この夏は「人間仮免中」
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最終更新日:2012/07/10
高野秀行の【非】日常模様
忙しい。仕事と雑務から逃げるように奄美に行き、まる五日、さんざん楽しんで帰ってきたら、しつこく彼らは居残っていたどころか、ますます増殖していた。まるで宿題に何も手をつけずに8月30日を迎えてしまった小学生のような気分だ。
雑務といっても、重要でないものはほとんどない。インタビュー、講演会、友だちや親戚のつきあい、家事、プロデュース業、書店まわりなどなど。重要でないのにやらなくてはいけないというのは携帯とiPhoneの修理くらいだ(これだけは誰かに頼みたい!!)
というわけで、今日ももう出かけなければいけないのだけど、とにもかくにも卯月妙子『人間仮免中』(イーストプレス)だけは紹介せねば。
この本はすごい。統合失調症を持病とし、AV女優やストリッパーを経験、夫の自殺や本人の自殺未遂も経てきた女性漫画家の自伝マンガである。
あまりの壮絶さと、彼女を愛する謎のおやじ「ボビー」の愛がすばらしく、涙腺が緩みっぱなしなのに、あまりに笑えるシーンが多くて、口元も緩みっぱなしという希有な本だった。
ヨガをやって統合失調症の発作が起きたのか、歩道橋の上から車道にダイブし顔面が粉砕されるシーンは絶句するしかない。そのいっぽう、入院中も看護師が自分たちを殺そうとしているという妄想にとりつかれて苦しむが、薬を飲んで妄想が落ち着くと「妄想がないと退屈」と暇をもてあましてしまうなど、妙なリアリティがおかしい。
私がひじょうに感心したのは、卯月さんの漫画家あるいは芸人としての技術の高さである。笑いとマジの部分、物語やコマ割りの構成力、登場人物のキャラ使い分け、ヘタウマな絵の表情づけ、そして精神病患者とそうでない人の差など、不思議なほどバランス感覚に優れている。
人生は及びもつかないが、この技術力は私も学びたい。
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