がすごい。オールカラーで写真やイラストも美しい。イラクやソマリランドで私が食べ… https://t.co/2PmtT29bLM ReplyRetweetFavorite
  • 2024年4月
    « 3月    
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930  
PAGE TOP ↑